その経験があって、今に至る、と。吐露を終えたランドールは、どことなくすっきりした顔をしていた。懺悔室から出てきた後のような穏やかな顔だった。人間界隈では既に知れ渡りまくっている事件だろうし、身バレが怖くて教会に行けなかった可能性は高い。有名人は辛いな。

「そして思い至った訳だ。僕が先に産まれたのは、あの子の盾になるためなのではないか。とね」

 勝手に喋って勝手にすっきりしてしまった彼の気分と、スーラントの気分は逆だった。核内にひとつの懸念が生まれていたからだ。恐る恐る、尋ねてみる。

「それ、お嬢さんは」

「知らないと思う。僕が密かにこんな事を考えているなんて」

「早く言ってあげた方がいいと思いますよ」

「だよね」

 ランドールはぎこちない笑みを浮かべながら、テーブルの上の両手を擦り合わせた。

「まさかずっとではないですよね。その時のモヤモヤをろくに解消できてない?」

「気まずくて、何も言えなくて」

「気まずくて、何も言えなくて。じゃないでしょうが!?」

 スーラントは盛大に頭を抱えた。彼の話を踏まえれば、ニアの一連の態度にも納得がいく。彼女はランドールを酷く恐れている。これに関してはしかたないと、スーラントは思う。幼い頃に一度、憎しみを

募らせた彼に殺されかけているのだから。


 だがランドールは以降、事件や聖剣について特に触れなくなり、妙に距離も置くようになった。黙々と勉強や体力作りを続ける事で、ニアの歩み寄る余地を排除していた。恐らくニアもそれならそれでよしとして、踏み込まなくなった。お互いが厚い壁を作ってしまったのだ。対話をしないのは一番まずい。時間が経てば経つほど、お互いに誤解を産む。現に、いつか徹底的に逆襲するために鍛えているのかもしれない、とか、変な方向に解釈されている。

 しかも魔素の影響を受けた時のみ、酔っ払いテンションでやたらと熱い妹愛を叫んだりする。外から見れば、言動に一貫性がない。思春期になった妹に、ヤバイ奴認定されていても仕方ないだろう。反省して欲しい。いや、すぐに反省せざるを得なくなる。彼女の我慢も限界のはずだ。



「話は聞かせてもらいました!」

 スーラントの予測通り、ここで力強い少女の声が響く。ランドールは顔を跳ね上げると、丸くした目が離せなくなる。カウンターの向こうでは、勢いよくニアが立ち上がっていた。別室に行ったはずだが、全然気がつかなかった……のはランドールだけだ。実はスーラントは気づいていたし、あえて教えなかった。一度は遠ざかった彼女の匂いが、こっそり戻って来たのを知っていたからだ。具体的には、昔話が始まった辺りから。妨害しに来た訳ではなかったので、問題ないと判断し放置していた。

「兄上。あなたという人は……!」

 ニアの声は怒りに震えていた。暴れだしそうな心を抑え、深く、大きく息をしている。こんな状態の彼女を、スーラントは始めて見る。ランドールは妹の剣幕に秒で目を泳がせた。こんな状態のランドールも始めて見る。いや見たな。カミラが治療代の話をしていた時に。

「えっ、ニア? シャワーを浴びに行ったんじゃ」

「よくもわたしに何も言わずに、今まで! 酷いです、信じられない」

「煩いな。お前に僕の何が分かるんだ」

「兄上なんて嫌いです!」

「別に許されようとは思っていないよ。だからせめて、」

 大股で歩み寄ったニアは、感情のままにテーブルを両手で叩く。

「そういうところが! 大嫌いと言ってるのよ!!」

「ひっ……!」

 男二人の前に置かれた二つのティーカップが、少し跳ねた。中身は零れそうで、零れなかった。よかった。ちなみに今の悲鳴は、スーラントではなくランドールのものだ。念のため補足しておく。


 ますます語気を荒げるニアに、ランドールは怯んだ。予測を越える相手の怒りにすっかり戦意を失い、何も言えなくなっている。スーラントは、ニアが本気で怒ると結構怖いなと呑気に考えていた。気をつけよう。

「一人で格好つけて、一人で傷ついて、全部わたしに隠し続けて! そんなの自己満足です! 腹違いだからなんだって言うの? それでもあなたはわたしの兄で、わたし達は兄妹でしょう!?」

 だんだん顔が近くなるので、ソファの端に追いやられてしまうランドールだった。彼はニアの方を気にしながらも、何度かこちらへ視線を送ってくる。助けを求めているな、とスーラントは察したが、察しただけで何もしない。これは二人の問題だ。間に入ってしまうと二人のためにならない。なのでスーラントは、できる限りの優しい笑顔で励ます選択をした。ランドールの顔が情けなくひきつった。

「そうよ……わたしも、この問題とちゃんと向き合おうとしてなかったわ。兄上がいつもどんな気持ちでいるか、全然知ろうともしなかった。ごめんなさい」

 三秒ほどの沈黙。

「兄上聞いてますか?」

「はい聞いてます」

 普段の余裕はどこへやら、ついに声まで情けなくなった。やはり、予想外の事態が起こると動揺しやすい性格か。スーラントは、今まで集めた情報を元に考える。相手がニアでなければ、ここまで追い詰められていないだろう。彼は自分の過ちを、長年深く後悔し、気に病んできた。

「あなたが自分を盾だと」

「やめたまえ恥ずかしいから」

「あなたが自分を」

「忘れてくれ恥ずかしいから」

「あなたが自分を盾だと言うなら、わたしがあなたの剣となります」

 ニアは三回も言い直した。なんとも強情な若者だ。表情はいたって真面目で、茶化すつもりはないらしい。ランドールは、一度ゆっくりと鼻から息を吸い、歯の間から静かに吐いた。落ち着いて妹の、アイスブルー色の瞳を見返す。ニアの気持ちが、ようやく彼に届いた。彼女もまた、自分への怒りと、自分を情けなく思う気持ちを持っているのだ。

「今は頼りないと思います。でも、いつか必ず強くなります」



「だから、待っていて」



 決意に満ちた目をして、ニアが兄を見つめている。ランドールはうつ向き、鼻を少し啜った。数秒後、顔を上げられないままで微かに頷いた。ニアは彼を抱き締め、優しく背中を撫でる。

「僕の方こそ、すまなかった」

 とは言ったものの、ランドールは彼女を抱き締め返せなかった。しばらくして眼鏡の奥で何かが光ったのを、スーラントの視覚機能は捉える。しかしまあ、見なかった事にするのが、出来るスライムというものだ。


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