第15話 帰還
オークは毒を食らいまくっている。このままギルドに納品したら「売り物にならない」と断られるだろう。
しかし、森では別のモンスターと遭遇する恐れがある。この場で解毒を急がなくてもいい。後回しにできることは後回しだ。カードに回収するだけとしよう。
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〔毒漬けのオーク〕
[アイテムカード]
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問題は泥に埋まったオークだ。カードをかざしてオークに「納まれ」と念じても反応してくれない。教会で神像をカードに納められなかった時と同じだ。身体の大半が地中に埋まっていて、全体を視認できないからカードに納められない。せっかく倒したのだから、戦果として持ち帰りたいところなのだが……。
かといって、オークを泥から引っ張り出す手段もない。ロープがあるわけでもないし、そもそも俺たち3人の力でオークを持ち上げられるかどうか。となると他にできる手段とすれば掘ることか。しかし、スコップを持ち合わせていない。いや、待てよ、土なら表層は見えているから――。
オークの周りの土を対象に「納まれ」と念じると、今度は成功した。そして脇に土を捨ててを繰り返すと、地道だがオークの体が少しづつ見えてきた。【カード使い】はスコップ代わりにもできるのか。少し時間を要したが、もう1体のオークも無事にカードに納めることができた。
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〔
[アイテムカード]
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一方でチユキはリッテの短剣を『アース・キュア』で解毒していた。するとオークの血と油に
間近で見ると短剣には刃こぼれもあり、傷んでいるのが見て取れた。今回の戦果で余裕があったのなら、リッテの武器を新調してあげたいところだ。攻撃力が弱くてもリッテの戦術は成立するが、先制ダメージが上がった方が狩りの効率は良くなるだろう。俺とチユキは武器・防具をさほど必要としない分、リッテの武器は投資するべき重要な攻撃手段となるだろう。
これ以上の戦闘はもう予定せず、仮にモンスターと遭遇しても逃げると決めた。だから、残った岩をまとめてカードに収納することにした。
攻撃手段として使うのなら岩を一つずつカード化した方が使い分けしやすいのだが、持ち運ぶだけなら岩々を
「帰り道で、薬草とか食べられる野草を教えてくれ。カードに納まるだけ拾って帰ろう」とリッテに頼み、この異世界の野草を学びながらの帰り路となった。
日が高いうちにギルドに帰り着く。扉を開いてカウンターを見れば、受付のアンルさんと目が合って手を振ってきた。耳がフルフルと揺れて、とても嬉しそうだ。今朝はお世話になったことだし、このまま戦果を報告することとしよう。
「初めての冒険、無事に帰ってこれたみたいですねー。成果はどうでしたかー」
小声にて「大物はオークが2体だ。他にもグレートチキンに、ホーンラビット、フォレストウルフ、バトルキャロットとかもあるが……」と知らせつつ、ジャケット下でカードをチラつかせながら、どこで広げたら良いものかと目線をあちこちにやる。
【カード使い】のスキルは固有のものらしいから、多数の目のあるギルドで大っぴらに公開したくない。アンルさんはギルドの受付だから守秘してくれると思うが、納品はどうしたものだろうか。
するとアンルさんはカウンターを開いて、奥に来るように手招きをした。
「もしかすればこうなるとは思ってましたが、本当にそうなるとは……。奥の部屋にご案内しますので、こちらにどうぞぉ」とギルド受付奥の廊下を進み、とある一室へと招き入れられた。
そこは学校の教室くらいの広さの何も無いフローリングらしく塗装された部屋だった。めぼしいものと言えば、片隅にある排水溝と天井から固定された物干しパイプくらいだ。
「ここなら大丈夫かなぁ、ではそのカードを改めて確認させてくださいー」と言われたので、狩ったモンスターを納めたカードをアンルさんに手渡す。
アンルさんは真剣な表情でカードに目を走らせると、なぜか観念したように犬耳をへたらせて大きく息を吐いた。
「うむぅ、やはりギルドマスター案件のようですねぇ。ギルマスを呼んできますー。できるなら素材の手入れをしながらお待ち下さい―。排水溝はご自由に使って下さいー」と言い残し、アンルさんはそそくさと部屋から出て行ってしまった。
確かに素材を手入れする作業はしたかった。早速オークを展開して、解毒やら泥洗いの作業を始める。リッテには血抜きをお願いした。
リッテに「ギルドマスター案件って何だ?」と問いかける。リッテも経験がないのか、「うーん」と困惑しつつも、「多分……」と推測であることの断わりを入れながら、ポツリポツリと話し始めた。
「普通、これだけ一度にモンスターを持ち運べない。だから特別に確認したいんだと思う。ギルドマスターは見たことないけど、評議員ですごく偉くて強い」
「評議員?」って何だ? 冒険都市アロンティアは議会制で統治しているのか?
「この都市の代表者の集まりが評議会。教会とか、商業ギルド、鉱山ギルド、冒険者ギルドとかの代表が集まって町のことを話し合う。ギルドマスターはその一員で、多分一番強い」
都市の統治機構については知らなかった。教会の代表者ってなると、トワルデさんのことか。あの人は教会だけでなく都市の代表者の一人でもあったのか……。どおりで只者じゃないオーラが半端ではなかったわけか。
「ちなみにリッテはトワルデさんって知ってるか?」と尋ねると、コクリと頷く。
「この都市なら誰でも知ってる英雄。『ホーリーワイバーンを駆るグランドプリースト』のトワルデ。宗教戦争を終わらせた最強のプリースト。子供たちの憧れ」とまで言われて、チユキと向き合って「「えええー!!」」と驚きの声を反響させ合ってしまった。
俺たちはとんでもない人にお世話になっていたようだ。顔の無い神像の話を朗々と語っていたが、あの話はご自身の活躍を大幅に割愛して語られていたようだ。
「ちなみにトワルデさんのレベルはいくつ何だ?」と聞くと「正確には知られていないし日々上昇してるけど、7000は超えてるって噂」と言うものだから、またチユキと一緒に驚きの声をあげてしまう。桁違いというレベルではない。
俺はそんな超人相手に「驚かせてみせます(キリッ」と大見栄を張ったのか。この異世界に来て早速黒歴史を作ってしまった疑惑が急浮上である。全身をかきむしりたい恥ずかしい気持ちになってきた。
「待てよ。ギルドマスターが多分一番強いって言ってたよな。トワルデさんよりもレベルが上ってことなのか?」
「それも男の子たちの大好きな話題。戦わせたらどっちが強いって盛り上がってる。うちのスラムではギルドマスターを推す子が多い」
つまりこの都市ではギルドマスターVSグランドプリーストが、俺たちの現代で言う格闘技頂上決戦みたいな位置づけに当たるようだ。
この都市の最強序列の話に花を咲かせながら狩ったモンスターを水洗いしていると、扉が開いた。
「ふむ、盛り上がっているようだな。
お初にお目にかかる、私がギルドマスターのアルナフだ」
演説が得意そうな張りのある声にて、眼鏡の中心を人差し指でクイッと上げながら、ギルドマスターが入室してきた。その後ろからおずおずとアンルさんも追随する。
長身で銀の長髪、エルフ耳で整った顔立ちをしている。身に纏う黒を基調として銀の刺繍のされたローブはいかにも最強魔導士といった風である。
この都市最強とされる男は美形偏差値も最高でいらっしゃる。トワルデさんにも通ずる逆らえないオーラをひしひしと感じる。きっと丸裸にされるであろうギルマス直々の確認タイムが始まろうとしていた。
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