第19話 毒を食らわば衣食住まで

 風呂から上がって居間に行けば、鍋は出来上がっていた。

 チユキとリッテが器に分けて、子供達がリレーのように手渡しで奥まで配っているところだった。席に付くと、俺にも鍋入りの器が配られた。


「お風呂番お疲れ様」とラドナから木製のスプーンが手渡されたので受け取った。


 見回すと既に食べている子もいたので、一斉に食べ始めるわけでもないのだなと見て、俺も熱いうちに食べることにした。

 ハイオーク肉、もろもろの野菜、スープの色は澄んでいる。ハイオーク肉は一口大のサイコロ状に切られていて、口に放り込んで一噛みするとジワリと脂の旨みが染み出してきて美味い。

 肉汁の余韻をスープの染みた野菜ですっきりさせる。野菜はじっくりと奥歯で噛み締め、苦味の出てきたところを塩味のスープで流し込む。首元を旨味が通過していき、体が内側から温まっていくのを感じた。


「美味いじゃないか」と思わず呟いて辺りを見ると、子供達も「うめー、おかわりー!」「この肉、すげー!」「おつゆ、おいしー」と大絶賛の嵐で、次から次へと要求される追加に、チユキとリッテはわたわたと慌ただしく盛り付けていた。この一杯を食べたら、代わってやるとしよう。 


 チユキと配膳当番を代わってリッテと並びながら「これ誰が味付けしたんだ?」と聞くと、「私」とリッテが答えた。

「この人数だから鍋はよく作る。私、野草ばかり持ち帰るから、苦くならないように味付け頑張ってる」とのこと。日中は狩りをしながら、帰ってからもこうして料理に追われていたのか。それも子供も食べやすいように、味付けを工夫しながらだ。リッテは本当にいろんなことを気遣って頑張っている。


「ハイオーク肉まだまだある。傷まないうちに仕舞わないと」と言われたので、調理スペースに行けば、確かにまだまだ合った。あの鍋、かなり肉が入っていたのだが、こうブロック肉だと量の感覚が分からないな。今回でおよそ5分の1くらい使ったかな。また何度か鍋をできるようにカードに納めておいた。


 4杯くらい食べたところで俺はお腹一杯になった。子供達もみんな食べ終わったようで、鍋を見ればあと数杯分しかないところだった。配膳に忙しかったリッテとチユキが遅れて食べているから、それで片付くことだろう。

 俺は食器を集めて、皿洗いをすることにした。俺の《ドリンク・ウォーター》をラドナに再び《ヒート》してもらって、脂汚れの食器を1枚ずつ《ウォッシュ》した。洗剤が欲しいところだが、お湯洗いでもそこそこ落ちる。食洗器みたいにお皿をセットできる専用の入れ物を作ったのなら、一気に洗えるのかもしれない。乾く前に布で丁寧に拭き取って仕上げとした。


 気付けば夜はたっぷりと暮れていた。子供達も数名が雑魚寝し始めている。もう寝るしかない流れだよな……と思っていると、傍に来ていたチユキと目が合った。肩までの髪が風に揺れている。何かを言い出したそうだが、言いづらそうにしている。

 言いたいことは何となく察しが付くんだけどな。


「宿、もうここに泊めてもらうか。帰り道も覚えていないし、送ってもらうのも悪い。チユキもそれでいいか」と俺から切り出すと、チユキは安心したように頷きながら話し出した。


「うん、あたしもそうしようと思ってた。ここまで一緒に何でもしたら、今更帰るのも水臭いよね」と優しげに微笑んだ。その柔らかな表情に不意に見惚れそうになって、そんな自分の心の揺れに少し驚いてしまった。

 

「マサオミ、随分頑張って手伝ってたね。なんだか一家のお父さんみたいだったよ」と冗談めかして言われる。


「単に手が空いてたから手伝っただけだ。ここじゃあ酒も娯楽もないしな」


「なーんだ、世話好きなのかと思った」と言われたので、「世話は別に好きでも嫌いでもないさ」とそのまま答えた。


「嫌いでもないんならさ……」とチユキは少し続きをためらいながら、「このスラムで一緒に子供達のお世話をしようよ」と打ち明けたのだった。


 きっとそう提案してくるだろうと思っていた。

 衛生に気を使うだろうリアル女子高生らしくもなくスラムに抵抗感を示さないし、リッテと出会った最初からずっと感情移入していたし、ここでも率先して何でも手伝っていた。俺はリッテは何から何まで大変だなぁと暇潰しがてら手を動かしていたが、きっとチユキは本当に親身にリッテの力になってあげたいと思っていたんだろう。


「いいんじゃないか」と賛同することにした。

 仮に嫌だと言ったところで、チユキはずっと手伝いたがるだろう。チユキは例え大変な生活になるにしても、自分が大切に思う人のためにできる限り手を尽くしたい性分なのだろう。だったら気の済むまで働き明かせばいい。それが貧しい家族のために身を粉にして働いてきた、チユキのやってきた生き方なのだから。


「うん、そうしよう。マサオミ、ありがとう!」とチユキは飛び切りの笑顔で答えた。

 これからお世話に忙殺される日々に飛び込んでいくというのに本当に嬉しそうな笑顔で、そういう風に誰かのために精一杯生きられるチユキの瑞々みずみずしさが、ずっと失われなければいいなと思った。


 俺たちの生活方針が決まって、リッテとラドナに打ち明けたら、もちろん酷く驚かれた。そりゃあ自ら進んでスラムに暮らそうとする奴なんて珍しいに決まっているし、スラム暮らしに生活水準を合わせてもらうとなれば気が引けるだろう。

 しかし、俺の同意を得たチユキは力強く、「あたしがリッテを助けたいんだからいいの!」と押し通るのだった。こうなればチユキは引かないと、誰がどう見ても分かる様子だったので、リッテとラドナも受け入れることとなった。

 こうして俺たちの最初の生活拠点は、リッテのスラムになったのだった。


「リッテ、よろしくね」とチユキが微笑み、「チユキ、ありがとうありがとう」とリッテが泣きじゃくり、「良かったなあ良かったなあ」とラドナがチユキとリッテの背中をバンバンと交互に叩く。

 俺は女性3人の輪に入るわけにもいかず、カードを取り出して、いい光景だな、と思いながら、何となくシャッターを切るようにして、カードをフレームに見立てて3人を納めた。

 するとカードは薄ぼんやりと光って、反応を示した。

 光が収まったそのカードを見ると、そこにはカメラのように今の映像が刻まれていた。


───────────────

〔スラムの子供達を守る苦労人シスターズ〕

[メモリアルカード]

───────────────


 このカードはこんなものまで納められるのか。気の利いた機能もあるな、と少し笑みがこぼれた。それにしたってもっと良いカード名はないものだろうかと思うが、俺の思っていることが反映されているのだろう。俺の枯れた感性ではこんな綺麗な光景にも、シュールなタイトルしか刻めないのだった。

 こんなものを残してしまったとは照れ臭くて見せられたものではない。なくさないようにポケットの奥に仕舞いながら、明日からどうやってこの生活拠点を住み良くしていこうかなと、床屋の順番待ちに読んでいたDIY雑誌の内容を俺は思い返し始めたのだった。

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