第32話 雨と本と学びと遊び

 完成パーティの翌日は土砂降りの雨だった。

 こうなると狩りに出るのも難しい。風の支援魔法には雨除けのバリアを張るものもあるようだが、うちのパーティで使える者はいない。その魔法をやったとしても足場が悪いのに変わりはないため、近接戦闘のリッテやラドナが主体の俺たちは休むしかない。


「じゃあ今日はみんなと久々に剣の稽古でもするかー!」 「「おー!」」


 掛け声を上げるラドナに、運動好きの子たちが応える。腕が万全になってから、ラドナの子供人気はさらに上昇している。広いホールは小運動にも最適だ。子供たちはラドナを取り囲んで、木剣で遊び半分の稽古を始めた。


 一方でその輪に加わらない子たちは絵本を読むようだ。鉱山ギルドの方々から開所記念として結構な数の絵本をもらった。文字を読めない子は文字を最近覚えた子に読んでもらいながら、絵本に親しんでいる。

 まぁ新しい本に飽きないうちは、しばらく遊んでもらえるだろう。


「俺は教本でも調べに街に出ようかと思うけど、チユキとリッテはどうする?」


「あたしも一緒に出ようかな。あまり街に出たこともないし」


「わ、私も出る」


 今日はチユキとリッテを伴って、街を散策することになった。



 この異世界は印刷技術がない。【写本】というスキルでまるごと複製することにより販売しているらしい。そのため本は現代ほど普及しておらず、本屋があちこちにあるわけではない。この都市のある区画に数店が固まって存在しているだけだ。

 その本屋は分野ごとに店を分けているようで、目当ての教本を扱う店に入り、そのラインナップを確認していた。


「本当にスキルごとの専門書ばっかりだな……」


 薄々予想はしていたが、教本というのは平たく言えばスキルブックか魔法ガイドであった。俺とチユキが魔法を習得したときも、教会にあった教本を借りて勉強したしな。幅広い教養本は見当たらない。

 つまり、この異世界では一般教養という概念や必要性が弱いのだろう。憧れるスキルまたは芽生えたスキルに応じて専門知識を高めて、それに適した職業に就く人がほとんどなのだ。

 だから、家庭教師による個別指導がメインというのも納得が行く。個々人で修練すべきスキルが違うので、集団指導の意味が弱いのだ。

 そうなると集団指導が有効なのは、読み書きと算数くらいになってしまうだろう。


 スキルが芽生えたなら後はそれを極めるように自習または個別指導に切り替えればいいだろう。

 あとはスキルが芽生える前の子の意欲と関心をどう育てるかが課題となる。そういうのは両親らから学び取るのだろうが、うちは多くの子を限られた職員で世話する以上偏りが出てしまう。それこそうちでは、体を動かすのを好きな子の大半がラドナのような大剣使いに憧れている。

 いろんな子を扱うとなると、そういう風に偏るのもあまり好ましくはないだろう。

 かといって、ここにあるスキルの専門書を全部揃えるというのもキリがない。そもそも本だけ並べてあっても子供たちは積極的に読もうとするまい。もっと親しみやすい媒体、それこそ映像や音がほしいところだ。しかしテレビやラジオがあるわけでもないしなぁ。いろんな分野で活躍する人の話を幅広く、なおかつ楽しみながら学び取れればいいのだが。それこそ遊びを通じて学べれば理想的なんだけどな。


 結局俺はカリキュラムに関する収穫もないまま、昼食を迎えることとなった。チユキは【生活魔法:中級】の教本を、リッテは【気配遮断:中級】の教本を抱えて、それぞれホクホクしているようだった。

 特にリッテは嬉しそうに歩いている。普段のリッテは種族のこともあって街に出歩きづらい分、実はこういう散策を楽しんでいるんだろうな。

 この街は広場をお店が囲む形のフードコートスタイルが主流である。冒険者によって摂取したい魔物料理が異なるため、各人が好きなお店で料理を注文して、それを広場で持ち寄って食べるのだ。

 一応攻撃魔法への憧れを捨てていない俺は、アイススライムのパスタを食している。


「遊びながら学べる方法って、何かないかなぁ?」


 取り留めもなくリッテとチユキに聞いてみる。

 

「ごっこ遊び?」と小さな口で鶏肉を頬張りながら、リッテが答えた。


 そういや子供たちが、おままごとをしているときも多いな。もう少し発展させれば、芝居とか演劇になるのか。脚本を作って、子供たちに演じさせたのなら、いろんな分野を疑似体験できるのかもしれない。

 ……でも、見本が目の前にあるわけでもないし、子供たちが演じて想像するだけだとちょっと興味への訴えかけが弱いかなぁ。


「遊びながら勉強って、それこそ学習ゲームでもあるまいし欲張りな……」とチユキは紋章状の謎の生き物(魔法生物クレストルと言うらしい)の炒め物を口に運びながら、ジト目で見てくる。


 ゲームかぁ。まぁ確かにゲームを持ち込めれば、遊びながら学べるよな。それこそ俺が一部の英語を覚えたのも、ファイアとかの魔法の名前が元だったりもするし、ゲームという発想はアリだ。

 しかし、パソコンもないこの異世界でテレビゲームを作成するのも難しいだろう。それこそもっと簡易化した、子供の遊びっぽいものを再現できたのならば……。


「ボードゲームだ! それなら再現できるな!」


「ボードゲーム?」とリッテは頭に疑問符を浮かべている。


双六すごろくとかって、この世界にはないのか?」


「??」とリッテは首を傾げ、ピンと来ていないようだ。


「地図があって、マス目があって、サイコロを振って、あーこの世界にはサイコロもないのか。うーん、説明するより作ってやってみた方が早いな」


 というわけで、街の散策を打ち切り、午後は簡易的な双六を作ってみた。

 サイコロは紙を折れば作れるし、マス目と地図を書いて、戻る・進む・休むなどの適当なイベントを割り振れば完成だ。

 スタートとゴールは今はとりあえず隣町を目指して冒険するのを再現しよう。イベントは『オークが現れた! 逃げろ! 2マス戻る!』『【大剣術スキル:中級】を覚えた! これで蹴散らすぞ! 4マス進め!』などの冒険風にしてみた。


 早速子供たちを交えてやってみると、未知の遊びに皆熱中しているようだった。


「双六で遊んで楽しむのはいいけど、これが勉強になるの?」とチユキから質問を投げかけられる。


「今はお遊びで簡単に作ったんだが、これをもっとリアルにすればいいんだよ。例えば冒険者双六ならもっとイベントをリアルにして、出世双六ってところで例えばEランクからDランクに上がるための苦労話を散りばめて冒険者を追体験すれば、興味が出るし、冒険者の知識も学べるだろ!」


「あー、そういうことかー。確かにそれなら遊びながら勉強できるかも!」


「ほぅ、それは面白そうだな。しかしそれなら、冒険者のレベルが上がればイベントが変わってくるんじゃないのか? ここで【大剣術スキル:中級】を覚えたのなら、オークから逃げなくても倒せるだろ」


 なるほど実践派のラドナらしい意見だ。プレイヤーの成長要素を付け加えた方がいいというわけか。うーん、レベルでも設定して、その上下によってイベントマスごとに可否判定をさせるか。例えば成否判定用の10面ダイスを2個降らせて、レベルによって上回るべき数字が異なってきて、それにより乱数を再現して成功判定を……。

 いやいやいや、そんなに複雑化させたら子供が処理しきれない。それこそテレビゲームみたいに自動化しないと処理ができなくなる。でもなー、リアリティってそういうことだよな。自分の強さによって展開、つまりイベントや盤面が切り替わらないと、熱中して追体験したことにはならないか。

 ボタンを押して盤面が切り替わる魔法が発動するようなスイッチでもあればいいんだが。


 ……ん、それって魔導具に近いものになるのか。生活魔法を再現できるなら、それくらいの切り替えも組み込めるはずだよな。

 魔導具の職人なら、異世界式出世双六(呼びづらいから別の名前を考えたいな)を発展させられるかもしれない。そういう知り合いはいないから、ルシェンにでも聞いてみることにするか。

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