第33話 ライフボードと腐った魂

「……話は分かったわ。そうね――」


 鉱山ギルド本部にてルシェンに双六すごろく開発の案を相談していた。

 今回は大きな案件でもないため、ルシェンと二人きりで打ち合わせをしている。

 しかし、どうにも様子がおかしい。俺の案が気に食わないのかと思いきや、顔をしかめて不愉快そうではあるが話を続けてと言うし、冒険者ギルドの具体的な開発案についても興味深そうに突っ込んで聞いてくる。

 ルシェンがどう思っているのか分からんと思いつつ、案について一通り話し終わった。


「一発電撃を食らわせたい気分ね」


 ルシェンはポツリとそう呟いたのだが、その調子は妙に穏やかなものだった。

 

「それはどういう意味だ……?」


「あなたの案はきっと正しいの。ただ単にわたくしがその考え方に馴染めないだけよ」


「馴染めない?」


 ルシェンは自分の頭に手を突っ込んで、きまり悪そうに答えた。

 

「あなたの楽しみながら学ぼうという自堕落な発想が気に食わないの。学びとは本来孤独で苦難に満ちたものであるはずよ。

 でも、子供たちが楽しみながら学びたいと思っているのは本当だと思うわ。誰だって苦しいことは嫌なのでしょう。けどそんな甘えた考え方で成長しようなんて発想が気に食わないのよ」


 どうやらルシェンは相当苦悩しながら成長してきたのだろう。ゲーム感覚で楽しんで学ぶという発想が求められていると分かりつつも、違和感を持っているらしい。


「……ルシェンは真面目なんだな」と思わず呟いてしまう。


「わたくしが不真面目だとでも思った?」


「違う。この実力主義の冒険都市で地区開発の大任を担っていたからな、ただ恵まれただけのお嬢様ではないと思ってたさ。そうは思っていても、遊びながら学ぶこと自体に反発を覚えるほど生真面目だったのが意外だったんだ」


「ふ、ふぅん、案外よく見ているじゃないの。

 で、でも、あなたの案自体には反対じゃないの。むしろ努力が苦手な子が大半のはずよ。だからあなたの案が実現できたのなら間違いなく素晴らしい反響が得られると思うわ」


「そんなにすごい反響があるのか?」


「そうよ。今までこの都市はスキルブックの充実ぶりを見ての通り専門教育では素晴らしい成果を上げてきたわ。

 けれどね、子供たちのスキルが芽生えるまでの過程へ効果的に働きかけた事例はなかったわ。せいぜい冒険者ギルドがアルナフとトワルデさんを演劇や絵本で憧れの対象として定着させたくらいね。

 でも、この双六とやらなら取り上げる題材によって、各分野に子供たちの興味を引き出すことができるわ。実現したのなら、各ギルドが題材になろうと名乗りを上げて、競うように魅力的でリアリティのある盤面を製作しようとするでしょうね」


 そこまでのアイディアだったのか。なぜルシェンが冒険者ギルドマスターのアルナフさんを呼び捨てにするのかはさておき、そうなるとこの双六の著作権的なものについても整理しておかないといけないな。


「だから、この双六……、ああ呼びにくいわね。各分野の生活を追体験する盤面だから、ライフボードでいいわね! このライフボードに関する諸権利については、鉱山ギルドで受け持つわ。収益は全て学園寮の運営に回すなら、誰も文句を言わないでしょう」


「ああ、ライフボードでいい。ぜひ頼む」


 ルシェンは仕事のできるお嬢様であった。こちらから切り出すまでもなく、管理の難しい権利をささっと引き受けてくれた。

 

「あら? あっさり任せるのね。普通はここは『俺の取り分も』と食い下がるところではなくって?」


 言われてみて、はたと気付く。確かに俺がアイディア一つで億万長者になるチャンスでもあったのか。


「いや、でもやっぱり任せるよ。金がいらないわけじゃないが、権利の管理だってそれ以上に面倒くさい」


「ふぅん。まぁ運営資金はいくらでも欲しいところだから、鉱山ギルドとしてはありがたいわ」


「じゃあ後は実製作に向けてね。まずは一番の基本となる冒険者版ライフボードを作成するのよね。あなたが一番悩ませていたプレイヤーの成長によって盤面を変化させる、についてはきっと実現できると思うわ」


「おお、そうなのか」


「ええ、ギルドカードに近いものを同梱すればいいの。カードに鍵となるイベントをクリアするごとに情報を記憶させて、それによって対応するイベントを変化させていけばいいわ」


「なるほどな」


 確かにギルドカードは個人名やランクを記憶している。そして依頼達成記録を打ち込んで随時更新されている。あれと同じ仕組みを随所に仕込めば、プレイヤーの持つ成長に応じて変化していく盤面が完成するってわけか。


「後はマスのイベントの中身ね。イベントを無数に設定する必要がある上に、それ自体が有り得そうなリアリティを備えなければいけないわ。そのイベントを誰が設定するというのかしら。例えばオークを倒せる攻撃魔法は分かる? あなたで全部作れるのかしら?」


「いや無理だな」


「あっさり引き下がるのね! じゃあどうするのよ?」


「それなんだが。アンケートで募ろうと思っている。こんな感じなんだが」と手元からアンケート用紙を取り出した。

 そこにはこんなことを書いてみた。


(Eランク以上の冒険者の方、お答えください)

Q1.あなたの冒険者ランクは何ですか?

Q2.そのランクに昇格できたきっかけを教えてください。

Q3.そのランクに昇格するまでに一番苦労したお話は何ですか?

Q4.今のランクで苦戦していることを教えてください。

……………


「このアンケートを冒険者ギルドに置いて、書いてもらったことを集めていけば、自然とイベントが集まるだろ? で、あらかた出来上がったら、冒険者ギルドの職員にチェックしてもらえばいい。アンケートを出してもらったらスライムジュース一缶でも進呈すれば、すぐに集まると思う」


「……あなた手間を省くことについては天才的ね。そうね、これでライフボードは中身も技術も目処が着いたところかしら」


「ああ。見通しとしては、学園寮で担うべき教育は学園都市までの繋ぎが十分にできればと思っている。

 だから読み書き計算を集団指導して、遊戯時間にライフボードで遊んでもらいつつ興味を育て、スキルが芽生えた子は個別に鍛えていけば望まれることを果たせると思うんだ」


「ええ、いいと思うわ。すごいわね、この短期間によくもそこまで思いつくものね。あなたの異世界ではそれほど教育が充実していたのかしら」


「まぁ元居た世界では6歳から全員学校に通ってたからな。その中でできそうなことを挙げてみたくらいだ。

 じゃあこれでカリキュラムの方は予定が立ちそうだな。後は運営人員の確保ってところか」


「そうね。それにしても随分やる気なのね。あなたは学園寮の運営を一刻も早く一段落させて、冒険者に戻りたいって気持ちなのかしら」


「……………」


 そう言われて、すぐに答えられなかった。

 確かに学園寮の運営という重荷は早く降ろしたかった。流れさえ整えて、もっと志の高い誰かに早く預けられればと思っていた。しかし、早く押し付けようと躍起になっていたわけでもない。

 かといって、早く冒険者に戻りたいかと言われるとそうだろうか。ラドナには戻って来いよと声をかけられていた。トワルデさんの治療代の前借りだって完済したわけではない。しかし、自分は冒険者に是非とも舞い戻りたいほどのやり甲斐や楽しみを見出していたわけでもないのだ。

 ――俺は今何に意味を見出して、毎日を過ごしていたのだろう。

 

「ちょ、ちょっと何を黙り込んでいるのかしら。ただの軽口よ、適当に言い返しなさいよ」


「あ、ああ分かってる。別の考えごとをしてたんだ。

 そうだな。パーティメンバーも早く一緒に狩りがしたいって言ってる。学園寮長なんて器でもないしな。早いところ、快く引き受けてくれる良い人材の方も見つけてくるさ」


 ルシェンには当たり障りなく答えて、その場をやり過ごした。


 毎日を過ごす意味。この問いかけ自体が無意味で空虚なことだと、俺は前世で分かっていたじゃないか。今更この問いかけに答えることについて何をためらうのか。

 何もかもに意味があって、同時に何もかもが無意味で、あらゆることに価値がありつつ、全てにおいてその価値は絶対ではない。

 だから無感情に日銭を稼ぐために仕事をすると割り切り、カードゲームという情報収集と駆け引きに忙しい趣味で気分が虚ろに漂わぬよう目先の享楽に没頭し、ただ日々をやり過ごしてきたのだ。

 この異世界でだって同じことだ。課せられたことをこなして、淡々と日銭を稼いで、絶え間ない雑事に気を傾けていればいい。


 心の底面のざらついた感触をなぞりながら、学園寮の運営を担うべき人材の探し方について俺は意識を傾けた。

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