第30話 想いもレンガのように積み上がれば

 孤児院建設が始まって数週間が経過した。暑さもピークを過ぎて、作業も少しだけやりやすくなった。

 

 1階部分は外壁、内壁ともに完成して、2階部分への着手が始まっていた。

 間取りを割り振っていたのだが、1階は主に食堂・調理場・お風呂・職員室、その他ホールが主な用途となる。2階は専ら講堂を兼ねたホールになって、3階以降のフロアは学生寮的な年長生徒の寝室となる。こうなってくると、寮と言うよりは大きな旅館にほぼ近い部屋割りになってきている。今の俺達+αの入居を考えれば3階までで十分なスペースなのだが、構造的には5階くらいまで建て増しすることもできるとは思う。

 せっかく立派に壁が立ち上がったのだから、そろそろ1階の内装に取り掛かって少しでも早く使えるようにしたい。しかし、チユキのスキルアップでレンガの製造ペースが上がったことにより、俺もかかりっきりでレンガの接着作業をしなくては追いつかない。

 幸いにもカードによって運搬ができるので、組み立て工法的にやれば手間は軽減できる。地階であらかじめレンガを組み立てた上でカードに納めて2階で展開すれば、高所作業を最小限にしてブロックのように組み合わせられる。それでもレンガを組み立てるので手一杯で内装まで手が回らないのだった。増員を考えないといけない。


 新しい街区の開発も始まっていて、鉱山ギルドの作業員たちも出入りするようになった。街路の石畳が敷かれ、あちこちの作業場の建築が始まっている。

 俺たちの孤児院は新地区の入り口に位置するため、よく声を掛けられるようになった。子供たちが賑やかに土とレンガを運んでいるのだから、非常に目立つのだ。たまに差し入れをくれる親切な方もいた。


 そんな作業にも慣れた忙しい折に、教会から朗報が舞い込んだ。トワルデさんの魔力とご飯代の工面ができたので、ラドナの腕を治せるというのだ。我らがエースの完全復活、パーティの悲願達成である。もちろん後払い条件にしてもらったものの、ラドナが万全になれば孤児院の建設を手伝ってもらうこともできる。


「じゃあ行ってくる」


 ラドナは意気揚々と教会へと向かっていった。もちろん本人も治せて嬉しいのだろう。リッテと子供たちも微笑んで見送っていて、今日は一層明るい雰囲気で作業がはかどることとなった。

 お昼に差し掛かろうというところで、ラドナはトワルデさんを伴って帰ってきた。右腕をぐるぐるとまわして、バッチリ治ったと見せつける。


「トワルデさんも来たんですね」とチユキが迎えた。


「ええ、ラドナさんの治療後の経過も観察したかったですし、皆さんの様子も見に来たかったので」


「それにしても俺たちのためにこんなに治療を早めてもらって、ありがとうございました」


「いえいえ。やっとお願いに応じられて、私も嬉しい限りです。それにですね、思わぬ協力者がいたので、ここまで早く治すこともできたんですよ」


「思わぬ協力者?」


 心当たりのない話だ。俺たちに協力してくれる人とは一体誰だろう。


「ルシェンちゃんですよ。あの子が魔物料理を寄贈してくれたんです。『べ、別にあいつらの為なんかじゃないんだからね。ただうちの地区の開発が早まるように前貸しするだけなんだから!』と照れ隠ししていました。根は優しい子なのに、相変わらず不器用ですね」と微笑ましそうに語るのだった。


 ルシェンかぁ。俺との面会ではあんなにツンツンだったのに、陰ながらそんな支援をしてくれているとは意外だ。


「あらら、噂をすれば、ご本人の登場ですね」とトワルデさんが振り向いた先には、金髪パーマの電撃令嬢ルシェンが従者も連れずテクテクと歩いていた。

 トワルデさんが手を振ると、ルシェンは慌ててかしこまってペコペコと礼をしている。この距離感から察するに、昔からの付き合いのようだ。憧れのお姉さん的な立ち位置なのだろうか。


「ト、トワルデさんも来てたのかしら! とっても奇遇ね!」


「ええ、ルシェンちゃんのお陰でラドナさんを治せましたので、その療後の見守りも兼ねてお邪魔してました」


「そ、その話もしちゃったのかしら」とルシェンはハッとなりつつも俺たちに向き直って「そ、そういうことだから、これはわたくしからの貸しなんだから、より一層建設に励むことね!」と苦し紛れにツンツンするのだった。


 俺は威厳を保とうと必死なルシェンに苦笑しそうになるのをこらえつつ、「お心遣い感謝します」と礼を返すのだった。


「あ、あと貸しをついでにもう一つ追加するわ」とルシェンは建設中の孤児院に目をやって続けた。ここからが本題の用件のようだ。


「地区開発の作業員たちから、あなたたちが頑張っていることは聞いているわ。それに免じて、これからは鉱山ギルドがあなたたちに資材を提供すると正式に決定したわ!

 壁のレンガはうまく『ブリック』してるようだからこのまま製造してもらうけど、内装は全面的に鉱山ギルドから提供するわ。だから必要な家具と備品のリストアップを急ぎなさい!」


 ルシェン殿はツンツンとした口調を何とか保ちながら、大変な朗報を提供するのであった。今から頭を悩ませようとしていた事柄だけに、とてつもなく有り難い。


「おお、ありがとうございます! 至急リストアップを進めます!」と再度かしこまって、お礼を申し上げた。


「ちなみに設計図のようなものは見せてもらえますか? とても大きな施設のようですが、最終的にはどのようになるのでしょう?」


 トワルデさんの依頼に応じて、巻物上にしていた図面を広げて見せる。横からルシェンも覗いている。


「こ、これは……」とトワルデさんは口に手をやり、注視しているようだった。

「こうして図示すると、本当に孤児院という規模じゃないわね」とルシェンも付け加える。


「教会でも孤児院をいくつか開設してますが、ここは類を見ない規模と機能を備えることになります。もはや孤児院と呼ぶのは似つかわしくないかもしれません」


 確かに集合住宅でもあり、保育園でもあり、ホールで読み書き等の学習塾もやりたいと思っている。子供の1日をすべて網羅できる施設になってきている。

 保育園及び塾と学生寮が合体した総合施設。これを何と呼べばいいのやら。


「何だか何でもあって、お城みたいだね」とチユキが評する。


「あら面白いですね。子供城とこの施設を呼びましょうか。となると、王様はマサオミさんになりますね」


「国でもないのに何で王様がいるんだ。それに城ってのも大袈裟だ。学校で保育園で寮だから、せいぜい学園寮でいいだろ」


「それなら寮長として、しばらくは励んでもらおうかしら」とルシェンが乗ってくる。


「寮長? というか、なぜ俺が長扱いになってるんだ。孤児院建設を任されただけじゃなかったのか?」


「こんな全部詰め込んだ施設、誰が運営するっていうのよ。どんな風にやってくか、頭の中で思い描いているのでしょう? 軌道に乗るまでは、しばらくあなたが運営するのね」 


「お、おう、分かった」


 思わぬ大任を背負わされ、口調が上ずってしまう。確かに建てっぱなしというのも良くない。マニュアル整備までは俺が試行錯誤した方がいいだろう。


「ふふふ、この都市に来て数か月で一施設の長になるとは、何とも驚きですね」


「何かとんでもない成り行きだがなぁ」と納得がいかない。


「いいえ。このレンガを積み上げたように、あなたはみんなの想いを積み上げたのですよ」


 トワルデさんは感慨深そうに、胸に手を当てて語るのだった。

 

「あなた方がここを訪れなければ、リッテさんはスラムの子供の集まりを細々と支えるだけだった。ラドナさんも腕のケガを治せないまま、お世話に専念するだけ。そして子供たちだって、ここまでたくましくなることはなかった。ルシェンちゃんも学園寮の建設を手助けすることもなかったでしょう。

 あなた方が関わったおかげで、既に多くの方々の生活が前向きなものに変わったのですよ」


 トワルデさんに胸を張って言われると、そんな気もしてくる。

 転生した時は、気ままに日銭を稼いで暮らせればいいと思っていたのにな。それがあれよあれよと放っておけないものを手助けしているうちに、こんなデカい施設を建てるに至っている。

 ワイバーンを倒す形でいつかトワルデさんを驚かせられればと思っていたが、先んじてこんな建設事業により驚かせることになってしまった。いつの間にか施設長までやることになっている。責任を負いたい性分でもないのにな。だけど、不思議と悪い気もしない。異世界ライフとはどんなことが起こるやら分からないものだ。


 まだまだ建築は折り返しに差し掛かったところだ。もう秋になるところだが、冬が来る前には一定の目途をつけたい。

 トワルデさんとルシェンを見送って、俺はラドナにレンガ接着のやり方を教えこもうと腕まくりをして気合を入れ直すのだった。 

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