第14話 オークとの死闘

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 リッテは1対3ならば勝てると判断し、オークとの戦闘に臨んだ。

 リッテの【気配感知:初級】は限りなく中級に近い練度である。これにより、向こうのパーティの戦闘も概ね拮抗していると感じ取れていた。他のモンスターの気配も近くにはない。複数体を相手取る戦闘にはならないと考え、Eランクモンスターへの挑戦を提案したのだ。

 本来はこの判断は正しい。オークは群れるモンスターではない。集団行動を取るのはを守るときくらいだ。

 しかし、オークとて個体として認識を持って行動する。大量発生とみなされ冒険者による狩りが激化した中で、生き残ったオークの中には生存手段を学び取ったオークが稀に存在し得るのだ。


『他のオークとの戦闘に加勢すれば、有利になる』


 このオークは学習していた。生き残るために知恵を得ていたのだ。だから、リッテの想定外となる事態が発生した。

 リッテ側の交戦を感じ取った新手のオークは、目の前の冒険者たちとの戦闘を打ち切り、加勢することを選択した。

 本来愚直なまでに好戦的なオークが、戦闘を中止する不可解な行動を取った。深追いは危険であると判断し、他の戦闘の疲労もあって、先の冒険者たちは撤退を判断した。

 こうして異例中の異例が重なり、マサオミ達のパーティは冒険初日にしてオーク2体を相手に死闘を繰り広げることとなってしまった。


 マサオミは戦闘の継続を判断していた。チユキも同じ意向だった。ましてチユキはリッテに親愛の情を抱いている。リッテを独りだけにしたくない気持ちはなおさら強い。

 マサオミは機転を利かせ、オークの足元に岩を出現させて転倒させることに成功した。

 オークが豪快に転倒したため、体内の毒の巡りが加速する。

 しかし、オークは驚嘆すべき体力と筋力を有する。不調を強いられようとも、地力の強靭さ故に戦闘を続行できる。


 オークは体の自由を奪われる不快な感覚にさいなまれながらも、頭を振って自らを鼓舞し、力を振り絞って立ち上がった。

 オークは目の前の男女を見下ろす。先の素早いスコルラの少女とはもう戦いたくない。毒を仕込まれ、攻撃を全て回避された。あれは手に負える相手ではない。しかしスコルラは回避に徹していて、こちらへの有効打もないようだ。次なる脅威を優先して無力化するべきと判断する。

 次の標的はあの男だ。札を投げつけて岩を出現させる得体の知れない奇術を繰り出してきた。同じ手は2度と食らわない。札が投げられたら、そこからは離れよう。また不可思議な術を使われる前に、あの男を潰す。

 男は地に伏して手を付き、こちらの動きを伺っている。距離を詰めて棍棒の間合いに持ち込もう。駆け出せば男は身を起こして距離を取ろうとしたが、もう逃すまい。真っ直ぐに男に向かい猛進を――とそのとき、オークの視界が急降下した。

 その足元は泥沼と化していた。巨体なるオークの半身が自らの重さにより沈んだ。マサオミは口の端を上げ、第二の奇策の成功を宣言する。


「【生活魔法】だって使い方次第だ。『ドリンク・ウォーター』を急発動して地面を泥沼にした! これでもう少しは足止めできるだろ!」


 オークはまさに足元をすくわれた。だが、急ごしらえの泥沼の範囲は限られている。硬い地面をまだつかめる。沼から抜け出すべく腕に渾身の力を込めて、泥から下半身を持ち上げ――。


「『アース・グラビティ』!!」


 詠唱が響き渡る。チユキが魔法を唱えた。これは【支援魔法】。対象の重みを増すことで、攻撃を強化する。それを敢えて敵モンスターにかけた。

 思わぬ自重の変化に、オークは再び泥沼へと沈み込む。オークが再度腕に力を込めても、泥沼から抜け出ることはもう不可能だった。

 チユキの後押しが決め手となった。時間稼ぎは既に十分だった。毒にむしばまれ弱った腕力は、重みの増した巨体を持ち上げられない。抵抗を無駄と悟ったオークの視界の端を一枚のカードが横切り――。


「これで終わりだ! 『ロック・フォール』!」


 巨岩が脳天を直撃し、オークの意識は途絶えた。

 

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 し、死ぬかと思った。

 泥沼作戦で何とかなると思ったら、まだ火事場の馬鹿力を残していて抜け出そうとするとは……。

 チユキの魔法がなかったら、次に打てる手がないところだった。


 巨岩をカードに回収する。オークは泥沼に胸まで埋まり、白目をいて気絶していた。こいつはもう仕留めたと思っていいだろう。


「リッテは大丈夫かな!?」


 新手のもう1体がまだ残っている。

 リッテを見やれば、まだ交戦中だった。長引いた戦闘に肩で息をしながら、ひたすらに回避を続けていた。


「『アース・ヒール』!!」


 チユキが地に手をつき、回復魔法を走らせる。

 足元から回復魔法が伝わり、リッテの乱れた息がやわらいだ。

 

「こっちは倒したぞ! そっちはどうだ!」


「毒が効くまでもう少し! 回復ありがとう。これなら――」


 チユキの回復が効いて、リッテの動きのえが戻る。

 回避から反撃へと転じ、太腿へと毒牙を突き立てる。すぐさま飛び退いて、距離を保ちつつ、回避しながらもう一方の太腿へ毒攻撃。

 これが本来リッテの想定していた、弱ったところに毒を重ね掛けする戦法だったのか。さっき倒したオークは動きが鈍り切らずに反撃に移れなかったが、こうして繰り返し毒を与えるのなら、比較的少ない時間経過で各部に毒が行きわたる。


「毒が効いてきた! とどめを!」


 よろめいているオークに大岩をお見舞いする。オークは頑丈だから潰れたりはしない。それでも十分なダメージだったようで、大きな音を立てて地に倒れた。

 

 オークとの死闘が終わった。リッテの元へと駆け寄って、「お疲れ」と声を掛ける。チユキはリッテの手を取って「勝ったよお、怖かったー」と不安を打ち明け、「みんな無事で良かった」「……うん、良かった」と抱き合っていた。

 紙一重で死者の出る本当に過酷な戦いだった。緊張感が途切れて、疲れが伸し掛かってくる。【生活魔法】とはいえ、急激に大量に発動すれば疲労感が出る。いや、それ以上にずっと神経を張り詰めていた気疲れの方が大きいのか。

 抱擁が終わった二人に「もう戦えないよな、今日は帰ろう」と提案すると、二人とも即座に頷いた。

 オークをカードに回収して、帰還するとしよう――。

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