第壹章   柳生武藝帖の中身

 外から戻った時、遙が十耶を米俵を担ぐように肩に抱えていたのを見て洸は自分の用事を増やしていないだろうなと聞く。


「念仏が必要か?」


「寝てるだけだ。殺生坊主!そういうボケはいらねえ!」


 刹那がツッコミを入れる。


「熟睡してるじゃないか。そこまで激闘だったのか?」


 桂が、起こしても起きそうにない十耶の様子を見て訊く。


 それに対して、刹那と久遠が居心地悪そうに視線を泳がせる。何も聞かないでくれと、態度が物語っていた。


 環は、ピンと来て梓を見る。梓は腕を交差してバツのポーズをとりノーコメントを訴える。


 そこへ遙が爆弾発言を投げかけた。


「小僧に【裏柳生陰流・無刀剣】の剣技を実施で身体に教えてこんでいた」


 爆弾どころか戦闘兵器並の破壊力のある発言だったようだ。


「はぁぁ!」


 藤子の視線に剣呑さが見える。


「【免許皆伝】のお前の【無刀剣】がどれほどヤバい兇器か解ってのことだろうな?」


 藤子のな様子に環は、兇器という単語に反応する。


(素手を兇器と言わせるか………言い得て妙だが、遙自身が武器そのものみたいな奴だからな)


 技が兇器というのを肯定するように遙は、本人は謝罪しているつもりで続けた。


「少しばかりやりすぎた感はある………初手で【奥義】を使い、最後は【竜墜脚りゅうついきゃく】という【禁じ手】まで披露したからな」


 藤子は絶句する。そして何事もなかったかのような穏やかな寝顔の十耶を見て「コイツよく生きてたな」と安堵の表情になる。親としては息子を痛めつけられて怒る所だろうが、遙は【医療忍】の梓を連れて行った。この時点で危険技を行使するだろうと予測出来ただろうが、【柳生武藝帖】のことがあり気が回らなかった藤子自身にも責任があると自責の念を抱いていた。


(私は、こういう所が母親ではないのだろうな)


 藤子は自分は、どこまでも【柳生の侍】なのだと再認識する。


 環は、遙に手加減を覚えろと苦言を呈する。


「【竜墜脚】って、お前がよく使う上空からの蹴り落としだろ。あれ、普通に死ぬぞ」


「環ちゃん、普通に死ぬ技は【必殺技】だ。『必ず殺す技』と書くからな。【竜墜脚】はただの踵落としだ」


 遙は事もなげに言っているが、アレを見ていた刹那と久遠は「どこがだ!」「ただの踵落としで半殺しにはならない!」と口々に言っている。


「だいたい、ただの踵落としだった【竜墜脚】を危険な【禁じ手】にしたのは遙なんだからね!」


 梓は、遙自身が兇器なんだから、とジト目を向ける。


 そこへ桂と洸が【水鏡】で見たことを報告すると告げた。


「【柳生】の小僧は、寝かせて置こう」


 桂は起こした所で、質問攻めで話が進まないからな、と言った。


「ああ………小僧ガキにはついて行け無い話になるからな」


 洸も桂と同意見である。そう言ってから刹那と久遠を見る。


 環は、ここで話を聞かせる、と答える。


「なに、途中で中断するようなら摘み出してしまえばいい」


 我が子に対して酷い言いようだ。


「【傭兵】の刹那は摘まみ出しても問題ないが、久遠は【九番隊】副隊長だから最後まで話を聞いたほうがいいぞ」


 洸のぞんざいな扱いに、刹那は文句を言う。


「俺は摘まみ出していいとはどういうことだ?あぁ?」


「はい、ストップ!話が進まないから」


 梓がすかさず仲裁して喧嘩にはならなかった。よくあることなのだろう。手慣れている。 


 そこへ遙が、話を聞く前に発言をする。


「【蟲】を仕込まれてたわけだから、森宗意軒もりそういけんは絶対に絡んでるだろ」


「遙、フライング発言やめろ!【水鏡】がショボい【忍法】みたいだろ!」


 洸は【忍法】が遙の情報網という人海戦術に負けるシュールさに落胆の色を隠せない。


 刹那と久遠は『森宗意軒』という名が、日本の歴史上最大の一揆と言われた【島原の乱】の中心人物の一人と同姓同名ということに気づく。しかし、摘まみ出されたくないので黙っている。


「確認できた【魔人】は森、由比、天草の3人………残念ながら俺たちののゲス野郎は見えなかった。」


 桂は【水鏡】に映った人物の名を挙げる。この一族は【魔人】と何かしらの因縁があるようだ。


【魔人】とは【異形の者】と同類だが、名称に【人】とあるだけに外見は【人間】と変らない。


 すると、葛葉が彼女にしては珍しく感情を顕に告げる。


「【魔人】、その存在だけでも目障りじゃというに………わらわの面目を潰そうとは、まったくもって忌々しい」


 葛葉は、かつて島原で【魔人】となった天草四郎が民草たみくさを先導し大規模一揆で3万を超える人命を生贄いけにえに【混沌の破滅神・カオス】を降臨させたことにより、かの地の【コスモゲート】が破壊されたのは不覚をとったわと、爪が食い込みはしないかと思うほどてのひらを握り込む。


 この様子から【古族】と【魔人】は敵対しているようだ。


 中二病っぽい単語を除けば指揮官の名や地名や犠牲になった人数から察するに【島原の乱】の話をしているようなのだが、今すぐ聞けないのがモヤッとする。それが以心伝心しているのか、刹那と久遠は互いに顔を見合わせている。


 藤子は、【柳生忍法帖】は九州の【鍋島柳生】から送られたものだと言った。


「【宴】で起こったことが陰謀の計画の一つらしい。おそらく奪われたほうに加担者の署名と拇印があるのだろう」


 手元にある【柳生武藝帖】の内容を明かす。


 この時、藤子は言わなかったことがある。


 今より3年前、現在の日本国王─────────────日本は国を治めるのが天皇制から国王制に変わった。政治の中枢は内閣のままだ─────────────の第1王子、第2王子が相次いで病死した。国民への公式発表は病死だが、実際は暗殺された。


【柳生武藝帖】の冒頭は、3年前の王子暗殺から端を発している。そして今回の【龍造寺家】【立花家】当主を【傀儡くぐつ】と化す計画───────────────これが【宴】で実行された。失敗に終わったが───────────────この続きは破れていて解らない。


【柳生武藝帖】は全部で三巻───────────────残りはどこにあり、誰が所持しているのか。




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 第壹章は、ここで終了です。


 ここまでお付き合い下さいましてありがとうございます。

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