第28話 孤児院の建設

「……というわけで、鉱山ギルドは土地だけは貸してくれることになった。俺たちは孤児院を建てることになる」


 野外キャンプに戻って、交渉結果を報告した。


「私たちは建築の専門家でもないのに、随分無茶な注文だな」とラドナが言うことも、ごもっともである。


「土地を貸してくれるだけでも破格だとは思う。多少の無茶は何とかするしかない」


 土地を借りられたので、危険な城壁外暮らしは終了となる。これからは孤児院の建設現場の傍らで暮らすことになる。


「役割分担だが、チユキにはひたすら『ブリック』でレンガを量産してもらうことになる。必要数はこれから計算するが、数万はいくと思ってくれ。いくらあっても足りないくらい必要だから、チユキは数えなくていいから無心でレンガを作っていてくれ」


「う、うん。分かった」


「リッテとラドナは狩りで日銭を稼いでてくれ。突発的に必要な作業が出たら頼むことになるだろうが、長丁場の建設になるだろうから毎日を暮らす資金も稼がないといけない。

 狩った魔物を運びに夕方には俺が迎えに行くから、それまでは二人で狩っていてくれ」

 

「うん」「ああ、分かった」


「子供たちにも手伝ってもらう。チユキの『ブリック』用の型枠は買ってきた。その型枠に土を入れて、そしてチユキの元に運んで、出来たレンガを数えて保管してもらう。自分たちの家になるんだから、みんなで頑張ろうな」


「「はい!」」


「俺はその他全部をやる。孤児院の設計に部屋割りと、資材の調達、レンガの積み重ね、必要に応じて増員も出るかもしれないな。それじゃあ今日は元のスラムの場所に戻るぞ。明日から作業を頑張ろうな」


「……マサオミは大丈夫? もしかしてこういうの慣れてるの? 本当にできそう?」


 チユキは不安げに聞いてくる。

 

「こんな建設現場の監督も設計まがいのこともやったことはないが、やるしかないんだ。やらなきゃ住み処がなくなるし、下手すりゃ鉱山ギルドからお仕置きを食らうことになる。俺は死にたくないし、路頭に迷いたくも無い。もう何とかするしかないんだよ」


 脳裏に鉱山ギルド長の顔面凶器と、ルシェンのスラム一つを粉々にしていた凄まじい雷魔法がよぎった。退いても後が無いのなら、うまくいく保証がなくても突き進むしかないのだ。

 こうして不安だらけのまま、孤児院の建設が始まった。



 朝はリッテとラドナを見送って、それから作業の開始だ。

 昨晩に『ブリック』用の型枠から必要数を計算してみたが、1階の外壁部分だけでおよそ2万5千個のレンガが必要と判明した。

 計算としては、レンガは横20cmで高さ6cm。これを施設規模からして40m並べて、1部分につき3mは積み上げるわけだ。これだけでシンプルに計算しても、横に200個を縦に50個ずつ積み上げる計算になるから、外壁1面だけで1万個必要になる(実際はセメントの繋ぎが間に1cm生じるから、正確な必要数は一応減るのだが)。


 孤児院の土台となる石基礎を設置しながら、チユキの作業ペースを確認する。

 チユキの手元に、土を満たした型枠が2個ずつ並べられ、チユキが『ブリック』を唱えてそれをレンガに仕上げる。すぐにレンガは運ばれ、次の土がセットされる。これをずっと繰り返している。


「最初はしゃがんで作業してたんだけど、体勢がつらいから椅子に座って机で『ブリック』をしてるんだよ」と魔法を唱えながら、リッテが語る。

 子供たちも黙々と作業を分担して協力していた。

 

 人力ベルトコンベアー的な作業ではあるが、人海戦術の結果出来るレンガは1時間あたり約300個だった。平均労働時間で8時間換算すれば、2400個。

 買えばレンガ1個は300ゴルだから、日給70万ゴル超を叩き出す計算にはなる。もっともチユキと子供たちを人件費なしで総動員しての結果なので、割がいいかどうかは微妙なところである。しかし、全てのレンガを市場から調達するのは、どう考えても予算オーバーのため、この生活魔法の製造ラインに頼るしかない。

 生活魔法とはいえ、魔力を使うことになる。数百回単位で使えば魔力は空になるので、チユキは水分補給代わりに手元にマジック・ポーションを常備することになった。もちろん【ミックス】で効果は高めてある。半ばドーピングにも近しい強行軍ではあるが、チユキは黙々とレンガを作っていた。


 夕方にリッテとラドナの狩り組を迎えに行って、1日は終了となる。

 子供たちも1日中土運びをしていたから汗だくである。お風呂の水を数度入れ替えながら、全員が泥のように眠って、再び朝を迎えて、同じ作業が繰り返されて、レンガが積み上がっていくのだ。


 最初の数日はみんな真面目に作業に没頭していた。しかし、徐々に現場の空気が重くなっていった。

 のだ。同じ作業を延々と繰り返し、先が見えない。一応先はあることはある。しかし、レンガの製造速度上、どうやっても数ヶ月はかかる。全体像を示して、徐々に高く積み上がっていくレンガの外壁を見せても、モチベーションの向上には繋がらなかった。

 最もモチベーションが必要なのは、延々と生活魔法を使うチユキだった。魔法を使う以上、低出力の生活魔法であっても一定の集中力によるイメージが必要となる。これが散漫になると、失敗作が増えてしまう。型枠があるため、失敗しても再びかけ直せば、ものは完成するのだが、手戻りが生じてくると作業効率が落ちてしまう。


 夕食の席にて、チユキはグッタリとした表情で語るのだった。


「あたしは寝ても『ブリック』を発動してレンガを作ってる夢を見るの。ずっとずっと、指先に魔法の走る感覚が残っててね。休憩中でもふと気付いた拍子に『ブリック』しなきゃって、つい身構えちゃったりして。

 ああでもまだ続くんだし。あたしが作業の要なんだから、あたしがしっかりしなくちゃダメだよね……、うん頑張ろう……」


 チユキは力無く笑うのだった。しかし、この作業はチユキ以外に代えがいないため、交代勤務にすることもできない。

 完全にブラックな作業現場である。レンガ製造のライン工は、もはやさいの河原の石積みにも似た徒労感を生み出しつつあった。最適な作業を各員に割り振った結果、かえって逃げ道をふさいでしまった感がある。


 チユキは机に突っ伏したまま、うつろにつぶやいたのだった。  


「ああ、スイーツが食べたい……」


 チユキは女子高生だった。女子高生はスイーツを食べないと死んでしまう生き物だった。いやそれは誇張だが、同年代の女子の中では突出して辛抱強いであろうチユキですら、この単純作業に心を砕かれ、うるおいに飢えているのであった。

 確かにこの異世界は甘いものが少ない。魔物料理は基本的にレベルアップの手段として摂取するのが第一義とされるため、美味しく食べるという嗜好品的な要素が省かれがちなのだ。砂糖はサトウキビから取れるんだったか。冒険都市は城壁内で面積が限られるため、耕作面積を広く取れない。腹を満たせる小麦等の作付けが優先されている。だからケーキなんて見たことが無い。

 職場のモチベーション向上は喫緊の課題であった。チユキが倒れたのなら、製造ラインがストップしてしまう。窮状を打開するには出費もやむなしか。明日は甘味を求めて都市を散策するしかないなと考えたところで――。


「――私がキラービーを狩る!」


 リッテが立ち上がったのだった。小さな体躯で任せてと胸を張る。 

 なるほどハチミツか。しかも魔物由来となれば滋養強壮も期待できるだろう。

 

「攻撃魔法の無い私たちでキラービーの相手は危険だぞ。リッテ、大丈夫か?」


「私はスコルラだから毒は無効化できる。私にしかできない。

 私が今度はチユキの力になるから」

 

「リッテ、ありがとう……」


 チユキの瞳に光を戻したのはリッテだった。苦労人シスターズの絆は深い。もはや俺が首を突っ込むのは野暮というものだ。現場監督とレンガを積み重ねる作業に没頭することにしよう。

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