第36話 このカードが秘める可能性

 そしてワイバーンの口腔こうくうに収束した魔力は炎熱を帯びていく。

 ミノケンタウロスで逃げ続ける俺たちを全滅させるべくワイバーンが選択した攻撃手段。竜種が誇る中距離範囲攻撃、ブレス。

 それが今放たれる。補足できるのはこのタイミングしかなかった。炎が広がる前の、この目で捉えられる最初で最後の一瞬。


「納まれ!!」


 カードをかざして命じた。放たれようとしたブレスの源に向けて。

 

───────────────

〔ワイバーンのファイアーブレス〕

[マジックカード]

─────────────── 


 白紙のカードに、俺たちの力を遥かに超える脅威が納まった。

 カードにモンスター、アイテムと種類があるなら、マジックもあるとは思っていた。パーティに攻撃魔法の使い手がいなかったから試すこともできなかったが、まさかこんな生きるか死ぬかのぶっつけ本番でカードの未知の可能性に賭けることになるとは思わなかった。


「すごい! ブレスを防げた!!」


 チユキが声を明るくする。

 だがワイバーンは健在だ。ブレスが不発に終わっても、それだけが攻撃手段ではない。念のためカードを構えていたが、今度は翼を横に払い、風を巻き起こしてきた。

 風は目に見えず視認できるものではない。カードには納められない。風圧に吹き飛ばされ、俺たちはミノケンから転がり落ちることとなった。

 そして、地に立つワイバーンと向き合うこととなる。

 

 ワイバーンは俺に体勢を向けていた。俺がブレスを防いだのだ、当然だろう。警戒ヘイトを集めるに決まっている。俺目掛けて飛び込んでくる。


「危ない!」


 そこにリッテが小盾を構えて割り込む。爪の一撃が盾を破壊し、その余波でリッテは敢え無く俺を巻き込んで吹き飛ばされる。俺をクッションにする形で、地面はその威力にえぐられた。


「ぐ……あ……!」


 その衝撃に息が詰まる。盾を破壊されたのなら、もうこれ以上同じように攻撃を防げない。

 

「『アース・ヒール』!」


 チユキの回復魔法で、くらんだ視界がやっと元に戻り、ワイバーンを見据えた。そこにラドナが斬りかかっている。


「おおおおッ!!」


 俺に攻撃を向けて生まれた隙に、炎豪剣が大上段より繰り出される。その一撃にワイバーンは爪で応じ、難なく弾き返すのだった。ラドナは宙に飛ばされ地に強く打ち付けられる。俺たちの最強の攻撃要員のラドナの一撃すらワイバーンにかすり傷一つ与えられない。


 残された手札はもう一つしかなかった。

 風に乗せてカードを投げつけて返す刀をお見舞いする。

 

「『ファイアー・ブレス』!!」


 かつて放ったブレスがワイバーン自身に牙を剥く。マジックカードが展開され、ワイバーンはその身を炎に包まれる。役目を果たしたカードは白紙になり手元に戻った。

 炎を振り払うようにワイバーンは身を捻り、空へと飛び立った。そして旋回して鎮火を終え、再び舞い戻った。

 元より俺たちを焼くために生成されたブレスである。ワイバーン自身を焼くほどの威力は込められていなかった。表皮が少し焦げた程度で、ワイバーンは引き続き俺への爪攻撃のために再び跳躍する。

 ラドナの剣も通じず、リッテの毒がまわるだけの時間も稼げず、俺のカードも有効な手持ちがない。もう打てる手は残されていなかった。

 だからもう祈るように白紙のカードを前に掲げて、この状況よ「納まれ」と念じるしかなかったのだ。


 結果、俺は生き延びていた。ワイバーンは爪攻撃を繰り出す前の位置に戻り、何が起こったのかと首を動かし爪と翼を確認している。

 ふと手元のカードを確認すれば――。

───────────────

〔ワイバーン・クロー〕

[アタックカード]

─────────────── 

 攻撃そのものがカードに納められていた。

 必殺技カードやアクションカードとでも分類すれば良いのだろうか。確かに攻撃したという行為自体は視認できる。それすらカードに納めることが可能だったのだ。


「今の……ワイバーンの攻撃をカードに吸収したの……?」とチユキが目を丸くしている。


 とんでもない防御手段を見出した。これが次の生命線だ。また白紙のカードを顕現して、目の前に鉄壁の盾として掲げる。

 今起こった事実を確認するかのように、ワイバーンが爪攻撃を繰り返す。

 そして同様に「納まれ」と、その攻撃をカードに留めたのだった。

───────────────

〔ワイバーン・クロー〕

[アタックカード]

───────────────

 

 こうも防がれると、ワイバーンも攻撃を躊躇ちゅうちょする。

 その間に白紙のカードを手持ちに増やし、次の状況に備えた。

 そもそもこのアタックカードは攻撃に使えるのだろうか。今しがた手に入れたカードをワイバーンに投げつけてみたが、ワイバーンはすぐさま大きな動作で横跳びして退避した。さすがに明らかに警戒されている。アタックカードがその場で攻撃を再現するものだったとしても、これでは命中しない。

 しかし、幾分かワイバーンの動きは鈍って来ている。リッテの毒が効いてきたのか。こちらの有効打はないものの、相手の攻め手は封じられている。

 今のうちに逃げれば相手も深追いしてこないかもしれない。複数枚の白紙のカードを目の前に掲げて牽制しながら後ずさりをする。ミノケンにまたがろうとしたところで、ワイバーンが動きを見せた。

 どんな意図の動きかととらえて、カードに納めなければ。


 ワイバーンは爪で地面をえぐり、土砂を飛ばしてきた。これならば納められる。

───────────────

〔クレイショット〕

[アタックカード]

───────────────


 それを納めたかと思いきや、後ろには巻き起こされた暴風が控えていた。

 まずいと思いつつ「納まれ」と命じるが、その勢いは殺せない。

 再び俺たちは強く吹き飛ばされてしまうのだった。

 

 風圧は不可視の現象だ。目で確認できない現象はカードに捉えられない。風を起こそうとする動作の段階で無効化すればいいのか。いや、その段階では相手の攻撃の動作が確定していない。爪攻撃とも土砂攻撃とも風攻撃とも分化していない。つまりフェイントを織り交ぜつつ、既に発生した不可視の風攻撃を控えさせたのなら、もうカードに攻撃を納めることはできない。

 [アタックカード]による防御が攻略されてしまった。今の二段攻撃を繰り返して、風圧で俺たちを地面に叩きつけ続ければダメージを稼がれるだろう。


「『アース・ヒール』!」


 しかし、この程度の擦り傷と裂傷ならば、チユキの回復が追いつく。

 チユキのMP切れが先か、ワイバーンに毒が回りきるのが先か。

 カードを構えたまま、ワイバーンとにらみ合う。

 

 ワイバーンが飛び立ち攻撃が来るかとカードと共に身構えると、ワイバーンはそのまま上空に飛び去って行った。

 何度も攻撃を防がれ、まわる毒を考慮して、ワイバーンは撤退を選んだのだろう。 

 

 やっと去った脅威に、俺はその場にへたり込んだ。


「な、何とか耐えきった……」


 ギリギリどころではなく死ぬところだった。カードの秘められた性能が発揮されてなければ、ブレスで死に、爪に切り裂かれ、2度3度死んでいたことは間違いない。

 もう絶対にワイバーンとは戦いたくない。心の底からそう思った。

 

 俺の元にみんなが駆け寄ってくる。

 

「お前すごいじゃないか! あのワイバーンの攻撃を防ぐなんて!」とラドナはバンバンと俺の背中を叩く。

「たまたまカードがうまく効果を発揮してくれたお陰だ。次も無事でやれる気はしない……」と気の無い返事をする。


「良かった、無事で良かった……」とリッテは安堵して涙ぐんでいた。


「マサオミ、ありがとう……」とチユキは俺の手を握って微笑みかけるのだった。


 守れて良かった。

 みんなが無事な姿を見て、心からそう思った。

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