第26話 電撃令嬢ルシェン
お嬢様は俺たち4人を杖で指し、冷たく不服そうに口を開く。
「立ち退けって命令したでしょう。何で従わないのよ」
「すまんな。まだこの街に来て日が浅いもので、引っ越し先を見つけられなかったんだ」
「スコルラまで控えさせて、何のつもりかしら? わたくしを毒殺すると脅すつもり?」
「リッテはそんなんじゃ!」「待て、話は俺に任せろ。毒殺なんてとんでもないさ。その気ならこうやって正面から出てこないだろう」
チユキが感情的に反発するのを制止して、あくまで俺が交渉の
「鉱山ギルドの方にもお目にかかりたかったんだ。それがこんなに可憐で素敵なお嬢様だとは驚きだ」
「なんなの、あんたは! おだてたって何にも出ないわよ!」
適当なおべっかはまったく通じない。誉め言葉は逆効果で怒りを買ったようだ。
それにしても、さっきから『鑑定』を発動しているのだが、このお嬢様を読み取れない。鎧兵たちはステータスを確認できるのだが、お嬢様は相当にレベルが高いようだ。レベルに倍以上の開きがあると読み取れないのだから、俺の倍となればレベル700は超えていることになる。
「それに自分の住んでいたところが、どんな風に開発されるかって気になるものだろう?」
「ここから出ていくあんた達には関係のないことよ」
「まぁ俺はここに住んで間もないんだがな、子供たちはここでの生活も長い。愛着だってあるものだろう?」
そう言って、物陰に隠れて様子を伺う子供たちの方を見やった。みんなで固まって震えながらこちらを見ているようだった。
しかし、子供たちを見た瞬間、お嬢様に明らかに動揺が走った。冷たい目線は崩れ、頼りなさげに、震える子犬を見るかのように子供たちを不安そうに見やる。
「な、何で子供たちまでいるのよ、しかもゾロゾロと……」
「ああ、俺たちが世話してるんだ。10人いる。こうも大所帯だとなかなか引越し先も見つからなくてな」
「こ、孤児院は何をしているのよ。何でこんな小さな子たちがスラムで暮らさなくちゃいけないの!」
「どの孤児院もいっぱいなんだ。この都市は冒険者とそれを相手取った商売で成り立っている。ケガをして身を崩す者、事業に失敗する者は大勢いる。だから、孤児だって後を絶たないんだ」
スラムの成り立ちについて、俺が現地で実感しつつ勉強したことを伝えた。日本暮らしだとスラムって馴染みがないし、しっくり来ないから調べたんだ。
つまりは格差社会なんだよな。冒険都市はチャンスがある分、その波に乗れない者だって多い。ハイリスク・ハイリターンの社会だ。そして無力な子供は犠牲者になりやすい。
「そんな話、酷いじゃない……」
「ああ、だから俺たちも微力ながら手助けをしているんだが、立ち退き命令に力及ばず、こうして立ち往生しているんだ。どうか鉱山ギルド様のご厚情をいただけないだろうか?」とまくし立てて見やると、金髪パーマのお嬢さんは
「ちょ、ちょっとこんな子たちに電撃制裁なんてできるわけないじゃない。わたくし、どうすればいいのよ……」と自問自答をし始め、目に見えてオドオドとしだした。
うーん、この鉱山ギルドの
ここは久々に社会人の交渉スキルを発揮するべき場か。攻めの交渉に転じてみるとしよう。
「だからこの地区の片隅でいい。この子たちと、いやさらに多くの子たちが救われるように、俺たちに孤児院を建てさせてくれないだろうか?」
最初に吹っ掛けた要求をしてみるのは、交渉の常道である。広く土地を確保するべく、壮大なプランを展開してみる。
「孤児院を! わたくしの地区に!?」
お嬢様は過敏に反応する。果たしてこの反応はOKなのだろうか。
「ああ。孤児院を立てれば慈悲深き鉱山ギルドの評判は急上昇するし、お嬢様も子供たちに慕われるだろう」
「わたくしが! なんと子供たちに慕われると!」
なんか食いついているな。随分と魅力的に感じているらしい。鉱山ギルドの評判でなく、子供たちに慕われる方に反応しているあたり、お嬢様の個人的な執着を感じる。
「ああ、孤児院にはお嬢様の素晴らしき志により創設されたと碑文を設置しよう。お嬢様のような立派な
「素敵……素敵だわ……」
今度はうっとりしだしたぞ。
「しかし急な予定変更となると、計画の調整も必要だろう。
ここはこの案を持ち帰られて、鉱山ギルドの了解を取り付けてみないか。この事業の責任は、
「……………」
ハッと我に返ったようになり、お嬢様は考え込む。そして、俺を値踏みするように見てから、両手で杖を地に降ろして気持ちを切り替えるようにして咳払いをした。
「……いいわ。明日正午明けに鉱山ギルド本部に来なさい。そのときにはこの鉱山ギルド長の娘であるわたくしルシェンが、あなたに最高の孤児院の建設を命じることでしょう」
「「お、お嬢様!??」」
突然の決定に鎧騎士たちが騒然となる。
「わたくしは冷静よ。孤児院の建設は決して悪い案ではないわ。この男の言葉はきっかけに過ぎないの。ずっと前から恵まれない子供の受け入れ先の用意はすべきと思っていたところよ。この発案がわたくしの気の迷いに過ぎないのなら、父が一蹴してくれるでしょう。仮にあなたに任せるにしても、決して甘い提案にはならないことを肝に銘じなさい」
「ははっ! 任せられるのなら、いかな条件でも
「ええ、そうして頂戴。今日の話はここまでよ、だから速やかに立ち去りなさい。ああ、子供たちの忘れ物はないかしら。それまでは待ってあげるから、すぐに支度なさい」
「既に身支度はできてるが、すぐに去れとはどういうことだ?」
「わたくしが今からここですることを分かっているはずよ。子供たちには、見せたくないものもあるのよ」
ルシェンは目つきを鋭くして、杖をかざした。
ああ、そうか。『立ち退き命令』の文書には魔法でここを更地にするとあった。確かにその言葉通りのことを行うと言うのなら、あまりに破壊的で子供たちには見せられない光景だろう。
「分かった。すぐに去ろう。じゃあまた明日」と伝え、俺たちはそそくさとスラムを後にしたのだった。
今日は野宿やむなしだろうと、都市の端を目指していると、スラムの方角から遠雷が鳴り響いた。雷の嵐が降り注いでいるのが、遠目にも見て取れた。
あれをあの電撃令嬢ルシェンが引き起こしているのだろう。とんでもない天変地異である。俺とはレベルの桁が違うのだろう。雷を怖がる子供たちを慰めながら、街の外へと急ぐこととした。
城壁の外にて、スラムの住居をカードからドンドンと展開して、元の通りに並べていく。
いつもとは全く違う今日に怯え気味だった子供たちも、普段の住み処が見る見るうちに再現されていくのを見て、少し落ち着いたようだった。
カードから魔物食材を取り出して、今夜はせめて良い料理を奮発しようと、支度に取り掛かった。
ハイオーク肉のステーキをメインに、野外での夕食の席が始まる。
いつもと同じ家からでも、窓から見える風景が違えばキャンプ気分さながらで、子供たちも段々とはしゃぎ出していた。
「交渉、お疲れ様だったね。いやーマサオミにこんな特技があったなんて恐れ入ったよ」
「あることないこと話したら、たまたま相手が乗ってくれただけだ。何でうまくいったのか、俺にも分からん」
いや本当になぜうまくいったか分からないのだ。子供を見せたらルシェンが勝手に動揺して、そこを攻めたら受け入れてくれた、としか言えない。
ルシェンになぜ子供の話題が響いたのかも、どれほどの権限を持ってるのかも、今のところは全然分からない。
「でもすごい。私あんなに話せない」
「ああ、今日のはお前の成果だ。商売人でもやったほうがいいんじゃないか?」
「いやいやいや、まぁ冒険者に行き詰ったら商売も考えるが、しばらくは冒険者稼業をやってみるつもりだ」
「たくさん便利スキル持ってるのに」とリッテがジト目でこちらを見る。
「好きで便利人間やってるわけじゃねーよ」
「そうなの!?」となぜかリッテはずいぶんとビックリしている。
「……お前、俺が狙って生活便利スキルを網羅してると思ってたのか?」
コクコクとリッテは頷いた。その様子を見て、チユキは吹き出している。
「マサオミは本当は戦闘で活躍したいと思ってるんだよ。だからうん、気が向いたら応援したげてね」とチユキは励ましつつ冷やかしている。
「ほぅ、マサオミはそうだったのか……。なら剣の稽古はいつでも私がつけるぞ!」
「いやいや剣を使う気はない。近接戦闘はそのー、怖い」
現代感覚が抜けない者としては、まだ剣を振るってギリギリの命のやり取りをするのは抵抗感を拭えない。
「ははっ、体力と根気はあるのに勿体無いな。いつでもその気になったら言ってくれ」
ラドナの体育会系なノリに苦笑いで返しつつ、変な会話の流れを切り替える。
「まぁ俺が勢いで孤児院を建設するって話をしちゃったから、もしこの話が通ったとしたら、明日から忙しくなるぞ。特にチユキは覚悟するんだな」
「あたし?」とピンと来てないようだ。
「チユキは『ブリック』でレンガを造れるだろ。いざ俺たちが孤児院を建てるとなれば、経費節減のためにはチユキの生活魔法に頼るしかない。計画はまぁ俺がやることになるだろうが、実作業となれば頼んだぞ」
「う、うん。あたしがみんなのために何かできるなら頑張るよ」
チユキはいまいちイメージできていないようだったが、俺は設計図を思い浮かべないといけない。明日鉱山ギルドに赴いたら、ハッタリ半分でも魅力的な案を提示しないといけない。
今夜は考えるべきことが多い。眠りの浅い夜になりそうだ。
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