第壹章   柳生武藝帖 陰謀の巻④

 何を思ったのか、桂は手にした巻物を誰もいないはずの森林地帯の木の上目掛けて投げた。


 すると、秒で木から2つの長身の人影が飛び降りて桂の前に立つ。


 袈裟をつけた僧侶の格好の若者と、ファッションショーで披露されるようなスーツをセンス良く着こなした青年である。


「逃げられたな………まあ、アレは尻尾だから捕まえる必要もないがな」


 スーツの青年、龍紋遙りゅうもんはるかは余裕のある物言いである。身長180を超える桂より更に長身で、プラチナブロンドにブルーグレーの瞳、左眼に眼帯と特徴のある容姿だが、そこに硬質で酷薄な雰囲気の超絶美形と加わる。


 桂は、フッと鼻で笑った。


「ワザと逃した。奴は雇い主の元へ巻物を持って行くだろう」


式神しき】を付けておいた、と言うと桂は僧侶の格好をした若者を見てから【柳生の草】に視線を向ける。


 僧侶姿の若者、篁洸たかむらあきらは桂の実弟である。因みに、患者に腹パン食らわせた【医療忍】の梓は洸とはニ卵性双生児の妹だ。梓がメイドに変装していたので洸も変装かと思いきや、それは違った。


 洸は、事切れた【柳生の草】の傍らに膝を付くと、手に数珠を巻き付けて念仏を唱えている。彼は正真正銘、本物の僧侶である。


 洸が念仏を唱え始めた時に、遙は手のひらに乗った【子妖狐】を桂に向けて差し出す。可動式フィギュアの『ねんど〇〇ド』のような愛らしい姿をしている。着物の柄から判断すると女の子──────────しかも九尾幼女である。


「これは………あの女狐の【使い魔】だな」


 桂が言う女狐とは葛葉のことである。


【使い魔】とは先程、桂が口にしていた【式神】と概ね似ている──────────────【式神】は【術】で具現化した【使い魔】なので、【使い魔】というカテゴリーでは同じ扱いになる──────────────違いは実体があるかないかである。【古族】の【使い魔】は【分身体】を【妖力】で創り出すので、実体があり触ることができる。しかし、すべての【古族】に【使い魔】が創れる訳ではない。生物学的に生き物として認識できる【使い魔】を1体創るのに膨大な【妖力】を使用する。あまり強くない【古族】だと【使い魔】を創るだけで生命維持できなくなる。


「主催した【宴】に横槍を入れられて、女狐はご立腹のようだな」


 桂は、葛葉が【使い魔】を預けた意味が解っている。


【使い魔】は創った者の【能力】の何割かを譲渡されている。その用途は、預けた相手の護衛か支援かだ。


【風魔忍】の遙に預けたということは支援用である。ただ、親切心から支援を付けてくれたわけではない。これは葛葉から【風魔】へ指名依頼という意味だ。桂が口にしていたように【宴】に横槍を入れられた葛葉は面子を潰された。これを見過ごす程、葛葉は温厚な気性をしていない。


「あたちもごりっぷくなの!」


【子妖狐】が九尾を逆立てて怒りの表現をしている。言葉遣いが舌っ足らずで一人称が幼女っぽくてカワイイ。


「いきなり喋り出すな」


 遙は、ちょっとびっくりしただろうと言うが全然そんな様子はない。


「発言は挙手してからか?」


 桂は、遙は相変わらず軍人気質だな、と揶揄した。


 そこへ、洸が遺体をどうするか、と聞いてきた。長い念仏だったが、儀式で唱える本格的なきょうを詠んでいたようだ。


「【柳生】の者に引き渡す」


 遙は、どこから取り出したか納体袋を洸に渡す。


「小狐、お前のご主人様にホトケ様を運ぶ場所を聞け」


 人にものを頼む態度とは程遠い尊大な物言いだが、【子妖狐】は応じる。


「はいなの!」


 ものすごくカワイイ。


 残念なことに、ここにはモフモフの幼女を愛でる趣味の者はいないのであった。



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