第四章 このカードに納めきれない異世界の光景
第31話 学園寮の新しい暮らし
秋もすっかり深まって、学園寮の建設は3階までの完成を以って一区切りとなった。
以後は入寮する子供たちの増加に応じて、建て増しをすることとなる。
というわけで、今日は完成を祝したささやかなパーティをすることにしていた。なぜかルシェンも来ることになっている。本当になぜそうなったのだろう。子供たちからパーティの開催を聞きつけたルシェンが「ならばわたくしも参加するわ!」と言い出したのだ。雷様のきらめく勢いを我々平民が止められるはずもないのである。
「それにしても随分凝った内装よね。わざわざ木板を張り付けるなんて、これはあなたの趣味なのかしら?」
学園寮の内装を一通り見てきたルシェンが、食事を並べている俺に話しかける。
「いや好みじゃなくて実用性だ。子供が走り回るからな。レンガそのままだと、ぶつかればケガをするだろ。それに木目調の方が柔らかな雰囲気に仕上がって落ち着くだろう」
「ふぅん、案外考えてるのね。この窓が二重になっているのはなぜかしら。わざわざ2つもあると開けにくくなくて?」
「それはこれからの冬の防寒対策だ。そうすれば外気が入りにくくなるだろ。俺の世界の寒い地方ではよくある造りなんだがな」
「
ルシェンは先進施設を視察するお偉いさんのように、
「「かんぱーい!」」
そしてパーティが始まった。子供たちを交えて、ホールにて会食となった。
相変わらず俺たちのメインディッシュは【ミックス】製のDランクモンスターの魔物料理である。同じ食生活を繰り返してレベルも上昇しつつあるのだが、多忙につき4人パーティで揃って冒険することもできず、討伐するモンスターのランクも上げられないままだった。
「まだまだマサオミもチユキも落ち着きそうにないのか?」
ラドナもまた一緒に冒険に出れないことを寂しく思っているようだった。
「そうだな、しばらくは冒険に出れそうにない。これまで通りに暮らすだけなら簡単なんだが、鉱山ギルドの看板を掲げて新しい子も受け入れるとなると、ちゃんと1日の流れを決めないといけないしな」
「その通りね。良い心構えじゃないの! 将来は冒険都市アロンティアを担う人材を輩出するべく、この学園寮は優れたカリキュラムを組まなくてはいけないのよ!」
「たははは、そいつは随分と高いハードルだ。マサオミたちとまた一緒に冒険に出られるのは、しばらく先になりそうだなぁ」とラドナは苦笑するのだった。
まぁルシェンの言うことを全部達成する気はない。とはいえ、目指すところとしては一考の価値のあるものだと思う。子供たちの将来を開けたものにしたい親心はある。全員をルシェンのような逸材になるべく育てるまではいかないにしても、そこまで育つような可能性は見いだせるように基礎は教えこんであげたいところだ。
「なあ、ルシェンの通っていた学園都市っていうのは、どんなところなんだ? どんな人たちが通っているんだ?」
「学園都市は10歳から入学できる原則6年制の学園よ。成功した冒険者か実業家の子供たちが主に通っているわ。そこでスキルを伸ばして、将来は各街のリーダーになるべく教育しているわ」
「ざっと入学に必要な技能とかはなんだ?」
「まぁ最低限の読み書きはできないといけないわね。それとレベルに、主軸となるスキルが芽生えていることが条件になるわ」
「レベルっていうと、入学にはどれくらい必要なんだ?」
「500というところかしら。まぁFからEランクモンスターの魔物料理を幼い頃から日常的に食べられたのなら、おおよそ達成できるレベルになるようね。今出ているDランクモンスターの魔物料理なら半年はかかるかしらね。
スキルが芽生えるにはレベルもないといけないし、レベルを上げるのは基本条件ね」
レベル500かぁ。駆け出し冒険者の基準のレベル100よりも断然に上である。俺たちが最近ようやく到達したレベルを10歳で超えなければいけないわけだ。つまり学園都市は本当にエリートの中のエリートの子たちが通っている場所になるな。
できることなら、その繋ぎの養育くらいは果たしたいところだ。
だから読み書きができるようにして、スキルが芽生えるために各分野への関心を深めるべく基礎教養を詰め込む必要がある。うわー、本当に達成できるのかこれ。
「学園都市に入学するまでは、どうやって勉強してたんだ?」
「わたくしは家庭教師を雇っていたわ。他の生徒たちもそうじゃないかしらね」
「教科書みたいなのはあるのか?」
「ええ、教本は出回っているわ。あなたたちも教本を見て、魔法を覚えたでしょう。複製には【写本】スキルが必要になるから決して安くはないけれども、その気になれば揃えられるわね」
なるほど。この街の教育のことがおおよそ分かった。リッテとラドナは教育を受けていないから、ルシェンから教育の話を聞けるのはありがたい。
「マサオミが難しい話をしてる……。私ついていけない……」
「うんうん、あたしもついていけないよ。リッテ、学園寮の運営はマサオミ先生に任せて、あたしたちは狩りで日銭を稼いでいようねー」
「こらこら。チユキも留守番組だろうが」
「ええー、レンガ造りも一段落したのにー」
「俺は調べ物もあるからここを空けることもある。スラムのときと違って今は備品も増えたから子供たちだけで留守番は不用心だろ。しばらくは居残り組をしてくれ」
「はーい」とチユキは渋々そうな返事をしながらも、嫌でもないみたいで表情は明るい。チユキは元々世話好きのようだし、子供の面倒を見るのもまんざらではないようだ。
「とはいえな、チユキだって冒険に出たいだろう。結局ダブルミノケンをフル稼働した戦闘もろくにできてないしな。となると、誰か代わりに世話をしてくれる人を見つけないといけないな」
「マサオミだってそうでしょ。ずっとここの学園寮長を務めているの?」
「うーむ……」
『ずっと』と言われると考え込んでしまう。
俺も施設の管理と子供の世話は別に嫌というわけではない。かといって、望んで引き受けた仕事というわけでもない。成り行き上やむなく責任感で引き受けている感がある。こういう子供の将来に関わる職務は、もっと意欲を持った人間が積極的に勤めるべきとも思う。
しかし、そもそも俺はやりたいことがあるわけじゃない。前世でも日銭稼ぎのために仕事をして、時間潰しとして惰性でカードゲームの趣味を続けていただけだ。学園寮長という重責を負い続ける必要もないが、同じくらいその責務から離れるべき方向性もなかった。流れに合わせて
これからの運営に話と思いを巡らせているうちに、子供らも食べ終えてパーティは解散となった。
食器洗いは【生活魔法】の適正的に俺の仕事なので、手作り食洗器に
「本当に小器用に【生活魔法】で家事をやり繰りしているのね。魔導具なら必要経費として手配してあげても良くってよ」
ルシェンが横から口出ししてくる。
「俺がいるうちはこれでいいだろう。これから雇う人に合わせて、魔導具も用意していくさ」
魔導具。魔力で動く道具のことで、この学園寮内の用途に限って言うのであれば、現代の家電ような役割をする。魔力を流し込めば特定の生活魔法が発動されるように組み込まれており、俺みたいに生活魔法を網羅した家電人間でなくても家事が便利にできるようになる。
しかし一般人が手を出せる値段ではなく、専ら業務用あるいは成功した冒険者の新居用としてのみ流通している。
この規模の施設の運営のためであれば、業務用として魔導具を備えていてもさほどおかしいことではない。
「にしても、ルシェンは泊まっていくのか? もう夜も遅いぞ」
「と、泊まりはしないわよ。そろそろ帰るところよ。家族でもない男とひとつ屋根の下で泊まるなんて不潔よ」
「俺のことかよ。別に俺はチユキたちともスラムのときから何事もなくやってきているんだがな」
いや、うん本当に何もなかったから潔白だ。でもスラムの距離感のときは正直つらかったぞ、いろいろと。
「ふん、本当にそうなのかしら。いずれにせよ、帰るとするわ」
「ああ。今日はその、ありがとうな。ルシェンからいろいろ話を聴けて、本当に参考になった」
ふと思い出したようにお礼を言うと、ルシェンはすごい勢いで向き直り、頬を少し赤らめながら言い訳するのだった。
「べ、別にあんたの為じゃないんだからね。あくまで子供たちの将来のために助言したまでなんだから、せいぜい頑張ることね。ちゃんと運営が軌道に乗るまでは、あんたが学園寮長を降りるなんて許さないんだからね!」
「ああ、それまでは頑張るさ。これからもよろしくな」
「ええ、わたくしの深い見識に頼らなければ、運営なんて到底無理なのでしょう。仕方なく教えてあげるんだから、有り難く教えを乞うことね」
とまぁ素直ではないが『分からないことがあれば聞いてね』と言ってくれているらしい。異世界の高等教育を受けている数少ない知り合いなので、これからも頼れるのであれば大変に助かる。
俺が学園寮長を続けるにせよ、いずれやめるにせよ、運営マニュアルを満足のいくものに仕上げなくてはいけないことは確かだ。そもそもこの冒険都市のことを聞きかじっただけの俺が教育なんてできるのだろうか。俺自身の勉強から始めないといけないかもしれない。
気長な話にはなりそうだが、いろいろと調べていくことにしよう。
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