第34話 運営スタッフを探して
運営スタッフを探すにしても、【保育】や【教育】スキルなどがあるわけでもない。スタッフのスキルによって必要人員も異なってくるし、授業だけなのか保育も含むのかによって、雇用条件も全く異なる。そもそも学園寮の運営自体が大集団を常に世話するようなもので何とも仕事の区分けがしづらい。そもそも類を見ない多機能施設なのだから説明自体が難しい。……などなどの諸般の事情で、不特定多数から広く求人を募るのが難しいのだ。
となると、できそうな人を一本釣りしていくしかないだろう。しかし、知り合いも少ないので引き受けてくれる人が思い当たらない。
そんなこんなの葛藤を、パーティメンバーに相談していた。
「同じスラムなら私たちのように孤児を世話している人もいるんじゃないか?」
ラドナの意見はその通りだ。原点はスラムから出発したのだった。スラムで今も何とか世話をしている人もいるだろうし、その人たちなら毎日の生活の延長線上で学園寮の運営もやっていけるはずだ。
同時にこの学園寮で引き取るべき孤児も保護できる。まさに規模拡大には打ってつけの探索となるだろう。
というわけで、ラドナを伴って各スラムをまわることにした。
なぜラドナをお
「スラムはどこも同じような感じなんだな」
別の区画のウォールサイド・スラムに差し掛かり、ラドナがそう呟いた。
寄せ集めの建材に、統一感の無いバラバラの高さの仮住まい、狭い路地をまたぐ洗濯物干し。俺たちもつい数か月前まで住んでいたのだから、何となく古巣に戻ってきたような感じがした。
この辺りで孤児の世話をしている人はいないか、と聞けば、すぐに名前と場所が挙がった。スラムの世間は狭く、そういう人は目立つのだ。
道中では俺たちの住んでいたスラムに居た顔見知りにも会って、ラドナと話して笑い合っていた。ラドナが「おう、元気だったか!」と話しかけると、それだけで会話が弾むのだから不思議だ。話しやすい姉貴オーラがすごいのだろうな。
このスラムで孤児を世話しているという人の住まいにたどり着く。軒先で子供が遊んでいる様子は、俺たちがスラムに居た頃に通じるものを感じた。子供に呼んでもらうようにお願いをして、ご対面となった。
「私がダオカだが、あなたたちは……?」
「私は妻のメクノです。お話は……?」
年の頃は40代半ばくらいだろうか。人の良さそうな感じの夫妻が奥から出てきたので、かくかくしかじかの経緯を説明する。俺たちがスラムから立ち退いた話になると、やはりこちらのスラムに流入した人も多かったらしく「大変だったんだねぇ」とかえって同情され、そこから学園寮を建てたという話をすれば「よくもそこまで」と驚いていた。
とても話しやすく、かえってこちらが接客を受けているような不思議な感覚だった。
「私たちは代々の洗濯屋を営んでいたのですがね。洗濯用の魔導具を新調した時に新しい従業員に売上を持ち逃げされたり、支払いを待っていた宿屋が倒産したりね、こう不運なことが重なってお店を手放すしかなくなったのですよ」
「スラムに来てからは可哀想な子供を放っておけなくてね。それでこうして今は6人を世話しているのです。何とかお店を手伝って給金を得てやり繰りしているのですが、毎日が精一杯で……」
人の良さ故にスラムに転がり込んでしまった何とも不憫な境遇であった。
お世話を任せるには適した人材だろう。経営手腕には多少の不安はあるが、鉱山ギルドがバックアップするのだし下手なことにはならない。魔導具も扱えるようなので、一式を揃えたのなら家事も効率良くやっていけるはずだ。
ラドナが「もうこいつらでいいよな、なぁ!」とか「早く連れてって子供たちにうまいもん食わせようぜ!」と大きな小声でチラチラ訴えてくるので、勧誘を切り出すこととした。
すると「おお大変有り難い! 願ってもないことです!!」と疑いもせずに飛びついてくるのだった。
早速子供たちにも説明してもらいつつ、引越しのために身の回り品をまとめてもらって、カードに納めた。そうして、日が高いうちに引越しをすることになった。
というわけで、本日は歓迎パーティである。何かとラドナが宴会をしたがるので普段からよくパーティをしている気がするが、まぁ必要経費なのである。
子供同士で施設を案内してもらい、荷物と部屋を見繕ったら、お風呂に入ってもらった。大人数施設向けということで、お風呂は銭湯式で作っている。新しい子たちはお風呂から上がっても興奮が冷めやらぬようで、「こんなところで暮らすのか―、すげー」と喜んでいた。
大人組はダオカ夫妻を、子供組は新しい子たちを取り囲んで歓迎パーティは始まる。ラドナがダオカ夫妻を紹介するような形で、そこにチユキが質問を挟んだりして、会話は弾んでいった。
リッテは会話から一歩下がったスタンスではあるのだが、時折ラドナが会話に引っ張ると嫌でもないようでポツポツと話し出すのだった。
「リッテがちょいちょい子供を拾ってくるんだよ。雨で採集に行けない日とかに、スラムの中で【気配察知】を発動してな。連れてきたら私は断れないだろう。そうして今の人数になっちゃったわけなんだ」
「……独りの子は放っておけない」
誰もかれもが人情味の塊なのであった。
仲間のためなら懸命なリッテ、すぐに誰とでも仲良くなるラドナに、感情移入しやすく話上手なチユキ、新しく加わったお人好しのダオカ夫妻。
俺は輪の中に加わりながらも、何となく遠巻きな気分でみんなを眺めていた。
俺だけが自分から身を乗り出していない。みんなの作る世話焼きの雰囲気に流され、何となく今すべきことを見つけて、その手伝いをしている。
学園寮の交渉や建築は俺がやったが、それだって他に適任がいないからだ。前世の分を含めて社会人経験が長いからやっただけのことで、特別に得意なわけでもない。
この場所に俺がやりたいことや俺にしかできないこともない。俺の【生活魔法】だって、魔導具が代わりを果たしてくれるだろう。ああそもそも俺にはやりたいことなんてないんだったか。
きっとこうして各スラムをまわっていけば、運営スタッフは見つかることだろう。次第に保育園のような規模で大人と子供の比率が落ち着いていくはずだ。そして管理や経理が大変になってきたのなら、鉱山ギルドから人を紹介してもらえばいい。俺よりも銭勘定の経験があって得意な人がいるはずだ。
勉強の先生だけなら職人から引退した人でも紹介してもらえばいいか。
そうやって人を繋げていけば、学園寮長マサオミのやるべきことは終わる。
そしてみんなで冒険に出て、ちょっと出しゃばる荷物持ちを頑張ればいい。
この異世界の飯はうまい。周りの人々は親切だ。何も悪いことなんてない。
ああ、唯一悪いことといえば。
俺の魂が腐ったままだ、ということくらいか。
なんだかね、みんなの生き生きとした表情が眩し過ぎるんだよ。都会だったら誰もが歯車で死んだ目をして冷めていたっていうのに。だから俺のようなヒトモドキでも役割に徹するだけでやり過ごせたのに。
この異世界では誰もかれもが必死で、思うように生きようと前向きに頑張っている。俺ばかりが異質で、一人だけ機械めいて最適な行動を演算してかろうじて手探りで生きている。
いけないな。この人と人との距離感がずっと付き
残すは、荷物持ちの役割。それも十分な数のマジックバッグを確保できれば終わるだろう。
さっさと冒険生活への幻想も砕いて、俺の必要性も潰して、隠居でもするとしようか。
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