第壹章   柳生武藝帖 陰謀の巻⑤

 不測の事態によりお開きになった【宴】の会場に、納体袋を担いだはるかに続いて桂、洸が入って来る。


 明らかにオートクチュールのスーツをセンス良く着こなす長身───────────────たまき藤子ふじこより上背があるので180cmは超えるだろう───────────────の青年2人に、袈裟に紫僧衣の若者という関連性がよくわからない3人組を見て訝る十耶とうやに、3人とも自分の従兄だと刹那が言う。


「オ◯カルみたいな兄ちゃんと坊主が兄弟で、眼帯の兄ちゃんとは二重従兄ふたえいとこだ」


 二重いとことは二親等──────────一般的ないとこは三親等──────────の血縁の濃いいとこのことである。


【忍】には血族で継承される【忍術】や【秘術】が存在するので、同じ流派の【忍】は皆親戚縁者と聞かされても結構、当たり前だと思われている。


 「因みに、さっき脳筋技で応急処置してた梓さんは、桂さんと洸の妹だ」


 俺たち全員いとこ同士だな、と久遠が補足する。


 十耶にも【柳生一門】の【武芸者】として【忍】に関する知識はあるが、身近な人物皆が血縁関係にあると【忍】は流派全員が血族なのではないかと考えてしまいそうになる。


 刹那と久遠が人物紹介を十耶にしている間、遙は藤子に御遺体はどこへ下ろせばいいのか聞いていた。


 スレンダーな体格の割に遙は軽々と担いでいたが、流石に担ぎっぱなしは如何なものかと思っている。


 参加者たちは、既に送迎車で帰らせているのでここで袋を開いても良いと葛葉くずはは許可する。


 それを聞いて、遙が袋を床に放り投げる動作に入る前に洸が制止する。


「遙、絶対に投げるなよ!そんなことしたら経を上げた意味がなくなるからな!」


 遙の意識には遺体は、ただの肉塊でしかない。しかし僧侶の洸には死者は御仏の修練に就いたと思想が異なる。


「遙………お前、投げるつもりだったのか?さすがに【柳生】の身内の者がいる前でありえん!」


 桂が、お前はそういう奴なのは知っているがTPOを考えろとたしなめる。


「俺が脚の方を持つから、遙は頭の方な」


 言いながら桂は袋の脚側を持ち、遙が頭側を持ったハンモック状態にする。繊細で優美な外見の割に桂も意外と腕力があるようだ。通常よりも重たくなっている人間を抱えてフラつきもせずにしっかりと立っている。 


 遙と桂は掛け声も無いにも関わらず、息ピッタリの動作で頭側と脚側を同時に床に着けて袋を横たえさせた。


 洸が袋を前に座すと、両手に数珠を巻き付けて念仏を唱える。


 念仏が始まってから、洸の向かい側に片膝ついた藤子が袋のジッパーをゆっくりと下げる。


【柳生の草】の装束に身を包んだ男の遺体があらわになる。組まれた両手の中に巻物がある。【柳生武藝帖】だ。


 藤子は【柳生】の今代頭領の娘だが【草の者】全員を把握していない。【草】はそもそも数が多く殉職率が高いので絶えず入れ替わる為、顔も名も無いに等しい。


 念仏を唱え終えた洸が、巻物を受け取るよう告げる。


「その巻物の為に、こんな姿になったんだ。死者の意を汲んでやるのは生きてる者の責務だ」


 洸の言っていることは坊主の説法だが、【草の者】にとっては有り難い言葉であろう。


「【鬼道きどう衆】最上級クラスの【裏高野】権中僧正ごんのちゅうそうじょうに経を上げてもらった【草】は私が知る限り前例がない」


 破格の待遇だと、藤子は感謝の言葉を口にする。


【鬼道衆】というのは【術師ギルド】のことである。日本国内では職種別に【ギルド】が存在するが、まだまだ横文字のギルドは少ない。【鬼道衆】のように漢字名が圧倒的に多い。


 洸が所属する【裏高野】というのは組織名なので【クラン】のようなものだが、名前の通り

高野山が拠点である。僧侶の階級も高野山と同じで、表向きは【高野聖こうやひじり】として行事を執り行なっている。無論、全員ではないが───────────────


 そこで、たまきが巻物について言及する。


「どこにでもある巻物にしか見えないが………この巻物、破損してるではないか」


 それは─────────────と桂はバツが悪そうに言う。


「賊と交戦した際に、手加減無しで蹴り飛ばしたら巻物が真っ二つに割れてしまった………しかも、半分は持って行かれた。すまない」


「桂が【影技えいぎ】で格闘したのか?」


 環は意外そうな表情をする。


【影技】とは【忍】の格闘術のことである。【流派】によって特色がある。【風魔】は【忍術】と【空手】の融合が特徴だ。


「【幻術】でネチネチと陰湿に追い詰めるのがお前のやり方だというのに………珍しい」


 身も蓋もないことを環は言った。


「ネチネチ………」


 桂は形の良い眉をひそめる。


 ちょうどその時に、梓が戻って来た。


 倒れた者たちは、病院へ搬送されることになったので詳しい症状を申し送りする為にこの場を離れていた───────────────病院側には葛葉のほうから緘口令を敷いている。


「あの人たちみんな、九州の人たちなんだね」


 遠方から出てきて、病院送りなんてサイアクと、梓は呟いた。


「確かに最悪だ………あの中に【龍造寺りゅうぞうじ】の者がいたな」


 環の口ぶりだと、参加者の氏素性を把握しているようである。この辺りは流石【風魔一族】頭領というべきだろう。


「【龍造寺】か………奴らには【鍋島なべしま】が付いてたな。すると………それは【鍋島】から運ばれて来たのか」


 遙は藤子が手にした巻物を示す。


「厄介事の気配しかしないな」


 藤子は、手の内の【柳生武藝帖】を意を決して解く。


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