第四節 図書館ではお静かに

「さて、中央公園を調べるためには、国立中央図書館に入らなければならない。ここで問題がひとつある」


 国立中央図書館の前で、二人の人間が立っている。気合い充分といった様子で、二人揃って腕組みをして。どこにでもいそうなモブ顔男性と、誰もが知っている勇者の美少女だ。今日のニアはパンツスタイルで、これもよく似合っている。何を着ても大体似合うなんて羨ましい事だ。たいていの人間には見えないが、青い妖精もいる。

 物珍しそうに通りすぎる人間が、三人に一人はいた。彼女と歩くと自然と視線が集まるので、居心地の悪さを感じなくもない。ニアはスーラントと違って、人々の注目を集めていても平然としている。さすが有名人だ。

「図書貸出カードと、利用者カードね。わたし持ってます。勉強するのに使うもの」

 スーラントは腕組みをしたまま、満足げに頷く。日課の意識確認もしたし、朝食もしっかり食べてきたので好調だ。

「さすが私の助手。やはり持つべきものは助手だな」

 ニアは腕組みをしたまま、そうだろうそうだろう、と言わんばかりの顔で頷く。有名人のお嬢様なのにノリがよくて助かる。

「でも、中央警察署には行かないんですか? 色々手伝ってもらえると思うんだけど」

「いや。やめておく。少し懸念があってな」

「まさか、犯人が分かったの? やっぱりおに」

「声が大きい!」

 スーラントは、ニアの言葉を慌てて遮った。

「まだ言える段階じゃない。動機が全く分からないのもあるし、何より、人間社会が納得する証拠が用意できない。そしてローズ」

 想定外のところで名前を呼ばれ、ローズはおずおずと顔を出した。ニアの艶やかな栗色の髪をかき分けて。

『なんだよ』

「図書館はペット禁止だ」

『は? あたしペットじゃねーし!』

「よってここからは、別行動をしてもらう」

 スーラントは抗議を無視して、厳しい態度を取った。公共施設の決まりで、犬猫などのペットはもちろん、魔法生物も入れない事になっている。中央図書館の職員に、妖精が見える者が一人もいないと言い切れない。最悪の場合ローズのせいで、途中で追い出される可能性がある。

『いやお前も人間じゃないじゃん』

「中央公園がすぐ近くにあるのが見えるな。あそこの妖精達から、聞き込みをしてきて欲しい」

 フォルテナの星祭りは、今日を含め三日後。期限が迫っているため、時間の有効活用は大事だ。ついでに花束を用意する資金と手間が省ける。

『えーやだよ! あいつら昔っからマジヤバいってじっちゃんが』

「勇者像の前で落ち合おう」

『聞いてねーな』

「君の働きに期待している。健闘を祈る」

「頑張ってください、特務捜査官!」

 ニアから特務捜査官と呼ばれて、ローズはまんざらでもなさそうな顔になった。スライムが何度言っても聞かなかったのに、超速でやる気を出して飛び去って行く。妖精は単純なのだ。ナイス助手。ゴリ押しを続けるネタもなくなってきたところだった。助手がいる生活もいいかもしれない。臨時の助手にしておくには惜しい……くはないな。勇者と仕事なんて、ちょっとスライムの身が持たない。今までの体験が怒濤の勢いで核内に甦り、スーラントは思い直した。

「では、手筈通りにな」

「本当に大丈夫ですか?」

 ニアは作戦を聞いた時と同じく、不安そうにしている。スーラントはニヤリと笑って、黒手袋に包まれた右手を開閉してみせた。正義のためには、時々ちょっと悪いスライムにならざるを得ない場面もある。そこが勇者と違うところだ。

「大丈夫だ。証拠は残さない」





 モグリ探偵と助手はお互い距離を離さず、敷地内に入って行く。二人は普通の利用者として、まっすぐに正面玄関に向かった。装飾のあしらわれた大きな扉を潜れば、石と鉄でできた巨大な空間が現れる。計算された曲線を描くホール、中央に大きな照明。床はつるつるとして、色とりどりの大理石で模様が作られている。壁際には四階分の階段と通路。あらゆる場所に本が詰まっているのが見えた。

「これが人間の情報保存のしかたかあ……」

 スーラントは図書館に初めて入ったが、とても美しい場所だと感じた。普段本を読まないスライムでも、素晴らしさは分かる。貴族のためのものだった芸術と知識が、この国では市民に等しく公開されている。この広大な図書館のどこかに、ニアの好きな冒険物語や探偵物語もあるはずだ。

 面白いのだろうか。彼女に頼んだら、代わりに借りてきてもらえるだろうか。スライムだって、人間の書いた物語とやらを読んでみたい時もある。魔物が本に興味がないというよりは、文字や本に触れる機会がないだけなのだ。魔物は正当な市民でないので、一人で図書館に入れないし。


 ふと気になる匂いを捕まえたスーラントは、その方向へ視線をやる。目を凝らして探すと、二階部分のちょっと開けた場所に刑事のロジャーがいた。子どもが喜ぶ児童書コーナーには似つかわしくない男だ。本棚に寄りかかる訳にもいかず、左足に体重をかけてだらけている。

 実に暇そうな顔で子どもらを眺めていたロジャーは、こちらの視線に気づく。目を見張った後、急いで妙な手の動きを繰り返した。あれは人間の使うハンドサインだと、三回目でようやく気がつく。あっちへ行け。この状況だと、持ち場に戻れ、と言ったところだろう。多分。顔が結構マジだったので、了解の意思を返しておく。他の刑事もいるかどうか気になるが、他人の仕事を無理に詮索すると面倒に巻き込まれる可能性がある。勇者の護衛をしている身で言うのも何だが、これ以上余計な面倒に巻き込まれるのは嫌だ。

「行きますよ、先生」

 いつまでも立ち止まったままのスーラントに気がつき、ニアが戻って来た。言うだけ言って、一番手前にある受付へ歩いて行ってしまう。スライムが瞳を輝かせていたのにも、ロジャーが来ているのにも気づいていない。少し遅れてスーラントは、早足で追いかけた。



「あらニア様、長期休暇なのに調べものですか」

 受付に座っている中年女性が、愛想よく笑いかけてくる。中央街に住んでいるだけあって、服装や物腰は上品だ。ニアはいつものように挨拶した後で、利用者カードを提出した。受け取ろうと手を出した受付係は、すぐにいつもと違う存在に気がつく。物珍しそうな視線がスーラントへと移った。

「こちらの男性は?」

「わたしの護衛です。一緒に入っても?」

「ええ、もちろんです。そういう事でしたら」

 受付はすぐに納得した。勇者は勇者というだけで、いつも信頼されているので助かる。スーラントが彼女の兄から、護衛を依頼されているのは事実だが。



 無事受付を通過した後、頃合いを見計らって一時ニアと別れる。彼女には、閲覧可能な資料を調べてもらう任務があった。もちろんスーラントにも、別の重要任務がある。図書館なら許可がないと入れないし、警備員もいる。ヨルダからの強引な襲撃もないだろう。刑事も張り込みしてるようだし、ちょうどいいから、ついでにニアを見ていてもらおう。

 そんな訳で、スーラントは一人トイレに向かった。もちろん用を足すためではない。幸いどちらのトイレにも人気はなかった。一応男性に擬態しているので男性用に入って、スーラントは感嘆の息を漏らす。東街のどこを探してもこんな素晴らしいトイレはない。つまりとても清潔感があり、内装がお洒落だ。スライムなんて住んでいなさそうだが、それでは困る。


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