第三節 人の視点、魔物の視点

 俗にオークはオーク以外から『脳味噌まで筋肉詰まってる』とか言われるし、時々自らネタにする奴もいるが、実際はそうでもない。『魔法の素質がない劣った血』という理由で森から追放された白エルフが、草原地帯で覚醒してマッチョパワーを得たのがオークだ。草原では昔から向かうところ敵なしで、筋肉にものを言わせて大猪を乗り回した。成人の儀の中に、大弓でワイバーンを射殺せというミッションもある。そんなヤバイ弓を引けるほどの筋肉とはマジでヤバイものだ。

 このように人類最強のマッチョ集団だったから、王国が乱立する時代にはどこもオーク族を驚異と見なした。それだけ戦闘に優れていたし、筋肉凄かった。魔法がないなら筋肉で殴ればいいじゃない。筋肉では足りないところに脳味噌を添えれば完璧じゃない。


 ハラル・ギウスはオーク族だ。更に言えば歴戦のオークだったし、だてにマフィア幹部の椅子に座り続けていない。脳味噌のあるマッチョだ。暇さえあればどこかで出し抜いてやろうとか、弱味を握ってやろうとか考えている。スーラントに対しても、今回の依頼主に対しても。ハラル・ギウスは意地の悪い笑みを浮かべ続ける。何だか嫌な感じだ。

「何人集めるつもりかとか、どこに連れて行かれたのかとか、そういう事を聞きたいだろ?」

 横たわる沈黙。

「聞きたいだろぉ?!」

「聞きたいですぅ!」

 スーラントは悔しさを噛みしめながら、投げやりに頭を下げる。これではどちらが縛られているのか分からない。

「そんじゃあ、その前に見せる誠意ってやつがあるよな」

 縄を解けとかそういう要求だろうか。それとも、ニアを置いていけとかそういうのだろうか。はたまた、一切を忘れてこの事件から身を引けとかか。スーラントは暴力沙汰に巻き込まれる覚悟を胸に、恐る恐る頭を上げた。

「超思念精霊少女ララシルの作者、饅頭矢太郎先生のサイン会行ってサインもらってきてくれ」

 スーラントはすぐに返事ができなかった。ハラル・ギウスは大真面目な顔でこちらを見ている。笑う気にもならない。見つめ合う男と男、いやオークとスライム。永遠とも思える気まずい一時だった。ひとしきり呆れた顔を見せつけた後、スーラントはこう答える。

「自分で行け」

「おお? てめえの立場が分かってねぇらしいな」

「代理を立てればいい。言う事を聞く奴なら、周囲にたくさんいるだろう」

「馬鹿野郎、俺みたいな界隈の奴がノコノコ行ってみろ。カタギのファンの方々や先生を怖がらせるだろ」

「それに、グレイス・ファミリー幹部のララシル好きがバレたらちょっと困る……というのもありますね?」

 ニアが口を挟んだ。横目で見ると、表情はすっかり柔らかくなっている。モンスターハウスならぬマフィアハウスに早くも慣れてきた。ケルベロスが味方になったので心強いのもあるだろう。

「そうそう、表向きは冷血非道のコワーイ奴になっとかねぇとな。美少女漫画にハマって、あまつさえ感動して泣いてるなんて知られたら、東街のパワーバランスが崩れかねん」

 ハラル・ギウスの泣き顔など、スーラントには全然想像がつかない。

「周囲が求める姿に合わせる必要があるって、辛いですよね。素直な自分が出せなくて」

「話が分かるじゃねぇか。辛いんだよな有名人は。誰かさんと違って」

 そんな事言われても困ってしまう。未知の集団へ飛び込む仕事は、何度やっても慣れないし勇気がいるのだ。

「いやー……そういう会場、私行った事ないんだよなあ」

「ねえ先生、お願いを叶えてあげましょうよ。わたしも一緒にサイン会に行ってあげるから」

 ニアの言う通り、確かにこれは好条件だ。サイン会へ代わりに行くだけで、取引になるなら安いものだ。多分。東街の(当分の)平和を守るため、スーラントは渋々首を縦に降る。サイン会というイベントが何なのかも分からない。その芸術家のサインをもらって来るだけでいいのだろうか。マンジューヤ・タローはどこに住んでいるのだろうか。実はめちゃくちゃ達成難易度の高い仕事だったらどうしよう。スーラントは渋い顔をやめられなかった。話がどちらに転んでも、ついでに行かせる狙いだったのだ。でなければ自分からバラしたりしない。

「恥ずかしかったら、友達の代わりに来たって言っていいからよ。熱烈なファンですって伝えてくれ」

 強引な感じで話は纏まった。実にタイミングよく、黒エルフの従者が遠慮がちに片手を上げる。

「あのー……思念通話の返事来ました。グレイス様から、舟を乗り替えるぞ、と」

「ほーん。ヤバめのネタでも出てきたかね。家のもん全員に伝えろ」

「了解です」

「グレイス・ファミリーは、今からあんたに協力する事になった」

「それは心強い」

「さすがのマフィアも、街がなけりゃあ生きて行けないぜ。儲けるためには街がいるからな」

 ハラル・ギウスはニヤリと笑う。いい事言った感を出しているが、マフィアはマフィア。一般人の皮を被った悪の結社だ。





「さて、今回集まってもらったのはアレだ。ボスもドン引きのヤバ計画が進行してるらしいから、何とかしようぜって話だ」

 何事もなかったかのように話すハラル・ギウスの傍らで、スーラントはふてくされていた。

「人をケルベロスに食わせようとしといてー」

「その話はもういいじゃねぇか。あんたを口封じする必要がなくなったし、ケルベロスもあんたのモンなんだから。仲良く事件を解決しようぜ、友よ」

「裏切ったって本来の依頼主に知られたら、自分達がヤバイからだろー?」

「そうとも言う」

 この通り色々あって、応接間にはそれなりの平和が戻ってきている。ソファーに座る面々は、縄を解かれたハラル・ギウス、その従者、スーラントとニア、ローズ、ドミニク(と本体の猫)、そしてカミラだ。


 突貫で直されたテーブルの上へ、改めて従者がお茶を置いていく。ケルベロスはスーラントの側で、床に置かれた骨型おやつを齧っている。スーラントはひとつため息をつく。不満の矛先は、悠々とお茶を飲むカミラへと移るのだった。

「どうして別室にいたのに助けてくれないのかなあ、カミラちゃんは」

「スーちゃんが今夜にでも乗り込んで来るだろうって聞いて、急いで駆けつけたのよ~? だけど猫ちゃんが、まだ出る時ではない……な~んて言うから」

 まだ出る時ではない……の時だけ顔が激しくきりっとするカミラだった。なぜか声まで渋くなっている。猫ちゃんとはドミニクの事だ。正確にはその上の猫妖精。

「裏事情を知ってたなら、私が君ん家に逃げ込んだ時点で教えてくれたっていいのでは?」

「え~? でもそれって別料金じゃな~い?」

 駄々を捏ねる少女の真似をして、カミラは口を尖らせる。確かにスーラントは、避難したいとしか言っていないのだが。こんな時まで強かな情報屋だ。

「私のプリン勝手に食べたしぃ~」

「あれは……護衛対象と早く打ち解けるための必要犠牲であって」

「ね~え、プリン買ってくださぁ~い」

 カミラは、分かりやすくしなだれかかってきた。豊満で柔らかい胸を押しつけるようにして。極めつけに上目遣い。スーラントは冷ややかに鼻を鳴らす。スライムは有性生物と違って、そのような欲にはホイホイ屈しないのだ。

「何が弁償よ! どっかの馬の骨からの貰いものでしょアレ!」

「ヤキモチ焼かれると~、カミラ困っちゃうな~」

「全世界が羨む前向き思考」

「あんたらな~、毎回毎回痴話喧嘩はやめろ。俺の話を聞け」

 ハラル・ギウスが間に割って入り、(断じて痴話喧嘩などではないが)痴話喧嘩はようやく鎮火した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る