第24話 奇跡の対価
「右腕を治す……か。いいんじゃないか」
今後の展望について考えていたが、その発想はなかった。それはラドナの不自由を度外視していたわけではなく、動かせず垂れさがるだけとなった右腕を完治するということがそもそも現代常識からして選択肢の外にあったからだ。
ラドナの右腕の状態は神経が切れていて、かろうじて腐食しない程度に血は通っているというところか。治癒魔法という奇跡のある異世界ならば、完治も可能になるのか。
「治せるなら真っ先に治そうよ! あたしも賛成だよ!」
チユキも前のめりに乗り気であった。
「おいおいお前たち、気持ちは嬉しいが、私ばかりが得して……。いや、お前たちがそうしたいのなら有り難い。他ならぬ自分のためなら、私ももちろん尽力しよう」
ラドナは遠慮しようとしつつも、リッテとチユキの強い目線にたじろいで、甘んじて受けることとしたようだ。あいつらはああなると、一歩も引かないからな……。
「で、必要な額っていうのは、いくらなんだ?」
リッテに問いかけると、難しそうな顔で口を開いた。
「1億ゴル」
「い、1億……」「1億って……」と俺とチユキの驚きの声が重なる。
「1億となると、今なら毎日50万ゴルは積み上げられるとすれば……」
1億÷50万。単位がデカすぎて計算がピンと来ない。ゼロを一つ消せば、1千万÷5万、1,000÷5、「つまりは200日分の稼ぎってところか」とつぶやくと、リッテは「よく計算できる……」と感嘆しながら、「うん、今の私たちなら貯められる」と改めて確認しているようだった。
「私たちが狩って200日分か。しかし、休みなく毎日は稼げないだろう。それに雨季や冬だってある。およそ1年は貯蓄に励む必要があると見込むべきところか」
冒険者歴の長いラドナが補足する。
「1年か……」
何となく改めて考える。この異世界に来て1ヵ月が経とうとしていた。
生前の現代での社会人に慣れてからの1年は、あっという間の感覚もあった。カードゲーマー的には新シリーズパックの発売を待って、デッキの
うーむ、普通の感覚で言うなら、ひと月の仕事の流れとか、1学期分の学校行事とテストに追われていれば、1年なんて走り回っているうちに過ぎると言えばいいのだろうか。
しかしまぁ何もかも新鮮なこの異世界で1年も足踏みというのも長いなぁと感じてしまう。実際にこの1ヵ月というのはやること成すこと新しい要素がありすぎて、1日1日を細かく思い出せるくらいだ。
「早く治せるならもっと早く治したいところだけど……。あ!」
チユキが閃いたように驚きの声をあげる。
「あたし治せる人知ってるかもしれない!!」と俺に目配せをする。
異世界に来て間もない俺とチユキが知っている、最高峰の治癒魔法の使い手といえば……。
「あ」と俺にも思い当たって間抜けな声が出る。異世界に来て一番最初に会っているじゃないか。この都市の
「トワルデさんか!」
あの人なら絶対に治せるだろう。というか、あの人が治癒できなかったら誰が治癒するんだという話になる。
もしかすればその場で治癒してくれるかもしれない。そうでなくても、何らかの事情は知っていて、治療費について幾分か融通してくれることもあり得るだろう。
期待に胸を膨らませつつ、トワルデさんに面会を申し込むこととなった。
「ふふ、少し見ない間に
社長室スタイルの施設長執務室にて、俺達パーティ4人はトワルデさんと面会していた。
時折チユキが手紙で報告しているので、トワルデさんは俺達の近況について把握している。なので雑談もそこそこにしながら、早速ラドナの右腕の治癒という本題を切り出した。
「なるほど……、事情は把握しました。確かに1億ゴルって、本当に酷い金額ですよね」と何ともトワルデさんらしくもなく率直に治癒魔法相場を酷評する。
「そもそも俺は分からないんですが、この治療費の相場ってどういう流れで決まっているんですか?」
トワルデさんに尋ねると、少し考え込むようにしながら語り始めた。
「んー、一応その流れの話は秘密にはなってるんですけどね。まぁマサオミさんとチユキさんなら推測すれば
トワルデさんは謎めいた前置きをする。
「教会が城門の管理、退魔結界の付与作業をしているのはご存じですよね?」
俺たちは頷いた。冒険都市アロンティアを護る強固な城壁。しかし、物理的な防御だけでは飛来するモンスターを防げない。よって、教会が中心となって城壁に魔法を組み込んで、さらにモンスターを遠ざける処理をしているのだとか。
「結界の仕上げは、私がやっているんです。なので、私の魔力はほぼ全て城壁の機能維持に使われています。私の魔力は、もはや大半が私だけのものではないのです。今日の私の魔力も、実は空っぽなんですよ」
そこまでは知らなかった。だから、トワルデさんは執務室で大人しくしているのか。そうでもなければ、最強の戦闘要員でもあるし魔物討伐に連日駆り出されそうだしな。
……それにしても、トワルデさんは傑出したその能力のために本当に大変な不自由を強いられているんだな。
「結界の維持の合間を縫って、今現在私が自由に魔力を行使できるのは週に1度のみです。そして、その日は
俺たちがご馳走になったあの料理か。あれをトワルデさんは自らソロでたった1日で1週間分超を調達してやり繰りしているってわけか。Cランクモンスターを1週間分まとめ狩りとは本当にデタラメな強さなのだなぁと、冒険者に片足を突っ込んで改めてトワルデさんの
「さて、あとはその金額を計算してみましょう。私の1食分はおいくらでしょうか」
唐突にトワルデ先生から算数問題が投げかけられる。確かCランクモンスターの魔物料理は1品100万くらいだったか、それがあの日の魔物料理フルコースは6~7品あったはずだから「700万というところですか」と答えた。
「正解です。ではそれを1週間分にしてみてください」
700万を3食で2100万、それを1週間分だと×7で、「1億5千万ってところですか」と答えると、何となく頭を悩ませてきた数字に近くなってきた。
「その通りです、まぁこれはレベルアップ分も上乗せしてますので、本当に最低限レベルを維持するだけとなれば、1億ゴルで足りるといったところでしょう」
そこまで言われて、ここまでの話がやっと結びついた。
「1億ゴルとは、私の1週間分のご飯代なのです。
つまり、部位欠損を含めて完全治癒する『プライム・ヒーリング』を行使できるのは、この都市で私だけです。だからこの1億ゴルは、私が1日狩りをせずに最上級魔法の行使に魔力を充てるために必要な経費のことなのです。
もしもに備えて貯蓄もするようにはしているのですが、何分最近は入り用でして、今は貯蓄も尽きているところなんですよね」
トワルデさんは「すぐにお力になれずに、ごめんなさい」と悩まし気にため息をつくとともに、奇跡の治癒魔法の値段設定にまつわる衝撃的な背景を打ち明けたのだった。
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