第29話 リッテの戦い

───────────────

 キラービー。オークらと同じEランクモンスターに分類されるが、その特殊な生態のために冒険者の中でも得手不得手がはっきりと分かれ、対処のしづらいモンスターとされている。


───────────────

種族:キラービー

モンスターランク:E

パラメータ:体力F 筋力A 防御力F 

敏捷A 魔力F 耐魔力F   

───────────────


 耐久力は皆無であるが、攻撃力と素早さに特化している。一撃さえ与えれば倒せる。しかし、その一撃を与えるのが容易ではない。

 的として小さすぎ、風の振動を本能的に感知して回避するため、安易な遠距離射撃は困難である。かといって近接戦闘は高い殺傷能力の針攻撃と致死性の毒付与があるため極めて危険。安全に倒せるのは精密な魔法射撃くらいだろう。さらにキラービーは集団行動を常とするため、討伐にはマジシャンで艦隊を組むのが推奨される。

 その困難さ故に、キラービーのハチミツは高値で取引されている。リッテもその難易度を知っていたため、これまで討伐を提案することはなかった。


「ラドナ、支援魔法をお願い。ここからは私が行く」


 ラドナがリッテの短剣に火属性を付加し、筋力を強化する。ここ最近の二人行動が増えてきた討伐では、この支援魔法の付与も慣れたものになってきている。


「私は他のモンスターのつゆ払いをしている。近くで助けられないが、無理はするなよ」


「うん。じゃあいってくる」


 忠告しながらも、ラドナははやるリッテを見送った。

 完全にリッテはスイッチが入っているな、と思う。普段は引っ込み思案で端から見れば口数の少ない小動物娘なのだが、リッテには底意地がある。こうすると決めたら、絶対に退かないときがある。それは仲間と認めた者たちを守るときに特に強く発揮される。ラドナもそんなリッテに助けられて、スラムの貧しい暮らしのときも支えられてきた。今は新しい冒険に手を引いてくれたチユキを励まそうと、リッテは必死になっている。本来は感情で昂ぶって狩りをするべきではない。狩りとは知識と打算により、安全に勝利できると見込んで行うものである。だがリッテのあの勢いと決意に満ちた闘気を感じ取れば、そんな常識で冷や水を浴びせるのも無粋と言うものだろう。

 ――今のリッテは間違いなく強いのだ。


 森に赤い刀身が閃く。キラービーが瞬く間に絶命していく。

 リッテは舞うように蜂を刺していく。リッテの【気配感知】は既に中級に達している。木の陰にキラービーが潜もうとも確実に補足し、その【短剣術:初級】で強化された一撃によりほうむり去る。視認するまでも無く、頭の中でポインティングし、導かれるがままにキラービーを切り裂いていく。

 【気配感知:初級】では把握が追いつかなかっただろう。【短剣術:初級】がなければ殺し損ねていただろう。チユキたちと出会って強くなれた今だからこそ、リッテは初めてキラービーを狩れる。

 逃げる個体は敢えて数体見逃しつつ、その方角に向かって走る。この先に追い求めたキラービーの巣があるのだ。

 

 大木の枝にぶら下がる巣穴の周りには、み処を守るべくキラービーが集結していた。ここまでに何体も撃破してきたが、巣穴の周りにも十数体が固まっている。しかし、ここまでのリッテの猛進を見てか、キラービーも仕掛けては来ない。群れを成して、これ以上の進撃を牽制けんせいしているようだ。

 単身で群れに突っ込むのは自殺行為に等しい。ならば、群れを分散させるしかあるまい。真正直に巣穴に近づかなくても分断する方法はある。リッテは燃える刀身を大木に付き立て、蜂の巣に向かって炎を立ち上らせた。

 キラービーは火の手に動揺し、消火に奔走する。そこをリッテは各個刺し殺し、注意がれて分断されたキラービーを仕留めていった。リッテの狙いに気付いた頃には、群れは半減していた。その数はもはや脅威ではない。リッテは完全攻略を目指して突貫した。

 

 確実に一匹ずつ仕留めながらも、リッテはその群れの中の特異な個体を感知していた。キラービーの中に混じって、一際鋭い攻撃を仕掛けてくる優れたキラービーがいる。視認すれば、その身体は他のキラービーと比べて数段大きい。これが女王種、この巣の主か。尖兵のキラービーの攻撃をかいくぐって女王に攻撃を仕掛けても、なんと回避される。リッテの攻撃に反応速度が追いついている。次第に女王の反撃も精度を増してくる。針で切り裂くべく、目にも止まらぬ一直線の突進が繰り出される。リッテはやっと回避しつつも、他のキラービーの数を減らしていった。

 そして、リッテと女王蜂が一対一で対峙することとなる。数度互いに仕掛けて、反応速度が互角であるのは見て取っていた。いや、いささか分の悪いのはリッテの方だ。既に支援魔法は切れて、長引いた戦いに息も上がっている。女王蜂をにらみつけながら、汗をぬぐう。しかしこの劣勢でも、どうやっても勝ちたかった。持てる力を総動員して、チユキを笑顔にしたかった。リッテは見境無くスキルを発動していく。短剣は紫の異様を放ち、状態異常の毒牙を纏う。しかし、これも当たらなければ意味の無い付与。攻撃を回避し合うこの拮抗戦では、無意味な見掛け倒しでしかない。急激なスキルの発動にゆがむ意識を、リッテは強靭な意志で押し留めた。あと一匹、こいつを倒したのなら、ハチミツを持ち帰れる。リッテが最後の気力を振り絞り、攻撃を仕掛けた。

 まっすぐの攻撃は横に飛ばれてかわされる。すかさずそれを追うが、かわされる。そこに足の動きも混ぜて、回り込むように縦横無尽に攻撃を繰り出していく。

 女王蜂はその異様に警戒しながらも、落ち着いて反応していた――はずだったが、何かがおかしい。女王蜂は確実にリッテの行動を捉えていたはずだった。殺傷力を増したであろう刀身に惑わされることなく、その気配を追えていたはずだった。それがなぜかズレを感じる。気配を補足しきれていない。なぜかと複眼を巡らせる間もないまま、リッテが猛攻撃をしかけてくるのを、直感を交えてかわしていた。

 直感頼り。それが致命的だった。リッテの見境無く発動したスキルの中には【気配遮断:初級】があった。目にも見えない素早さで攻撃し合う高速の戦いの中で、気配が消えたのならその紙一重の優位が勝負を分けることとなる。

 リッテの執念の毒牙が女王蜂の腹を貫いた。その毒はキラービーの毒さえしのぐ。一撃の下で女王蜂の身体は不自由となり、地に堕ちることとなったのだ。

 

───────────────


 ホットケーキを作りたいと思った。だってハチミツといえば、ホットケーキだろう。しかし、分量が分からなかった。うまく固まる比率も火加減も分からなかった。お菓子用の便利粉と包装の解説でもなければ、おっさんの在り合わせの知識で作るのは無理なお菓子なのだ。

 となると無難に仕上げるならば、……こんなもんだろうな。

 

 ハチミツのフレンチトースト。食パンを卵・牛乳・ハチミツに浸して、焼き上げてみた。ラドナにおぶさり帰ってきて仮眠していたリッテを起こす。


「お前が一番に持って行きたかったんだろ。届けてやれ」


 リッテは飛び起きて、「美味しそう……」と微笑みながら大皿を手にした。

 今日も繰り広げられる野外レンガ製造ラインの過酷な現場に、ハチミツの甘い香りが届けられる。一直線に向かっていったのは、もちろん一番頑張っている作業員の元にだ。


「チユキ、おいしいハチミツのお菓子作った。食べて」


 布巾で手を綺麗にしてから、チユキはフレンチトーストをつまんで口に放り込んだ。

 

「おいしい……甘くて美味しいよ、リッテ! ありがとう!!」


 もう一つ口に放り込んで頬張りながら、チユキはリッテに抱きついた。

 その瞬間をパシャリ。すかさずメモリアルカードに納めたのだった。


───────────────

〔ハチミツが繋ぐ苦労人シスターズのきずな

[メモリアルカード]

───────────────


 ハチミツのフレンチトーストは現場の士気を高めるのに効果抜群だった。ちゃんと栄養価が高いため、実用性も兼ね備えていた。本来は単なる気休めのスイーツのはずが、れっきとした魔物料理であるので滋養強壮効果もバッチリだったのだ。

 そのハチミツの効能が、毎日無心で何万回と重ねたチユキの経験を後押しした。

 チユキの【生活魔法】は中級へと昇華され、『ブリック』によるレンガの製造速度は倍化し、俺たちの孤児院の建設はさらに急ピッチの進行になっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る