死んだ人のビデオ

 新宿駅東南口、改札から広場に降りる階段の手すりで一人の男が首を吊ったらしい。


 男がゆっくりとぶら下がり宙吊りになる様子が、広場でフォークソングを歌っている若い男女の背後に映り込んでいるビデオはぼくも見たが、これは実は古い映画のワンシーンを切り取ったもので、新宿の自殺者とはなにも関係がないことがわかっている。

 

 新宿に住んでいる友達に、ぼくは「新宿で自殺した人がいるらしいけど大丈夫?」とメッセージを送った。友達からは「らしいね。さっき聞いたよ」とだけ返ってきた。


 中学生の女子だと名乗るアカウントは、その自殺を見たと言っていたが、「どんな様子だった?」とたずねると「わかんない。途中から後ろ向いてたから」と答えた。ぼくはその子にスターを一つあげた。


 ぼくは新宿駅の東南口を見に行った。白い手すりはどこも白いままで、光を反射してまぶしかった。


 メジャーデビューもしてる日本人のデスメタルバンドが、新宿駅東口の自殺者のビデオをライブの背景に使って問題になったというニュースが新聞に載っていた。自殺のビデオはやっぱりあるところにはあるし、見た人もいるんだなあとぼくは思った。


 スターをあげた女の子が「とちにゃんに聞いたらいろいろわかるかもよ」と、ビデオでぼくにメッセージを送ってきた。とちにゃんのアイコンは毛糸と戯れる猫だった。


 とちにゃんは10代の頃から施設に入ったり出たりを繰り返してきたという。


 新宿駅の東南口で自殺があったのですがご存知ですか? とぼくが聞くと「自殺する人なんて施設にいっぱいいたよ」と、とちにゃんは言った。そして「方法は首吊りが一番多い」と、続けた。


「タンスとかトイレの配管とか、ほんのちょっとの段差で自殺に成功した人もいる。でも、手首を切ってトイレの中を血まみれにしても死ねなかった人もいる。むかし農薬を飲んだ後遺症とかで、ずっと咳をしてる人もいた」


 その中に新宿で自殺した人もいたの?


「施設で私が一番なかよかったのはお婆さん。お婆さんは睡眠時間が不規則で、ほんの瞬きする間だけ眠ってるときもあったけど、一週間寝たきりのこともあった」


「施設には目の見えない人とか耳が聞こえない人もいた。でも目の見えない人が一番かわいそう。目が見えれば今は施設の中でもビデオがみれるから」


「いっつもたばこを吸ってる男の子もいた。男の子はいじめられてて、最初はむりやりたばこを吸わされたんだって。はじめてたばこを吸ったときは吸いすぎて吐いたって言ってた。でもそれからたばこを吸うのがくせになって、前歯がヤニで真っ黒になってた」


「学校の先生だった人もいた。先生だった人はいまでも自分のことを先生だと思ってて、レクリエーションのときははりきって、『さあ、みなさん! 一緒に歌いましょう』みたいに言ってた。でもだれもその人の言うことなんか聞かないから、毎回落ち込んでた」


「施設のレクリエーションはとにかくつまんなかった。なんかペットボトルにいっぱい割り箸を詰めるゲームとかやらされた。でも薬の副作用で手が震えてぜんぜんできない人とかもいたから、今思うとリハビリだったのかも」


「みんな暇だったから、筋トレがはやったこともあったし、ヒューマンビートボックスがはやったこともあった。私はあれ嫌いだったけど。だってなんかおならの音みたいじゃん?」


「脱走した人もいたよ。女の子とやくざだった。やくざはたぶん麻薬の依存で施設に入ってきたんだと思う。女の子がかわいそうだなってちょっと思ったけど、いまでは自分で決めたことだからしょうがないなって思ってる。施設とどっちがましかわかんないしね」


「施設にはダンサーもいた。自称、ダンサーだけど。私ってたぶん才能のある人しか好きになれないんだなっておもった。ダンサーの人の振り付けは卓球のラリーみたいで、速くてすごかった」


「ねえ、こんな話楽しい?」と、とちにゃんは言った。楽しいよ、とぼくは言った。


 ビデオにはいろんなものが映る。とちにゃんは死んだ人の写メをいっぱいくれた。でもどれもビデオで出回ってるやつのコピーだった。

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