第壹章  柳生武藝帖 裏柳生陰流・無刀剣②

 遙は、十耶と手合わせをして確信したことがある。


(こいつの【剣術】は………【忍】の【影技えいぎ】の癖があるな)


 日常的に【忍】を相手に組手をやっているのだろう。遙は【柳生】で敢えてそれを矯正していないと見た。


 人の癖など、簡単にやめさせることは難しい。ならば癖を活かす方向で【剣術】の練度をあげるか、と遙は十耶に闇雲に撃って来いと指示した。


(闇雲に撃っても、全部躱かわされるんだろうな)


 十耶は、そう解っていても遙が終了を宣言するまで手合わせを続けるしかなかった。


 遙の動きは変幻自在で、癖を見抜いたと思えば実は誘い込まれていたというフェイントをかけられる。お釈迦様のてのひらで翻弄される孫悟空のような気分だ。


 十耶が右の突きを入れると遙は、それを躱しざま左の掌底を脇腹にかち上げる。


 見事にかち上げられて十耶は吹っ飛ぶが、落下の際に受け身を取っているので怪我はない。


(掌底でかち上げ攻撃って………そういう技じゃないだろ)


 十耶は刹那が非常識な人たちと言っていたのを思い出す。


(これはもう、理不尽だ)


 掌底は、一見ただの平手打ちのように見えるが打撃技では拳や突きより威力がある。あくまで打つ技であり、かち上げる技ではない筈だ。


 十耶は、肩幅より少し腕を広げて両指を地面に付き、右前にした足の膝を立て 、少し下がったところに左足の膝を伸ばし、腰を上げて静止するという陸上のクラウチングスタートの姿勢をする。


「ほう、脚技を使うか」


 遙は、姿勢を見ただけで技の見当がついたようだ。


 木の上から見ていた久遠は、組手だろうと

刹那に話しかける。


「あれは………どう見ても突進のポーズにしか見えないが………」


「ああ………俺にもそうとしか見えないけど………遙さんは脚技、と見てるようだぞ」


 刹那は、遙の口の動きで脚技とつぶやいていたのを知った。


 突進の姿勢からどのような脚技が出るのか興味津々で刹那と久遠は、十耶が仕掛けるのを見ている。


 十耶の姿が一瞬消えて、次の瞬間には遙の頭の位置より高くまで跳躍して踵落としを繰り出している。


 遙は、自身の頭に踵が当たる寸前で右手で十耶の足首を掴んだ。


「えぇっー!」


 十耶は、これも通じないのかよ、と思いながら重力に従って遙に右足首を握られた状態で逆さ宙吊りになる。


「今の技、0点だ」


 鬼か、と言いたくなるような遙の一言であった。


 一方、ギャラリーに徹している刹那と久遠は───────────────


「今の惜しかったんじゃねえか?」


 と久遠が言う。しかし、刹那は遙の口の動きで非情の一言が解っていた。


「遙さんは、0点だとよ」


「ギリギリだったように見えたぞ」


「俺もそう見えたけどな………」


 刹那は、遙がワザと当たるギリギリまで何もしなかったのではないかと勘ぐる。


「けど、遙さんは格闘技に関しては神ってるからな。見切った上で仕掛けさせたかもな」


 久遠は、あのドS教官と褒めながらもディスった。


「そうだな………って!マジか!」


 刹那は、久遠に相槌を打ちながら何気に遙と十耶の方を見て、その光景に驚愕した。


 その驚愕の光景は、遙が十耶の右足首を掴んだまま右腕を振り上げて十耶を上方向へ投げた。


 片腕の力で若者を投げ上げる膂力りょりょくは尋常でないが、刹那が驚いたのはそこではなく十耶の踵落としを遙が見切って終わりではなかった所にである。


 十耶は、投げ上げられて何が起こったか理解できない中、最高点に達して後は落下する物理法則に従って落ちて行く所に、遙がスッと現れた。


 尋常でないことが身に降り掛かっているので、十耶は幻覚かと思ったが遙が声をかけてきたので、これは現実だと自覚する。


「【裏柳生陰流・竜墜脚りゅうついきゃく】………正しい使い方を教えてやる。その身で受けてしっかり覚えろよ」


 落下する十耶の鳩尾に遙は、踵落としを蹴り落とした。十耶は声を上げるすきすら与えられなかった。


 落下速度に蹴りの威力が加わり、十耶が大地に仰向けに落下した所は凹んでクレーターになっている。


 今度は受け身を取るどころではなかった。最初の骨折より確実に重症である。全身が痛い。更に最悪なことに意識は朦朧としているが、痛さで気絶するに至らない。


 遙がクレーターを避けた位置に着地する。


 十耶に近寄って、呼吸に異常はないことを確認した。そして、目の焦点が合っていないことから意識が朦朧としていることを察し痛覚のせいで気絶できないのを理解した。


 遙は十耶の足元へ周り込むと、靴と靴下を脱がせた。素足になった踵の中央部分を指圧する。


 ここは、眠くなるツボで神経の高ぶりを抑える効果がある。十耶の瞼がゆっくりと下りて目が閉じられる。すぅーすぅーと規則正しい寝息を吐いて十耶は眠りに就いた。


「遙、こうするつもりだったから土の盛りが比較的柔らかい場所を選んだの?」


 梓は遙が着地して少し後に着いていたが、遙が十耶を眠らせるのを待っていた。そして状態を見て「状態は酷いけど、【治癒術】で完治可能な痛めつけ方だね」とすぐに【治癒】を始める。


 遙がフィールドに選んだ場所は、周囲は天然林で大地の土は靴が深く沈むほど柔らかい。もしも空から落下しながら踵落としで撃墜させられても、緑の繁った木の枝がマットの代わりになり、柔らかい土がマイクロビーズクッションのように沈むだけで、衝撃ダメージは無いに等しい。にも関わらず大地がクレーターになり十耶の怪我状態が酷いのは、遙の蹴技が強烈過ぎただけであった。

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