第6話 顔の無い神像
「この神像には顔がありません」
言われてよく見ると、確かに顔のあるべき部分は丸く何の起伏も刻まれていない。さらによく見ればこの彫像は男でも女でもない。片側は胸の膨らみがあるが、もう一方にはない。両性具有とでも言うべき特徴、そして胸の中央に手を組んで祈りを捧げているのだった。
「そういう神様なんですか?」
「いいえ、顔を潰された神様なんていないでしょう。だからこれは特定の神様を模した彫像ではないのです。敢えて信仰に形を持たせないことを誓った、この冒険都市と宗教の距離感を象徴するモニュメントなのです」
結論から
「この冒険都市というのは、あまりにも宗教が馴染みやすいのです。
それはなぜか。この都市は冒険者の町であるが故に、稼ぎ手の多くは冒険へと出ます。そして残された家族はその無事を祈るしかありません。そう、祈るしかないからこそ、祈る対象を求めてしまうのです」
そのイメージは何となく分かった。帰りを待つ家族が、その無事を願うのは当たり前のことだ。
「だから、その心の寄る辺となろうと数々の宗教が信徒を獲得していきました。しかし、宗教というのは自らの信ずる教理を正当なるものとして広めて信徒を獲得し、その規模を拡大しようとするものです。
そして、ここは冒険で名を馳せようとする者が集まる都市。様々な土地から多様な種族と宗教が流入してくるため、一つの宗教に統一することもできません。
その結果、都市全体は絶え間ない争いに見舞われることとなりました。冒険者ギルドは対応に追われます。宗教同士の争いを鎮圧する、腐敗に陥った宗教組織を鎮圧する、それを延々と繰りかえす。もはや宗教が大きくなってはそれを潰さざるを得ない。帰りを待つ妻の信ずる宗教を、冒険者の夫が討ち滅ぼすという悲劇さえ珍しくありませんでした。
そしてこの都市は、外部から魔物に襲われるまでもなく、内部から人の心の隙間の産む毒に
何とも不毛な話だ。こんなファンタジーの世界でも、宗教のカルト化は起こってしまう。いや、ファンタジーの暴力が街の外に溢れているからこそ、無力な人は宗教に
「この負の連鎖から
冒険都市は宗教による集会を禁じます。個人の家でシンボルを
ですから、私の教会は宗教を打ち倒すための教会なのです。もうどの宗教も忌み嫌われることのないように、この教会が拡大の予兆を戒めています。宗教は各人の胸のうちに留めるだけのものであり、決して広めてはいけないものとなったのです。
その決意を形にしたものが、この彫像です。
ですから、ご安心を。この彫像はどの宗教の存在も受け容れないもの。
カードに納めても、果ては壊したとしても、何の天罰も起こり得ません。
さあ、遠慮なくカードに納めてください」
……ここまで大丈夫と力説されたのなら、納めないわけにもいかないだろう。
俺は白紙のカードを目の前にかざし、「納まれ」と簡潔に命じた。
しかし、今度は何も起こらなかった。
目の前すぎて、効果範囲やら視界的に納め切れなかったのだろうか。
あたかもカメラの撮影範囲のように。見上げつつ、数歩後退して、この彫像がおおよそ視界に納まりそうな距離を探る。
大体一目で彫像の全容を把握できる距離に離れたところで、「納まれ」と再び念じた。
すると今度こそはするすると収縮しながら、巨大な彫像はカードの中に納まったのだった。
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〔顔の無い神像〕
[アイテムカード]
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これだけ大きなものを納められるのなら、十分な攻撃手段となるだろう。チユキは「おおー」と感激の拍手をしている。
俺は納められたことに満足しつつ、さっさと台座に駆け寄って座り込み「出てこい」と命じて、神像を元の位置に戻した。
「ああ! 遠慮なく旅のお供にしていただきたかったのに!」とトワルデさんが嘆くが、俺は日本人だ。物には神が宿るという素朴な信仰がまとわりつくのだ。
神の実在は抜きにしても、この神像自体の歴史が重い。そんな歴史の象徴を一介の異世界人が軽々と背負ったり、ぶん投げたりできるものではない。
「できねーよ! あんたらがこの像を大事にしないことを敢えて信条にしているのだとしても、勿体無くて遠慮なく繰り出せんわ! そこいらで大岩でも調達して、俺の武器にするよ」
こうして俺の異世界における必殺技が『神像アタック』となることは、何とか避けることができたのだった。
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