第27話 ルシェンの孤高
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鉱山ギルド令嬢のルシェン=アルマウトは一人娘であった。
病弱であった母はルシェンを産むと共に亡くなった。ルシェンは父ダグマと雇われハウスキーパーの元で育てられた。
多忙な父と、あくまでビジネスとして世話をするハウスキーパーの中で、ルシェンは常に孤独であった。だから幼少期には「兄弟がほしい」と父に何度もお願いをしていた。いつも傍にいる身内がいれば、孤独を解消できると思ったからだ。
しかし、ダグマは次の良き伴侶を見つけられず、鉱山ギルドを一代にして発展させた成功者であるが故に安易に
ルシェンもまた成長するに連れて父の難しい立場を悟り、無理を言わず我慢するようになった。それを不憫に思ったダグマは、ルシェンにより一層の愛情を注ぐのだった。ルシェンはそれに応えて傑出した魔法の才能を発揮し、父を喜ばせる。父を慰めるために、そして孤独を紛らわすために、ルシェンは魔法の訓練に没頭したのだった。
冒険都市の成功者は子を学園都市へと通わせる。ルシェンもまた10歳になると親元を離れ、学園都市に暮らすこととなった。
しかし、この頃にはルシェンのレベルと魔法の腕は同年代の生徒たちを遥かに上回るものであった。
ルシェンはこの冒険都市では稀な貴族と呼ばれるべき存在であった。冒険都市では厳密には貴族は存在しない。生まれによって特権を得る者はなく、その存在が特別たり得るとすれば、成功者である親が惜しみなくその子に財貨をつぎ込んだ場合のみであろう。ルシェンはこの都市の代表者の娘として、まさに最も多くの財を注がれた存在であったがために、貴族制のないこの都市で唯一貴族たり得た子女であったのだ。
そのあまりに卓越したレベルと技量が故に、ルシェンは学園でも『電撃令嬢』として畏怖の目を向けられ、その孤独を埋める者は現れなかった。そして、孤独を紛らわすために――。
結果、歴代最強の主席としてルシェンは学園都市を卒業した。そのレベルは3000超。ルシェンはまさしく孤高の存在として社会に進出し、鉱山ギルドの開発責任者として鉱山あるいは未開地の開拓を引き受けていたのだった。
「今戻ったわ」
ルシェンは鉱山ギルド本部、ギルド長執務室を訪れていた。
「おお、少しばかり遅かったから心配したぞ。首尾はどうだった?」
ギルド長ダグマは愛娘の帰還に、大げさな身振りで応じた。普段はその
「予定通りスラムを更地にしてきたわ。
「いつも通り完璧な
「……不愉快なものを見たからよ」
「ふむ、不愉快とは?」
「スラムにね、子供を
ねえ、この世で一番邪悪なのは恵まれない子供を救えない社会よ。だって子供には何の罪もないのだもの。その子たちを救えない時点で、この都市はまだまだ発展途上なのよ。だからわたくしの地区に孤児院を建てたいと思うの」
ダグマはルシェンの義憤に駆られる姿を見て、厳粛なる長としての顔に戻る。
「して、その者たちは真っ先に孤児院に入ろうとすると思うが、それをどうする?」
「ええ、むしろ彼らに孤児院を建てさせようと思うの」
「信用できる者たちなのかね?」
「信用する必要は無いの。試すだけよ。だってわたくしは土地を貸すだけ。最初は何の資材も提供しない。ならばわたくしが損をすることはないでしょう。
もっとも、試す価値くらいはある連中と思っているわ」
「どんな連中なんだ?」
「冒険者のようだから、ギルドマスターのアルナフに会って話を聞いてきたわ。アルナフの言うところによれば、新進気鋭のパーティとのこと。4人ともバランス良く活躍し合って、目覚ましい勢いで力を付けているらしいわ。稀人の二人は固有スキル持ちで、思わぬ活躍を見せるらしいの。
成功率の低いことを試す趣味はないのだけど、わたくしたちに負うべきリスクもないのなら、やらせてみるのも良いと思うの。ろくでもない出来だったら、わたくしが壊せばいいだけの話よ」
「あのアルナフが見込んでいるのならば、面白いかもしれんな。ふむ、ならば彼らの提案を聞くとしようではないか」
ルシェンの子供を救えない社会への怒り。確かにルシェンは鉱山ギルドの
しかし、本当にそれだけなのだろうか。ルシェンが子供を見る面持ちには、幼いころに得られなかった近しき者への憧憬が混じっていたはずだ。その憧れは転じて、誰かに、特に子供たちに心から慕われたいという渇望にさえなっていたはずだ。
――果たしてルシェンの孤独を埋められる者は、いつか現れるのだろうか。
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扉を開けると、そこにはヤクザがいた。
あれれー、おかしいな。ここって鉱山ギルド長執務室だよなー。それがどうして、こんなスキンヘッドで超鋭い眼光で筋骨隆々の、どこからどう見ても拳一つで全てを解決するような荒っぽい大男様がいらっしゃるのでしょう。
いやーまさか鉱山ギルド長本人ってことはないですよねー。だって、その人と俺って今から住まいを賭けて交渉するんですよー。こんな物騒な方とお話だなんて、命がいくつあっても足りませんって。
まして傍らにお控えのルシェンちゃんと血の繋がりがあるだなんてご冗談を。確かに眼光の鋭さくらいは似てらっしゃるかもしれませんが、それ以外は似ても似つきません。最高級のお人形様とオークを並べたようなものではないですか。あははははは。
ルシェンちゃんが実子なら、奥様もいらっしゃるのでしょう。こんな顔面凶器のおじ様と結ばれて子も成せるなんて、そんな聖母は実在なさるのでしょうか。
「私が鉱山ギルド長のダグマだ。我が娘に大言を吐いたそうだな。最高の孤児院を建ててみる、その事業を任せよと。その言葉に間違いはないか?」
ひええええ。やっぱりヤクザ=鉱山ギルド長じゃねーか!
「は、はい、間違いございません」って返事が遅れたら拳が飛んできそうだから言うけどさ。最高の孤児院とか言ったのは、ルシェンだったよな! 俺はただ孤児院建てさせてって言っただけだぞ! いつの間に変換されてんだよ!
「ふむ、臆する事無くよくぞ申した。では聞こう。その孤児院はどのようなものだ。我が鉱山ギルドの一画を占めるに足るとあれば、
う、うん。落ち着け。問われていること自体は普通だ。この長は顔が飛び切り怖いだけで、言っていることは至極まともで、想定問答のFAQ中のFAQの一つに過ぎない。寝不足になりながら何度も思い浮かべた建設案を述べればいいだけだ。
「はい、孤児院とは申しましたが、極めて寮に近いものを建設したいと考えております」
「なに、寮とな。ふむ……」
ダグマ殿は少し考え込む。そもそもこの異世界で寮に類する概念はあるのだろうか。ぶっちゃけたくさんの人が効率的に住める住居の形として、大学時代に暮らしていた学生寮の延長線上で寮っぽいものを建てれば良いのではと思ったのだが、果たしてそれが通用するかどうか。
「ルシェンの学園都市にもそのようなものがあったな。学生たちが共同で食事したり
どうやらピンと来ているらしい。これを推せば行けるのか。
「そうでございます。高層建築とすることで、省スペースにて多人数の受け入れを実現したいと考えております。今回は幼児の受け入れも多く想定されるため、共有スペースで1、2階の大部分を占めさせ、3階以降に2名ごとの寝室を用意したいと思っております」
そう話すと、ダグマ殿は少し考え込み、傍らのルシェンに目配せをして頷き合い、良さそうな反応を示した。
「なるほど面白い。学園都市の先を越す実用的な施設になりそうではないか。
分かった。そなたに我が鉱山ギルドの開発の一翼を担わせるとしよう。ただし――」
ダグマ殿はルシェンに目線を投げかけ、話の続きを任せるようだった。……似ても似つかぬ親子なのにアイコンタクトでばっちりと通じ合っているあたり、なんか強い繋がりを感じさせるなぁ。
「当面の資材の提供はしないわ。鉱山ギルドは土地を貸し与えるだけで、それ以外の手助けは一切ないものとして考えなさい。そしてまともなものを建てられないと判断した時点でわたくしが雷を落とすわ。それを肝に銘じて最善の孤児院を建てるのよ、いいわね?」
「はいぃ、分かりました! このマサオミ、鉱山ギルド様のご厚情に恥じぬ素晴らしい孤児院を建てまするぅ!」
あぁうん、逆らえない。ていうかこれ、失敗したらギルド長の鉄拳か、娘殿の電撃で俺が制裁されるのは確定よね。
うんうん、帰ってから頑張るしかないね。うわー、冒険者かと思いきや荷物持ちメインだと嘆いているうちに、気が付けば孤児院の建築をすることになってるじゃねーか。何なんだこの異世界ライフは。早く俺の身の丈に合った小市民の幸せとやらに、落ち着きたいものなのだが……。
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