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「スーラント君。ちょっと来てくれ」
すかさずニアが、二人の間に顔を割り込ませた。
「わたしも行っていいですか?」
「駄目って言っても来るだろう。扉の前までなら、構わないよ」
ランドールは渋々、といった様子で言う。彼が抱えてきた苦労がどんなものか、最近ちょっと分かってきたスーラントだった。ランドールからすれば、一応聞いてくれるようになっただけましだろう。
連れて来られたのは、そう遠くない場所だ。飾りつけの凝り具合が他と明確に違うし、勇者像がある。祭りの本会場となる、中央公園でもっとも大きい広場だ。勇者像の前には、作業服、スーツ、白衣など、さまざまな服を着た多種族集団がいた。彼らの中心には、大型の機械が鎮座している。スーラントの知らない機械だ。四つの車輪を備え、三本ある排気口からゆるやかな白い煙を出している。これも蒸気四輪駆動車の一種だ。
さらに近づく。ひときわ目を引くのは、勇者像の足元にある輝きだった。古めかしい装飾の施された、青白い光の扉だ。向こうの台座が透けて見える。確実に、祭りのために用意されたものではない。
なんとも言えない、いい香りがする。強い魔力を放っているせいか、ぼんやりしていると引き込まれそうだ。ニアにコートを強く掴まれ、スーラントは我に返る。何だか分からないが、多分危ないところだった。話を戻そう。魔素で構築された魔法扉は、いちから作るとなると現代では難しい。土地にかなり左右されるものの、四種族の知恵を合わせれば復元なら可能かもしれない。恐らくは、これが地下への入り口だ。
「やあ、君がスーラントか。今昇っているのが明日の朝日かと思ったよ」
そんな事を考えていると、集団の脇の下辺りから声がした。短い口髭を生やした、小さな紳士が顔を出す。スーツ姿のドワーフ族で、両端に二つ丸い物体がついた棒を持っている。これは確か、受話器、という名称の部品だ。受話器から伸びたコードは、先ほど見た四輪大型機械に繋がっている。箱から伸びる長いコードの方は、扉に取りつけられた小さな機械と繋がっていた。
通話機械は、エルフの思念通話から着想を得た機械だ。しかしご覧の通りの図体で、コードが届く距離しか使えない。思念通話と比べるなんて可哀想な感じなのだ。何にせよ大きさも値段も桁違いすぎて、一般向けの機械ではない。警察が別室に立て籠っている犯人と、会話をするために使ったりする。今のように。
ドワーフ紳士は疲れた顔で、受話器の下部分を押さえてから喋り出す。
「で、どこまで理解している?」
「やはり、アルテマイシャが中にいるんですか」
「話が早いね」
「誘拐した少女も?」
「そう」
少女の単語を聞いた瞬間、ニアが身を乗り出した。
「女の子達は無事なんですか? エレナは……わたしの友人は?」
「アルテマイシャが言うには、ずっと魔法で眠らせている状態らしい。実際に確認してみない事には分からんが」
「よかった」
ニアは安堵の溜め息をついた。人質はまだ傷ついていないし、内部の環境も劣悪ではなさそうだ。しかし魔法で眠らせている、という事は。
「扉の向こうは、こことは違う環境ですか?」
「昔のように魔素が多いだろうね。だから犯人も好き勝手できる」
ランドールは連れて行けないな。スーラントは諦めた。少しの魔素で酔っ払うのだから、空気中に充満していたらショック死してしまうかもしれない。スーラントは、人間が酒を飲みすぎて死ぬ場合もあると知っている。ランドールがこちらへ首を回し、苦笑いを浮かべる。
「最終的に、スーラントって男を連れて来い、そいつでないと話をしないと、かれこれ二時間くらい粘っている。強情な奴だよ」
やれやれと首を横に振った後、ドワーフ男性は両眉を持ち上げる。
「申し遅れた。交渉担当のオスカロ・バーデンシュタインだ。もし君が覚える必要があると思うなら覚えておくといいし、そう思わないなら覚える必要はない」
ドワーフ族らしい言い草だ。彼が右手を差し出せないので、スーラントは握手を見送った。
「気をつけろよ。口車には乗るな。あくまでも外から説得だ。ヘルマイシャ監獄長が説得目的で乗り込んで、中に入ったきり出て来ない」
「話をするのはいいんですが、あの扉は一体何です?」
「わたしも気になります。どこへ繋がっているんですか?」
ズバリ言ったな。
「知らんのか?」
「知らない方がいい」
そう言ってから押さえた手を離し、スーラントへと受話器を手渡した。流れ的に教えてくれると思ったのだが。全くドワーフは気難しい種族だ。スーラントは恐る恐る、縦長の機械を耳に当ててみる。
「そっちじゃない。逆だ」
オスカロが二回、両手で物を引っくり返す動作をする。使い方を間違えたか。スーラントは慌てて逆さまにした。改めて耳に当てる。
「スーラントだ」
『やっと来たか』
「アルテマイシャか」
『そうだ。お前のせいで、俺の計画はめちゃくちゃだ。勘弁して欲しいぜ』
「私が何かやったか?」
心底呆れた、と言わんばかりの溜め息が聞こえて来る。
『あなたはそっちにいるべき存在じゃないだろうが。いつまで人間と仲良しごっこをしている?』
アルテマイシャは、深く息を吸い込んだ。次に彼が放った怒鳴り声は、スーラントも受話器を落としてしまうほどだった。
『ヨルダァ! 寝てる場合か! お前の悲願を俺が、果たしてやる!』
ヨルダの檻は厳重に移送中だったが、腹の底からの呼びかけにすぐさま答えた。突然の爆発に横転しかけた車両は、周囲を巻き込みながらも何とか停止する。部分的な通行止めを行っていたのが、不幸中の幸いだ。破壊した檻や車の破片をわざと飛び散らせ、周囲を怯ませれば誰もヨルダを縛れない。炎は力の限りの速度で公園に辿り着き、樹木の中を縫うように飛ぶ。
スーラント達のいる勇者像前に、混乱の波が近づいてきた。騒がしい集団が、待てだの、逃げたぞだのと叫んでいる。何が、と思った瞬間突然炎に巻きつかれ、スーラントの体が宙に浮いた。不思議と熱くはなかった。あれよと言う間に拘束され、扉の中へ連れ去られてしまう。
「先生!」
ニアの叫び声が、伸ばされた右手が、届かないまま遠ざかる。
扉を通過する時、全身に不愉快な感覚があった。なんとなく、空間転移と似ている。ヨルダに捕まっている状態だと、濃厚な魔素と炎の匂いで分かった。これにはスーラントも冷静ではいられない。手足を動かしたり、体を捻ったりして、なんとか拘束から抜け出そうともがく。力だけで押さえておくのは厄介だと悟ったか、ヨルダは微かな思念を送ってきた。
(静かに。まずは、数々のご無礼をお許しください。懐かしい空気を吸って、妾は正気に戻りましたぞ)
顎の下から声が聞こえる。スーラントの首に密着しているのは、炎を纏った小さな蜥蜴だ。炎でできた舌を出しては引っ込めている。あのヨルダが、こんなに小さくなってしまったのか。見た目は可愛いが、相変わらずやる事は可愛くない。
「そんなあっさり」
(世界の全ては循環するもの。人間共とて分かっているはずじゃが。空気の悪い場所に手足縛られて百何十年も詰め込まれてるとか、病むわ~。ほんと病む)
おっと、スルーされたか。冷静になってくると、足元には何の変哲もない草地が見えた。まだ広場にいるのだろうか。しかし周囲は昼間のように明るく、間違っても明け方には見えない。ヨルダは一方的に思念を送り続ける。
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