「凄い身体能力と、再生能力……狼男? それとも半吸血鬼かしら」

 ニアの挙げた候補は、どれもカッコよすぎる。過剰な期待を寄せられて、スーラントも困ってしまった。正直に言えればよかったのだが、すぐに信じてもらえるだろうか。人間のような知性を持つスライムは、スーラントただ一匹しかいない。

「そう、じゃない……かもしれないし、そうかもしれないな」

「秘密主義ね。お互い命を守るために、能力を把握しておく必要があると思いますけど」

「それは、まあ。いつかね」

「今じゃなきゃ駄目」

「えー?」

「大人の言ういつかは、信用ならないの」

 大人になりたがったりまだ子どもと主張したり、本当に思春期はめんど……謎の生物だ。仕方ない。覚悟を決めよう。重大な告白をする時は、毎回何だか緊張してしまう。一度咳払いをして、言い放つ。

「実はスライムなんだ」

「もう。冗談で誤魔化さないで」

「いや本当にスラ」

「こんなに人間そっくりで、頭がいいスライム?」

「だと思うだろう? ところがなんと」

「いる訳ないじゃない」

「スライム……」

 スーラントは実に複雑な気持ちになった。誉められているのか、貶されているのか分からない。ニアの表情はいたって真面目で、からかうのはやめろとでも言いたげだ。逆にスーラントが、からかわれている訳でもないらしい。スーラントは神妙な顔になってしまった。わずかに首を回すと、ローズのつぶらな瞳と視線が合う。

「私は実は、スライムではなかった?」

『知らねーよ。でもお前めっちゃスライム臭いけどな』

「ん? 小虫の羽音が煩いな~?」

『不細工生物が何か言ってら』

「綺麗なのは羽根だけじゃないか。羽根をむしったらただの芋虫だ」

『芋虫じゃねーよ! あたしもう成虫だし!』



 魔物同士で大人げない言い争いをしていると、とある喫茶店の前に来ていた。ニアが立ち止まったので、目的地に到着したという事だろう。木製のドアプレートには『白樺の小路』とある。窓から中を覗いてみる。ノンブの店と違って親近感はないが、洗練された内装だ。ついでに言うと、店員はみな小綺麗だ。漆黒の衛生害虫や低級スライムを、一匹たりとも客に近づかせないだろう。東街住みのスライムとしては、ちょっと落ち着かない。『カトレア』に連れて来られた時のニアも、こんな気持ちになったのだろうか。彼女にとっては、こちらの方が慣れた店だ。堂々と扉を開きさっさと入ってしまうので、慌てて後をついて行く。



 上品に鳴る入店ベルの音。ニアが店員に人数など伝えている間、スーラントは日頃の癖で情報を集めていた。きびきびと働く制服の若者達。珈琲豆の深い香り、時々混じるバターや焼けた小麦のいい匂い。客は大人ばかりで、落ち着いた店内だ。洒落た観葉植物がところどころに置いてある。

 しかし奥のソファー席に座っている五人、全員どこかで見た姿だ。雑談の内容からして、襟つき人種……休憩中の警察官のようだ。さすがに仕事内容の話はしていないが、何となく分かる。おもむろに、一人がこちらへ顔を向ける。高身長金髪碧眼、いけすかない顔つき、眼鏡、そういう特徴を持った男。ニアの兄、ランドール警部だ。目が合うと彼は眼鏡がズレる勢いで衝撃を受け、固まってしまった。衝撃ならスーラント達も受けていた。恐らくは、ニアも。動けないまましばらく見つめ合う。


 ランドールは迷いなく立ち上がると、音を押さえながら小走りに接近する。どうやら今回は、表面上を取り繕う余裕もないらしい。強烈な感情を隠そうともしないので、スーラントは思わず身構えてしまう。しかしランドールが捕まえに来たのはニアではなく、スーラントだった。やはり彼は、ニア本人と妙な距離を置いている。それに、今日は全然変なテンションでニアに絡んで来ない。

 色々と考えてしまったので、回避が間に合わない。片腕を掴まれ、壁際へと引っぱられる。この数秒間でできる事と言えば、目に見えて慌て出すニアを、手振りで落ち着かせるくらいだ。ローズがついているが、小さな妖精のできる事はたかが知れている。護衛対象に今一人で逃げられては困る。

「ちょ、ちょっと、何でいるの?」

 ランドールは動揺していたが、声はしっかり押さえていた。警察と内緒話をする機会が、最近よく巡ってくるものだ。

「何で、と言われましても」

「護衛ってあれだよ? まさかそんな所に?! みたいな場所に隠して、危険が過ぎるまで大人しくさせておいて欲しい。という意味だよ?」

「ええ、分かってましたとも。私もそうしようと努力しました。ですが彼女、ずーーーーっと大人しく家で花冠とか編んでるタマじゃなかったっていうか」

「我が妹に対して下品な表現はやめてくれたまえよ。あの子はタマなんて汚いものはついてないんだからね」

「はい」

 スーラントは即座に返事をした。タマという単語を口にした瞬間、尋常ではなく怖い目に変わったからだ。素直な言葉を聞いて、ランドールはすぐに落ち着いた。よかった。スーラントは胸を撫で下ろす。おめでとう。スライムは今回も討伐されずに済んだ。ランドールは口に手をあてると、更に声を小さくする。

「でもね君。中央街には、例のアレが……まだアレでソレしているんだよ?」

「それでしたら返り討ちにしたので、今日はもう襲って来ないでしょう」

「本体と接触したのかい……?」

 ランドールは息を呑んだ。

「しかも返り討ちに」

「はい」

「いつ」

「さっき」

「マジで」

「マジです。ついでに有益な情報をいくつか掴んで来ましたが、聞きたいですか?」

 ランドールは即答せず、ひとつ唸り声を漏らした。タダで聞かせてもらえるとは思っていないらしい。彼は一部の真実を隠していたし、当然の事だ。肝心の情報を知らない状態で護衛しろ、と言われても困ってしまう。

「君みたいな男なら、妹だって簡単に押さえられておかしくないと思うんだけどね」

 ニアは猛獣か。ツッコミは心の中だけにしておいた。

「最初の選択を間違えたかな。アルの言う通り君に押しつけ……預けるんじゃなく、もっと早くから捜査も手伝ってもらえばよかった」

 今何か言いかけたな。

「本当に私でいいんですね?」

「派手に表彰はできないけど、そうしてもらえると助かるね」

 スーラントは目立つのが好きではないし、きちんと報酬がもらえるなら何も文句はない。ランドールは続ける。

「話を戻すけど、ここで話せる事ではないんだろう?」

「もちろん」

「じゃあ、後でアルを行かせるよ。なるべく近い内に」

 それでもいい。スーラントは頷いた。話がまとまって一時解決、としたいところだが、こちらからも言うべき事がある。

「ところで私、ニアお嬢様を全力で守ったので、腹がペッッッコペコでして」

「分かった分かった。好きなものを食べるといい」

 ランドールは苦笑いを浮かべている。笑い事ではなかったし、大量のお釣りをもらってもいいくらいだ。酷い目に合ってなお、警察に協力する意思があるのだから。それも心の中だけにしておいた。ランドールはようやく拘束を解き、やれやれと振り向く。その時ニアと視線がぶつかったが、すぐに目を反らした。ニアは無言でうつ向いて、ランドールが去るのを待っている。二人の態度を見ていると、こちらまで気まずくなってくる。


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