第16話 ギルドマスターのアルナフ

「さて、お前たちのことはトワルデから聞いている。『私が手ほどきした子たちが冒険者ギルドの方でちょっとお騒がせするかもしれませんので、そのときはお願いします』とか言っていたな。 

 『稀人まれびと』だそうだな。確かによほど常識をすっ飛ばしていると見える。ひとまずお前たちの今日の戦果について、どれくらい常識から外れているかを私が直々に教えるとしよう」


 町の有力者同士のホットラインでもあるのだろうか、トワルデさんから連絡が入っていたらしい。

 ギルドマスターは眼鏡の奥に切れ長の瞳を光らせて最初から説教ムードの感もあるが、この世界の常識を教えてくれるのは大変ありがたい。「ご教授いただきありがとうございます」とその話に聞き入ろう。


「アンル、まずは一般的な冒険者の例として、昨日までのリッテの冒険者リストを読みあげろ」


「は、はいぃ」とアンルさんは最強上司に若干怯えつつ読み上げた。内容はこの通りだ。


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リッテ=チェロータ レベル:209

冒険者ランク:E 冒険者歴:1年

 状態異常攻撃と気配感知・遮断に優れる短剣・小盾主体の<ディフェンダー>。パーティを組まずにソロで採集の依頼を中心にこなす。

 1日あたりの稼ぎは金額換算で1万ゴル。 

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 ほぼ俺たちの知っている情報通りだろう。冒険者歴1年というのは初耳だ。この世界の貨幣単位は『ゴル』といい、魔物料理を除いてはおおよそ日本円に近い単位で貨幣経済が成り立っているらしい。


「ソロを強いられていた故に、多少低めではあるが一般的な稼ぎといっていい。街の宿の料金は安い場所なら6,000ゴルからだ。仮にスラム住まいでなく冒険者には一般的な宿暮らしであったとしても、贅沢をしなければやっていける稼ぎだろう」


 なるほど。それくらい稼げればいいのか、と物干し竿にぶら下がり血抜きされているオークを見ながら考える。

 こいつは一体どれくらいのお値段なのだろうか。


「今日の稼ぎがいくらか気になるようだな。アンルから成果を聴いて、おおよその検討はつけている。15万ゴルといったところだろう」


 俺たちはそう言われても多分多いんだろうなくらいにしかピンと来ないが、リッテは目を見開き「15万……ゴル!!」と言葉少なにしっかりと驚いている。


「大物はオーク2体、こいつらが1体5万ゴル。あとはそれぞれ5,000ゴル前後でそれが10体だから、およそ15万ゴルだ。お前達一人ずつで換算すれば平均5万ゴルといったところか。

 この稼ぎはFランクはもちろん、Eランク冒険者の平均的な稼ぎを逸脱している。そうだな、Dランク冒険者の稼ぎに匹敵していると言える。

 それを可能にしているのが、このカードの常識外れな収納力だ」

 

 ビシッと俺のカードが指差される。まるで裁判の検察官のような有無を言わせないプレッシャーが放たれている。


「冒険者界隈にはマジックバッグというものが流通している。見た目以上の容量を有する便利な収納アイテムだ。冒険者たちが狩ったモンスターを持ち帰るために必要不可欠なアイテムだ。

 Eランク、Dランクの冒険者はマジックバッグの購入を目標としている者も多い。あるいはマジックバッグを所有しているというだけで、パーティに誘われることすらある。所持が稼ぎに直結するだけあって需要もあり、供給が追いついていない。素材にCランクモンスターの毛皮が必要だから量産もできない。Eランクの冒険者が1年以上必死に貯蓄してようやく購入できるレアアイテムだ。

 そのカードがオークを収納できるのならば、マジックバッグと同等かそれ以上の収納力があるということだ。それを手にあふれんばかりに所有するなどとは……。贅沢にも程があろう!

 マサオミ! お前は冒険者の荷物持ちをするだけでも生計を立てられるぞ! 荷物持ちのためだけに従魔を使役する冒険者も多いのだぞ!」


「そ、そうなのか」と驚きつつ、複雑な心境だ。すごい荷物持ちだ!と言われているのは、誉められているのか。自分はあたかもカードのおまけで、カードを持ってるから有用な人に成り下がった感もある。

 とはいえ、今日はオーク討伐は例外にしても、基本は安全圏からカードを投げては、狩った獲物を回収していただけだ。振り返ってみれば、俺の主な役割は荷物持ちだった。それをズバリ指摘されただけのことで、なるほど天狗になる前に早いうちに自覚できて良かったのかも知れない。……荷物持ち以外の役割も模索したいところではあるが。


「かくなるうえは、マサオミ! 次回からお前が納品するときは、ギルド裏手の職員通用口から入ってベルを鳴らせ! さもなくば、お前の力に目をつけた欲深い冒険者に足を切断されて、カードを出すだけの道具とされかねんぞ!」


「ご、ご忠告とご配慮ありがとうございます!」


 語調は荒々しいが、言っている内容は大変有り難い。特別対応に感謝したい。 


「さて、一番注意したかったことは終わった。最初からオークを狙うなんぞ命知らずが!などとも言いたいところだが、私も忙しい。アンル、後のことはお前に任せるぞ」


 ローブをひるがえし、嵐のようなギルドマスターは話を切り上げた。


「待って下さい!」とそこに声を掛けたのは、チユキだった。


 アルナフは不可思議なものを見るように振り替える。

 

「お前も『稀人』だったな。マサオミは既に要注意人物リストに掲載されたが、お前の能力も油断ならん。

 【ミックス】のスキルとやらで、今できそうなことはあるか?」


「は、はい。それが知りたくて聞きたいのですが、オークって上位種はいますか?」


「……いるな。すぐ上ならハイオーク、さらに上ならオークキングといったところか」


「ハイオークはどんなモンスター?」


「モンスターランクD。オークより一回り大きく、さらに筋力が発達している。黒の体色が特徴だ」


「――分かりました。やってみます!」


 チユキは血抜きが終わり、すっかり食肉となったオークに手をかざす。そして、真剣な面持ちで「『ミックス』!」と唱えた。

 するとオーク肉が不可思議な光を放ち、チユキのスキル発動に呼応して回転し出す。

 回転が終わったときには、ピンク色だったオーク肉は黒色へと変化し、その大きさは3分の1くらいになっていた。


「こ……これはハイオークの肉!? そうか、これが【ミックス】の力か……。お前達は加速度的にレベルアップできるのかもしれないな」


「レベルアップ?」と言われてもピンと来ない。アルナフは勝手に考察を進めて、納得しているようだが……。


「魔物料理によるレベルアップには限界がある。それは一食ごとに食べられる量だ。だから限られた食事の機会に、できるだけ高ランクの魔物料理を食すことが望ましい。【ミックス】は飛び級で高ランクモンスターを食す手段に使える。これも人前で使える能力ではないな。料理屋で雇われたら繁盛間違いなしのスキルだ。

 チユキだったか。喜べ。お前も要注意人物リストに追加だ」

 

「あ、ありがとうございま……す?」


 チユキは勢いでお礼を返しそうになるが、言われたことの意味を反芻はんすうして首を傾げているようだ。俺も同じ立場なので、その素直に喜んでいいか困る心境はよく分かる。


「さてアンル、こいつらはどんどん面倒ごとを持ってくると思うから、うまく処理してやるんだな」と語りかけられ、アンルさんはコクコクと頷く。


 言うだけ言い放ち、ギルドマスターはドアノブに手をかけて、ふと思い当たったかのように振り返り、「授かった力に振り回されずに、思うままに生きられるといいな」と、こちらに聞こえるか聞こえないかのような声で小さく呟いて、部屋を出て行った。


 ギルドマスターは俺たちのスキルが規格外なことを知り、多忙な中で合間を縫って忠告しに来てくれたようだ。言い回しは荒々しいものの、さすが荒事も多いギルドのマスターを務めているだけあって、面倒見も良いようだ。


 それにしてもマスターの最後の呟きは何だったのか。

 ふとトワルデさんのことが思い浮かんだ。教会の統治に忙殺されつつ、ときたま時間が空いたら狩りに出る。本人はその時間配分にきっと納得しているのだろう。俺たちが現代で日中の大半を仕事しつつ、わずかな余暇の時間を思い思いに過ごすの同じことだ。

 しかしそうやって生計を立てるしかないと納得はしていても、心の中に思い通りに過ごせない鬱積は溜まっていく。

 仮に好きなことを生業なりわいにできたとしても、最適な手順を辿たどって反復するだけの日々に成り下がり、歯車になったかのような気分に陥るのだろうか。

 今はまだこの異世界に来たばかりで、心に埃が降り積もるいとまさえなく、せわしく動き回っているから、まったく退屈を感じていない。

 けれど、ずっと時が経ったら、きっと慣れてただ日々を繰り返すだけになり、『腐った魂』と評された転生時のときと同じような行く末となるのだろうか。

 与えられたこのスキルに縛られて、不自由を余儀なくされる日が来るのだろうか。

 

 ギルドマスターの氷のように冷たく鋭い目線を思い出しながら、そんな憂鬱がふと脳裏の片隅をかすめた。

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