第5話 【カード使い】のスキル

「【カード使い】のスキルの説明にはこうあります。『白紙のカードを出して、周りのものを納めて、出現させることができる』と。まずはそのカードとやらを出してみてください。」


 トワルデさんの真剣な表情に従って、俺は手の平をかざし、「カードよ、出でよ!」とそれっぽく念じる。すると目の前に1枚のカードが浮かび上がった。丁度指と指の間に収めると操りやすいようなトランプくらいの一般的なカードサイズだ。曲げようとすれば適度に曲がり、これもまたトランプと同様のシャッフルに適した一般的な柔らかさだ。

 表側は空白、裏側はなんと俺のプレイしていたカードゲームのデザインそのものだった! 俺がイメージしやすいように合わせているのだろうか。この表側の空白のイラストにモンスターや魔法にアイテムを納めれば、俺が持っていたカードゲームにほぼ近くなるのだが。


「空白のカードが出せたようですね。では、そのカードを何枚出せるか、試してみてください」と言われたので、繰り返しカードが出るように念じた。繰り返して繰り返すこと数度、……結果的には総計11枚のカードを生み出すことができた。


「11枚……ですか、恐らくはこの枚数はレベル依存、10レベルごとに1枚カードを生み出す上限が増えるということでしょう。あとはこのカードに納める……ですか、イメージが湧きませんが……そうですね……」


 するとトワルデさんはコップを持ち出し、『ホット・ウォーター』と呟き念じて手元から水を発生させて注いだ。よく見ると、その水からは湯気が立っており、お湯であるようだ。


「これをカードの中に納めることはできますか?」


 俺は白紙のカードをコップの前にかざして「納まれ」とシンプルに命じる。するとお湯の入ったコップがカードの中に吸い込まれた。何が起こったのかとカードを見れば、絵柄が浮かび上がっている。

───────────────

〔お湯が満たされたコップ〕

[アイテムカード]

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 と記されており、そのまんまお湯の入ったコップが絵柄に刻まれている。縁取りが変化して灰色となっている。これが『カードに納める』ということのようだ。


「収納機能、というところですね。では、今度はあの台を納めてみてもらえますか」


 トワルデさんが指差したのは、部屋の片隅の台である。普段は水差しか花瓶でも置くところなのだろうが、今は何も置いていない。さっきのコップはカードと同じくらいの大きさだったが、今度は俺の腰くらいまである高さの台である。納まりきるのだろうか。


「キャプチャ!」と今度はそれっぽく命じてみれば、台もするするとカードに吸い込まれる。

───────────────

〔フラワースタンド〕

[アイテムカード]

───────────────

 そういう名前になるのか。それにしても、かなりの大きさでも納められるようだ。となると、今度はこれを出現させられるか、だな。


「花台よ! 出でよ!」と勢いに乗って目の前にカードをかざしてそれっぽく念じる。すると花台が目の前に現れて、ドンと地面に落下する。俺の背丈から落ちたのだから、台はうまく着地できずに横倒しとなってしまった。


「ふむ、目の前に出る、のですね。ということは……」口に手をやりつつ、トワルデさんは思案している。


「そのカードを斜め上に向かって投げてみてください」


「な、投げる? こうか?」


 トワルデからの予想外の要請。とりあえず犬と遊ぶときにフリスビーを投げるような感覚で、目の前に投げてみた。

 通常の軌道で飛んでいく、と思いきやカードに与えられた投げる勢いがなくなると、急速に静止して俺の手元までブーメランのように戻ってきた。


「手元に戻る効果があるの!? なんか手品みたい!」


 チユキは無邪気にはしゃいでいる。うーん、まぁこの機能が役立つかと言えば、勝手に戻ってくるから再利用しやすいってことなのかな。

 待てよ? このカード投げをうまく使えば……。

 とりあえず手元のカードに別の白紙のカードを納める。カードにカードを納めることもできた。もっともこれ自体にはあまり意味がないだろうが。

 そして、先ほどと同様に投げてみつつ、「カードよ、来い!」となんとなく召喚っぽく念じた。すると投げられているカードの位置から真下に納めたカードが落ちてきた。

 どちらのカードも中空と床にて勢いを失うと、するすると俺の手元に帰ってくる。


「……これは、使えるかもしれないな」


 思わずつぶやくと、トワルデさんも頷いている。チユキは「え、え? 何に使うの?」とピンと来ていないようなので考察を補足する。


「このカードに武器とかあるいは巨大な岩を納めて敵の頭上に落とせば、カードを投げる少しの労力だけでモンスターに落差を乗せた攻撃ができるんじゃないか?」


「あーそうだね! これが攻撃魔法の代わりみたいに使えるってこと!?」


「そうだな。カードに納めるもの次第だが、大きくて硬いものが確保できれば、それだけである程度のモンスターを仕留められそうだな」


「そうですね、冒険者としての見通しが明るくなったと思います。さらに言えば、マサオミさんには【風魔法:初級】のスキルがありますので、カードを風に乗せてコントロールできるようになれば遠距離攻撃が可能となるでしょう。

 後はどれくらいの大きさまでを収納できるか、というのが課題でしょうかね。大きいものとなれば、えぇ私に付いてきてください」


 トワルデさんは颯爽とドアを開いて、俺たちに付いてくるように促した。

 2階フロアにある施設長執務室から階下に降りる階段を、トワルデさんは歩きにくそうなローブをものともせずに颯爽と下っていく。


「さて、これはカードに納められるでしょうか?」


「こ、これはちょっと……」


 トワルデさんが指し示したもの。それは1Fの中央に位置する玄関から入ってすぐに最も目立つ、確かにこの施設内で最も大きな物、――即ち女神像であった。

 人が優に見上げる4mはあるであろう巨大な彫像。施設長自らが許可するとはいえ、神をも恐れぬ行為をいきなりやってみろと言われる。

 いろんな意味で立ちすくむしかない展開だ。 


「いやいやいや、勘弁してください。異世界に来ていきなり女神様に恨まれそうなことできませんよ」


 俺の訴えにトワルデさんはキョトンとした表情をする。


「大丈夫ですよ。ただの彫像ですから」


「ええー!? 何かの女神を模してるんだったら、まして異世界なら宿るものもありません?」


「宿るも何もこの彫像は……。ああ、そうでしたか、マサオミさんたちは知らないんですものね。私としたことが、ついついどれだけ大きなものを納められるかばかり考えてしまい、当然の違和感の説明をすっかり忘れていましたね」


 俺の固辞により、ようやく異文化交流のすれ違いに気付いてくれたようだ。

 

「それではこの像には何も宿りはしない、いいえ、決して神が宿ってはならないという理由をお話しましょう」


 そういってトワルデさんは神妙に、まさに聖職者が法話を始めるかのように、この女神像について語りだしたのだった。

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