一方その頃。二人が言い合いをしている時から、ニアとドミニクは雑談を始めていた。ハラル・ギウスの言う通り、別の話で盛り上がっている場合ではない。場合ではないのだが、ひび割れた仲を修復するのも大事だ。どういう経緯を辿れば、拐った人と拐われた人が談笑できる状態になるのか分からないが。

「猫ちゃん、とっても可愛いですね」

 猫が人間にもたらす和み効果は、凄い。ニアは相手がマフィア構成員なのをすっかり忘れているのでは、と疑わざるを得ない。ローズはどこへ行ったかと思えば、上着のポケットの中で控えめの威嚇をしている。スーラントは呆れてしまった。そんなに怖いなら、下手に威嚇しない方がいいのに。しかも猫には全然相手にされていない。

「この優美が分かるか、猫の次に美しい娘。おっと、犬を撫でた手で触れるなよ」

 喋っているのはもちろんドミニクの方だ。肩の高貴な長毛猫が、フサフサの尾を振る。彼が挨拶として一声鳴くと、ニアは嬉しそうに顔を綻ばせた。やはり人間は、毛の生えた生物が好きなのか。大抵の人間は毛の生えた生物が好きで、毛のない生物が嫌いだ。探偵で紳士な有能護衛スライムよりも、自分を拐った見た目だけはいいヤクザ猫の方がいいのか。いいと言うのか。ニアお嬢様よ。カミラにしつこく絡まれながら、スーラントはひっそりと嘆いた。核の内側で。

「お名前なんていうんですか?」

「人間の口では発音できぬ高貴な名ゆえ、従僕の名の方で呼ぶとよい」

「従僕、ですか……」

 ニアは困惑した。喋っているのがヒューマンのため、飼い主が自ら従僕と言っているように見えるのだ。これは重度の愛猫家と称されても仕方ない。スーラントはやはり、猫よりも下の人が気になる。誰なんだこの人。まだそこを突っ込める仲ではないので、スーラントは別の質問をする。

「ドミニク、君は下級構成員じゃなかったのか?」

「確かに先日まではそうだったな。経緯は略すが、猫がバレて我輩死す! と思ったら、諜報員として重用されたのだ」

「ほう」

「本当の自分を知られても、案外上手く行くものだな」

「まあ可愛いからでしょうね。猫は」

「美しいものが、常に幸せとは限らない。美しすぎるが故に、憎悪や殺意を向けられる事もままある」

「否定はしないの」

 彼の自己評価の高さは、少しくらい見習っていいかもしれない。ハラル・ギウスが、再び話を戻そうとする。

「だから聞けよ俺の話を。雑談はそろそろ切り上げろ」



「さて、今回集まってもらったのはアレだ。中央街の若い娘達を六人も拐って、何を計画してんのかって話だ」

 ハラル・ギウスは仕切り直して、最初より説明的な言い方をする。実際に拐ったのは彼らだが、事態の怪しさに途中で気づいて真相を探り始めたと主張した。図らずもスーラントの乱入で状況が整理され、グレイスの一声で進む方向が固まった。らしい。スーラントは、密かに胸を撫で下ろす。何とか態度が軟化してくれてよかった。情報源が警察だけでは、心もとないと思っていたのだ。警官達の『どうも中央に敵がいるらしい』という言葉も引っ掛かる。

「六人目は私が阻止した」

「ああ、そうだったな」

「六人必要だと言われていたのか?」

 ハラル・ギウスは素直に肯定した。本当に協力する気があると見える。彼らの矜持は、かろうじてまだ生きていた。すっかり性根が腐り切ったと思っていたが、そうでもないらしい。ならばひとつくらい、手を借りるのもいいだろう、とスーラントは考えた。グレイス・ファミリーは、警察の目が届かない東街を見張っている部分もあった。単純な自警組合として活動していればよかったのに、流れ者を取り込んで犯罪に手を染めるようになったのは残念な事だ。それはいったん脇に置いて、スーラントは補足をした。

「身代金の要求なし、受刑者の解放要求なし、政治的主張もなし。その他何らかの脅迫が届いた、という話は、どの被害者家族からも聞いていない。殺人目的の類だろうと警察は考えているらしいが、私はそう思えない」

 ニアは言われる前に、スーラントの仕事鞄を持ってきた。ケルベロスに飛びつかれた際、部屋の隅まですっ飛んでいたものだ。流れるような動きで調査ノートとメモ、筆記具を渡してくれる。おお、今のは何か助手っぽいぞ。

 スーラントは、皆に手持ちの情報を開示し始める。あちらの持つ情報と擦り合わせるために。

「今日調査した中で、分かった事がある。拐われた少女達はみな、高い魔力を持っているんだ」



 やはり実際に、自分の足を動かしての調査は重要だった。被害者全員の私物を素手で触ったところ、どれも強い固有魔力の匂いがしたのだ。魔素操作と魔力感知は魔法生物の特権で、特にスライムは探知にまで長ける。今にも消えそうな痕跡だが、同じ匂いがどこかへしっかり繋がっていた。それで拐われた彼女達が、今もどこかで生きていると確信できた。

「よかった。生物は死ぬと、体内の魔力が枯れてしまうって、教科書に書いてあったものね」

 ニアの言う通りだ。結果的に殺人目的かもしれないが、遠回りな分まだ救いがあると言える。少女達を生かしたまま、何をしているのかは分からない。

「脅迫と殺人以外で、少女を拐う目的……一体何でしょうか」

 ハラル・ギウスは苦い顔をする。

「さてな。ロクなもんじゃねえだろうな。その情報、サツには?」

「まだだ。今どうすべきか悩んでる」

「それでいい」

 スーラントは半壊したテーブルの上に、中央街の地図を広げた。魔力痕跡が示す方向を記したメモを、さっそくこの地図と照らし合わせてみる。赤線の通過する場所は、中央公園の敷地内。交差点がほとんどないので、正確な場所は分からない。しかし、中央公園のどこかに被害者達がいるはずだ。

「やっぱりなあ、中央公園か。俺達も、その辺りにガキどもが連れて行かれたって突き止めてる」

「それどこ情報よ」

「カミラとドミニクが三日でやってくれたぜ」

 言う通りにするふりを続けなければ、得られなかった情報だろう。ちょっと釈然としないが。

「下のと連携すれば楽勝である」

 同時にドヤる猫と従僕。もちろん、喋っているのは人間の方だ。ニアだけが首を捻っている。

「下の……?」

 知らない方がいい。

「中央公園にゃ何かあるって、オークの間じゃ昔っから噂だったぜ」

 ハラル・ギウスが唸る。中央公園の地下には違法な、または国家機密がらみの建築物があるという噂だ。あるオーク曰く、魔王の首が厳重に封印してあるから開けたら魔王が復活する、とか。あるオーク曰く、魔王が復活した時に封印するための特設会場とか。魔王が復活した時に使う、中央街全体を使った攻性魔法の術式とか。建設に関わったオークは全然不気味な死を遂げたとか、全員口封じをされたらしい、とか。そういった、魔王が関係する都市伝説の類。

「大きな動きがあるとすれば、フォルテナの星祭りの日だ。拐った人間を、いつまでも監禁し続けるのはリスクが高いし」

「祭っていうのは、想いや魔力が集まるのよね。娘達を生け贄にして、魔王様が復活とかだったりして~」

 冗談めかしてカミラは肩を竦める。笑顔でありながら、皮肉的とも取れる表情だ。


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