第35話 格上モンスターの洗礼

 ライフボードのアンケートをまとめ上げ、ダオカ夫妻に学園寮の運営を教えつつ必要な魔導具をピックアップし、外部から先生を招いて基礎授業の形を整えながら――。

 少しずつ学園寮の運営は整理され、やっとフルメンバーで狩りに出れそうだった。

 

 もう秋の終わりが近づいている。雪が積もった冬の狩りは、モンスターも巣穴にこもるし、足場も悪くなるしで困難であるため、秋のうちになるべく多くの食糧を確保しなければいけなかった。

 それは他の冒険者にとってももちろん同じことで、ギルドは冬前に一稼ぎしようという冒険者で賑わっていた。

 しかし、モンスターだって冬前に栄養を蓄えようとする。活発化するモンスターを前に油断できないのも冬前という季節柄であった。


「久々のフルメンバーだし、Dランクモンスターに挑戦してみないか?」


 ラドナはそう切り出した。


「私たちはそもそもDランクモンスターのミノケンタウロスを2体も従魔にしている。あいつらを基軸に戦闘をしたら、Dランクモンスターもちゃんと倒せる」


 確かにその通りだろう。かつてDランクモンスターを倒したこともあるラドナが言うのだ。経験者の力強い提案を断るパーティメンバーはいなかった。


 格上のモンスターに挑むのだから、力のあるうちに挑んだ方が良い。ミノケン2体に騎乗して一気に草原の奥まで進み、生態系が変わる目印の大樹を通り過ぎたところで、臨戦態勢を整える。


 最初にこちらに向かってきたのは、味方としてお馴染みのミノケンタウロスであった。味方として頼りにしてきたが、敵となれば腕力も脚力も兼ね備えた恐ろしい存在だ。

 しかし、その動きを見慣れているのが幸いする。

 カードで足元に岩を出現させ、いつも通りに初見殺しで転倒させる。その隙にミノケン2体が斧で渾身の一撃を放てば、既に敵は瀕死である。あとはラドナの溜めの炎豪剣が決まって、問題なく撃破することができた。


「想定通りだが、あっけなかったな」


 ラドナが斬り捨てたミノケンタウロスをカードに回収する。

───────────────

〔斬殺されたミノケンタウロス〕

[アイテムカード]

───────────────

 そして、チユキにカードを手渡して促した。


「【ミックス】!」とチユキがカードを抱えたままスキルを発動した。


 【ミックス】はカードに納めた状態でも発動できる。

 そして、今発動した意図は、単純上位互換モンスターの存在の確認だ。例えばオークがハイオークになるように、単純にそのモンスターが正当進化したモンスター種が存在するならば、質量が圧縮されるだけで【ミックス】の効果が成立する。

 しかし、ミノケンタウロスのカードに変調はなかった。

 となると、換金対象か料理素材として持ち帰るのみの用途になるだろう。

 

 手早く回収素材の吟味を済ませると、すぐに別のモンスターが視界に入った。

 一本角の馬型モンスター、ユニコーンである。

 しかし近づいて来ず、角に魔力を溜め始めた。ユニコーンも馬型モンスターのケンタウロスと同様に魔法に優れた個体がいる種でもある。

 先ほどミノケンタウロスが敢え無く撃破されたのを観察していたのだろう。近距離での不利を悟ったのか、遠距離攻撃を仕掛けてくるようだ。


「『ロック・フォール』!」


 牽制でカードによる岩攻撃を試してみたが、ユニコーンは詠唱を継続したままに軽くかわす。既にカードの危険性を認識しているようだ。Dランクともなると、高い知性が備わっている。

 ここまで魔力を溜められると、今更接近して砲撃されたら致命打になりかねない。うちのパーティには魔法を受けるのが得意なメンバーはいない。

 どんな攻撃が来るか分からないから、ひとまず距離を取るしかない。そしてユニコーンが角を振りかざすと、電光が天に向かって放たれた。


「上から来る! 避けて!!」


 リッテの号令に従い、今居た位置から退避する。

 光が瞬き、そこに雷撃が落ちて轟音が続いた。確かにそのまま立ち尽くしていたら危なかっただろう。しかし、これほど準備動作が必要なら退避もできるか。


「また魔力を溜められる前に仕掛けるか」とミノケン2体を見やったとき――。


「おいおい、何だいあの群れは……」


 草原の丘の向こう側からユニコーンが1体、2体と次々と現れて、こちらを見据えている。その数は両手で数えきれない数にまで増えていく。


「あの電撃は合図だったのか! 逃げよう!」と皆にすかさずミノケンに乗るように促して、そのくらまたがった。

 だから溜め時間の割りに大振りで全然当たらなかったのか。あの先鋒のユニコーンの真の狙いは仲間を呼び寄せることだったのだ。派手な電撃を放ったら集まるように示し合わせていたのか。

 しかし、後方を確認すればユニコーンらは追って来ないようだ。こちらはミノケン2体を含めれば6人のパーティだ。一定数を集めても安全に倒せないと算段しているのだろう。

 今日のところは相手の作戦勝ちだ。詠唱前に倒すなり、詠唱を破棄させるとかユニコーン対策をしてから、またDランクのフィールドに再挑戦することとしよう。それにしてもライフボードのアンケートでも、ユニコーンについてこんな情報はなかったな。モンスターもいろいろ考えて進歩しているということか。後はいつものEランクのフィールドまで引き返して、ルーチンの狩りをすることにしよう。


「ねえ、あれってこっちに来てない?」


 二人乗りの背中からチユキが話しかけてくる。舌を噛みかねないから、ミノケンに乗ってるときはあまり話さない。重要なアクシデントかと思って振り返ると、空に大きな翼を広げる何かが確認できた。


「確かにこっちに来ているようだが……」


 確認を含めて、ラドナ&リッテのミノケンタウロスを見やれば――。


「ワイバーンだ! 速度を上げろ! 森まで退避する!」


 ラドナが叫んだ。

 ワイバーンだって!? Cランクの、今の俺らが敵うはずもない相手じゃないか。それこそレベル2000オーバーの冒険者がパーティを組んでやっと倒せるモンスターだ。あのユニコーンはそんな化け物も呼び寄せたのか? いや、単なる偶然なのか。

 ミノケンタウロスの速度では逃げ切れない。徐々に距離が詰められている。こちらに加速の手段もない。かといって、相手を鈍化させる『アース・グラビティ』が届く距離でもない。

 苦し紛れに1枚のカードを切った。

 

「『ロック・シュート』!!」


 相手が近づいてくる速度を利用して、こちらも最大限風の勢いを乗せて(とはいっても【生活魔法】の威力なんてたかが知れているが)大岩を放った。

 ワイバーンもカード1枚から大岩が出てくるとは思わない。

 まともに直撃して、大岩が砕け散る。

 少しは足止めになるかと思って注視すれば、ワイバーンは傷一つも見られず健在であった。

 これがCランクの防御力。鋼より硬き竜種の鱗。大岩など構えずとも元よりの丈夫な装甲でダメージが入らないのだ。


 他に俺の持ち得る遠距離攻撃の手立てはない。

 ラドナたちの方に目をやると、リッテの短剣に力を込めているようだった。紫毒しどくのオーラがまとわれ、炎気を帯びて攻撃力が強化されている。

 そして二人の出来得る最大限の力を込めた短剣が投擲とうてきされる。真っ直ぐにワイバーンの中央を狙って投げられる。


 ――これは命中だ。ワイバーンが高い声で悲鳴を上げる。

 しかし、ワイバーンは勢いを落とすことなく、脳天に短剣を突き刺したままこちらに向かってくる。毒と麻痺が効くには時間がかかる。そもそもこのレベル差で通用するのかどうか。

 

 もうすぐこちらが追いつかれるところで、ワイバーンは大きく開けて息を吸い込み始めた。そこに魔力が集まっていくのを感じる。

 これはまさかブレスか。至近距離で放って俺たちを一網打尽にする気か。防ぐ手段はあるか。


「チユキ! 何か防御魔法は!」


「『アース・プロテクト』はかけてる! けど、このレベル差じゃ!」


 レベルの桁が違う。俺たちが魔法防御を底上げしても差は埋められない。

 このままブレスで焼け死ぬのか。他に残された手段は――。

 俺だけが死ぬのならいい。腐った魂には焼却処分がお似合いだ。

 だけど、前を向いて懸命に生きているこいつらを死なせたくはない――。

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