第三章 想いもレンガのように積み上がれば

第20話 異世界の夏、進歩する暮らし

 スラムに住み始めて数週間が経った。

 季節は夏だ。異世界でもセミの声が鳴り響いている。


「やああー!!」「いい狙いだ、だが踏み込みが足りない!」と木刀で打ち合う声が聞こえる。最近はラドナが子供らに訓練をつけている。

 最初に来たころはせ細っていた子供たちも、見る見るうちに健康的になってきた。毎晩俺たちと一緒にハイオーク料理を食べているからだろう。というか、さっとステータスを鑑定すると、レベル200を超えている。

 冒険者デビューできそうな強さの子もチラホラいて、というか物理で戦い合ったら俺は絶対に敵わない。良い魔物料理を毎日食べ過ぎたのかもしれない。とはいえ、冒険者になれるのは成年の16歳からだ。それまでは家の手伝いと訓練に励んでもらおう。


 俺たちはといえば、オーク狩りをメインに毎日冒険者ギルドの討伐依頼に励んでいて稼ぎは順調だ。

 毎日森で体を動かして狩りをして、その日の成果をそのまま食べるというのは、何とも健全な暮らしだと思う。目の前の成果をしっかりいただく。漁師にでもなったような気分だ。日々パソコンに向き合って黙々と作業する無機質な現代生活とはえらい違いである。人の体というのは、日光のもとで汗を流して日銭を稼ぐ方が生き生きとするものなのかもしれない。

 今日は狩りは休みにしていて、チユキの新しい魔法について試しているところだ。チユキに【火属性:初級】と【生活魔法:初級】のスキルが発現したので、日頃の炊事の効率が上がったわけだが、さらに新しい魔法の可能性があるという。


「うーん、こんな感じかな」と首を傾げつつも出来上がりを見る。目の前には両手で持つのに手頃なサイズのブロックが出来上がっている。

 【火属性:初級】と【土属性:初級】を組み合わせた【生活魔法:初級】により『ブリック』という魔法が発動できる。これは土を成型して乾燥させて角状のブロック、つまりはレンガを作り出す魔法だ。

 街並みを遠目に見て石造りだと思っていたが、よくよく見れば、この『ブリック』によるレンガの建物が大半であった。即ちチユキは建築資材の生産者として生計を立てられる可能性を得たのだ。

 とはいえ、一朝一夕で完璧にできるほど易しいものでもない。魔法は魔力量と範囲を定めて発動する。同じような形で作ろうと思っても、毎回少しずつレンガの大きさが異なったり、微妙に丸みを帯びたりするのだ。こうなるとうまく積み重ねることができない。


「やっぱり本格的にやるなら、型枠を買わないとダメかなー」とチユキは頭を捻った。

 ブロック型枠に土を入れて発動したのなら、初心者でも綺麗なレンガを作ることができるらしい。

 とはいえ、今はそれほど精度も数も必要ない。

 なぜって、やることはお風呂のリニューアルだからだ。これまでは穴を掘って板張りにしていたのだが、どうにも水漏れしてお湯が減りがちだった。

 レンガを積んでセメントで接着したのなら、もう漏れることはない。やすりで角を削ったのなら昭和レトロっぽい浴槽の出来上がりである。DIY雑誌で読んだ記憶によると、このレンガ&セメントの工法は古くはピラミッドにも通じる建築方法で、古来より用いられてきたらしい。


 こうして日々DIY作業をしながら、少しづつ暮らしは進歩していた。

 生活魔法ありきではあるが、いろいろな設備が揃ってきた。

 最初の日に風呂に使った樽は、今は立派な洗濯槽代わりとなっている。

 皿洗い用に食器立てボックスも作ったので、食洗器さながらに使える。


 そこそこ文明的な生活ができるようになってきたと思っている。

 それにしても暑い。浴槽作りで体を動かしたから、なおさらだ。後はエアコンでも欲しいところなのだが、あってもこのスラムの解放感溢れる造りでは効果が見込めないだろう。

 というわけで、俺の新しいスキルの出番である。

 手のひらを首筋に近づけて、そこから魔法を発現させる。すると冷涼な風が発生して、体を冷やしてくれる。

 【風属性:初級】と【氷属性:初級】と【生活魔法:初級】を組み合わせた『クーラー』という魔法である。

 日々狩りの後にキンキンに冷えたビール一杯を飲みたい!と思い続けた結果、俺に【氷属性:初級】のスキルが芽生えたのだ。スキルの発現には使いたい!と思う気持ちも重要とのことである。あとは水属性の魔法を常に用いていれば、氷属性の魔法スキルが派生しやすいらしい。

 結果、暑がりの俺は何とか異世界の夏をやり過ごせている。

 それにしても風と水を出せて、ものも冷やせるとなると、自分の体が家電になったかのようだ。便利な家電人間、マサオミ1号である。まさに<ハウスキーパー>のジョブの名そのままの役目を果たしながら、【攻撃魔法:初級】の発現はまだか!と自らのステータスを恨みがましく確認するのだった。

 良い魔物料理を食しているだけあって、レベル自体は大分上がってきたのだけどなぁ。


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名前:マサオミ=カザハリ

種族:人間 性別:男 年齢:16歳

レベル:308 冒険者ランク:E

ジョブ:<ハウスキーパー>

スキル:【カード使い】、【言語知識:初級】、【鑑定:初級】、【風魔法:初級】、【水魔法:初級】、【氷魔法:初級】、【生活魔法:初級】

パラメータ:体力C 筋力C 防御力D

敏捷E 魔力D 耐魔力E  

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「私も明日から狩りに出ていいか?」


 食卓の席で、ラドナはそう切り出してきた。


「子供達だけでも家を任せられる。腕一本の剣士でもボディガードにはなるはずだ。毎日訓練をつけていて、剣の勘も戻ってきたところなんだ」


 俺たちが来るまでは、家事も山積みで、子供達だけでは防犯上危ないこともあって、ラドナは留守役となっていた。

 しかし、家電人間マサオミダーの稼働もあり、朝夕で家事は十二分に片付く。子供らも駆け出しの冒険者顔負けのステータスを誇るようになってきた。栄養状態の格差によりスラムのゴロツキなど相手にもならない。家を空けてもやっていけるのはその通りだろう。


「いいんじゃないか」と俺が賛同すると、リッテとチユキも頷いた。特にリッテは口元が緩んで微笑んでおり、特別に嬉しそうだ。

 ところで、ラドナのステータスってどんなものなのだろう。


───────────────

名前:ラドナ=ザンタイク

種族:人間 性別:女 年齢:19歳

レベル:508 冒険者ランク:D

ジョブ:<アタッカー>

スキル:【大剣術:中級】、【火魔法:初級】、【支援魔法:初級】、【生活魔法:初級】

パラメータ:体力B 筋力B 防御力D

敏捷D 魔力F 耐魔力F   

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 まずレベルが高い。500とは俺たちより頭一つ飛び抜けている。

 冒険者ランクもDで、最近Fランクから昇格したEランクの俺達よりも格上だ。

 【大剣術:中級】のスキルは輝かしく、体力と筋力が高いまさに戦士!という感じのパラメータである。


「むむ、その目つきはステータスを見ているな! まぁ昔よりはレベルが落ちているが、最近は食生活も充実して力も戻ってきたんだ。活躍を楽しみにしてくれ!」


 ラドナは歯を見せて笑い、左腕を前に出して力を入れて筋肉を見せつけた。その勇ましい様に、明日の狩りが楽しみになった。

 それにしてもレベルって落ちることもあるんだな、高レベルの人だと維持も大変なのだろうか。

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