第23話 従魔の新たなる可能性

 街の外の城壁の陰にて、従魔の契約を試すこととした。草原の真ん中では危険すぎるし、かといって街中でやるわけにもいかないからだ。

 チユキの目の前にカードから〔昏倒こんとうしたケンタウロス〕を出現させる。

 気を失っている今がチャンスである。従魔の契約を結ぼうとしている間は、術者が無防備になる。そのため身動きできないように拘束するなり、意識を失わせるなりの必要がある。


 チユキがケンタウロスに手を当て、目を閉じて魔力を注ぎ込む。

 従魔契約とは術者とモンスターが魔力により繋がることである。その最初の手順として、術者の魔力をモンスターに馴染ませる必要がある。魔力を注ぎ込むことで、モンスター自身の持つ魔力の波長が感じ取れる。その中の敵対的な魔力反応を中和していくことで、チユキの魔力がケンタウロスに浸透しやすいようになっていく。

 ……とまぁ根気、集中力、時間が必要な作業である。雑談に興じてチユキの集中を乱すわけにもいかず、かといってこの場を外して万一チユキが丸腰で襲われても危ない。基本的に俺たちは待ちぼうけにならざるを得ない。

 何も知らないわけにもいかないので、チユキの借りていた本を読んで、俺も従魔について先ほどの契約の手順を初めとして一通りの知識は得ていた。上記の契約が終われば、今度は従魔に対して常に魔力供給が必要になるとのことだ。モンスターは本来は大気中の瘴気からその圧倒的なパワーを維持するための魔力を得ている。その代償として理性の一端を手放し凶暴化して見境無く他種族を襲っている。この魔力獲得を術者の魔力により代替することで、狂化を押さえ込みつつ術者に従わせるのだ。つまり、従魔契約をすることで、術者は一定魔力を従魔に注ぎ続けることになる。だから、本人の魔力量を超えた契約をしてはいけない。術者が魔力が無くなって倒れるどころか、モンスターまで解き放ってしまうからだ。

 今のチユキが契約できるのは、Eランクモンスターなら基本的に1体が限度だ。2体結ぶこともできるのだが、それだと魔力が空になるような計算になる。維持はかろうじてできなくもないが、それ以外の魔法を行使できなくなってしまう。


「ふぅ……、うまく契約したよ」とチユキが目を開き、ケンタウロスの毛並みを撫でた。既に『アース・ヒール』をかけたようで、傷も癒えている。安らかに寝息を立てていた。


「起こして連れ帰ろうか」とチユキが言うのだが、スラムに従魔を持ち込むスペースはかなりギリギリな気がする。

 俺たちが押しかけて既に手狭なところを、さらにケンタウロスまで居座ってはご近所様にも迷惑だ。あそこは住居が密集しているし、モンスターは目立ってしまう。スラムなら従魔ということを分からない住人もいるかもしれない。騒ぎは避けたいところだが……。


 仕舞えないものかと思い立ったところで、カードを試してみることとした。

「お入りください」とケンタウロスにカードを向けて念じれば、そのままするりと納まったのである。

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〔安らかに眠るケンタウロス〕

[モンスターカード/従魔]

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「お、納まっちゃった……」とチユキは口に手を当てて驚く。ものは試しと思ってやった俺も驚いている。


「なぁ、魔力の供給ってどうなってる? 今は取られている感じがするか?」


「ううん、今はしないかな。 ええ!? ってことは……」


 草原でモンスターをカードに納めたときは、その条件を『弱らせること』と推定していた。しかし、今のケンタウロスはチユキの回復を受けて弱ってはいない。となると、条件は別になる。恐らくは『敵意が弱まっていること』が条件といったところか。

 そうすれば、従魔は基本的にカードに納め放題ということになる。さらにカードの中はこれまで散々獲物やら食糧を保存してきたとおり、時間の停まった亜空間のようなところだ。つまり従魔の最大の欠点である燃費も克服できることになる。


 ここまでの推論をパーティに共有しつつ、「じゃあもう一体契約しとくか」とうっかりカードに納めてしまった最初のモンスターカードを取り出した。

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〔瀕死のミノタウロス〕

[モンスターカード]

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 引き続き従魔契約を取り交わして傷を癒したところで、今度はチユキが何かに気付いたように俺に話しかける。


「ねえ、従魔が【カード使い】の効果を受けるんなら、【ミックス】も使えるんじゃない?」


 ……マジか。そっちもいけちゃうのか。

 モンスター合体ってやつか。モンスターバトル系のゲームならロマンではあるが、そこまでできちゃうのか。確かに『魔物図鑑:草原編』には、まさしくケンタウロスとミノタウロスが合わさったDランクモンスターであるミノケンタウロスの記載もあったが……。


「『ミックス』!」


 眠るケンタウロスとミノタウロスが宙に浮き、激しく回転していく。これは【ミックス】が成功したときの反応である。

 そして、回転が納まったときには、2つの存在は1つとなり、ミノケンタウロスが目の前に現れたのだった。自分の力が増したことを実感したのか、ミノケンタウロス(以下長いのでミノケンと呼称したい)はマッスルポーズにより筋肉を誇示しながら、飛んだり跳ねたりをしている。嬉しそうだが暑苦しいので、カードへと納まり願った。

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〔張り切るミノケンタウロス〕

[モンスターカード/従魔/ミックス]

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 従魔は自分たちと同格かそれ以下のモンスターしか仲間にできない。契約のために弱らせる必要があるからだ。

 しかし、俺たちにとってDランクモンスターとは間違いなく格上のモンスターである。

 ケンタウロスを従魔にしての戦力、移動力アップは想定していた。だが、ミノケンタウロスまで仲間になるとなれば破格である。しかも、使役が必要なときだけカードから出現させれば良いのだから、まだ複数体を従魔とすることが可能なはずだ。

 従魔は【カード使い】、そして【ミックス】と相性抜群のスキルだった。

 

 従魔の新たなる可能性は、俺たちの狩りをさらに効率化した。

 ミノケン2体態勢により1体に2人ずつ乗って狩場に迅速に移動する。そして狩場では、俺たちと別働隊として、Dランクモンスターのミノケン2体がEランクモンスターたちを一方的に仕留めていく。

 結果、狩りの稼ぎはさらに向上し、生活費を差し引いても日当50万ゴルという破格の稼ぎが実現したのだった。


 しばらく今まで通りの生活を送りつつ、継続的にワンランク上の稼ぎが実現できることを確認し、次の目標やら生活指針を立てようかと考え始めていた。

 ここまで稼げるならスラムからの移住をしてもいいだろう。しかし、スラム生活にも慣れたし、敢えて移住しなくても住めば都、いやDIYと生活魔法で都の感はある。もっと食費をかけてさらなるレベルアップを目指すのもアリだろう。

 晩御飯の席で次なる展望の相談をしようとしたときに、リッテが神妙な面持ちで切り出したのだった。

 

「ラドナの右腕を治すため、貯金しよう」

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