スーラントはランドールの事を知らない。だが、ランドールはスーラントの事をよく知っているようだった。ランドールの人となりを知りたいと思うのは、当然の事だ。

「おいおい、疑ってるのか? もちろん事件を解決するために動いてる。ランドール様も俺も仕事があるし、中央はキナ臭い。ニア様を守れないから、お前に託した」

「そうじゃなくて、何だあの芝居がかったキャラは。大衆演劇の邪悪な貴族役だって、今時あんなのいないぞ」

「あれは……初等学校くらいからああいう発作が」

「ずいぶん早い中二病だな」

「彼の名誉のために言っとくが、中二病ではない」

「深い事情がありそうだが」

「言えない……。彼の名誉のためだ」

「教えてくれないか。麦酒もう一杯奢ってやるから」

「魔素で酔う体質なんだ」

 アルテマイシャは渋い顔をした。それ以上何も言わなくなる。麦酒一杯分の情報がこれとはしけている。スーラントがエルフの女だったら、もう少し聞き出せただろうか。ニアなら妹だし、どんな症状か知っているに違いない。スーラントは反対側を向く。

「魔素で酔うとは?」

「私にはよく分からないわ。最近あまり話さないもの。仕事で忙しいか、忙しくなかったとしても私を避けてるみたいだから」

 ため息混じりにニアは答える。複雑な兄妹だ。


「まあまあ、飲もうぜ。人の金で飲む酒は美味いな!」

 アルテマイシャが馴れ馴れしく肩を叩いてくるので、スーラントも気軽に追い払う動作をする。当然ながら、アルテマイシャは席を立たなかった。こちらが帰るまで付き合うつもりだ。今のところ、周囲に異変はない。魔力に敏感なスライムの感覚でも、怪しい気配は一度も感じていなかった。情報共有がてらゆっくりして行こう。



 屋台の椅子に座ってから、一時間ほどの時が過ぎた。交わす会話も他愛のない内容になってきた頃。スーラントは財布を取り出した。食事も終わったし、明日の準備もある。これ以上の長居は無用だ。

 先に自分の分を支払ったアルテマイシャは、別れの言葉と共に空間転移で消えた。一瞬で家に帰れるなんて、羨ましい限りだ。もっとも、自宅に帰った訳ではないかもしれないが。酔った勢いで壁の中に転移ミスしないか心配だな。

 会計を済ませながらスーラントは、いかに事件の調査を進めるか考えている。帰ったら明日の準備だ。それを伝えると、ニアがやる気満々の短い返事をした。





「やっぱり、こんなのって想定外だわ。なんて酷い仕事。思ってたのと全然違うじゃない」

 ヴァルグレン家のお嬢様は、朝っぱらからこっちご機嫌斜めだった。馬車に揺られて頬杖ついて、不満げに口を尖らせている。ニアの頭の上にいるローズも、何故か同じ表情だ。彼女の髪がすっかり気に入ったらしい。ローズに返事をすると独り言になってしまう、という訳で、仕事中は黙っていてもらっていた。

 ニアの機嫌が悪い理由は、はっきりしている。昨日の夜、ヨルダの家へ帰ってからの事だ。スーラントは彼女に、効率のいい訪問順の計画書と、それぞれの家の質問リスト作りを手伝わせた。


 スーラントが足の間に挟んだ鞄には、今回の調査資料が入っている。ニアは真面目にメモを取っていたが、情報の扱いに難儀していた。教師の抗議を書き写すのとは少し違う。補助業務とはいえ、初めてやったので難しかったようだ。実際の探偵の仕事を身をもって知り、少なからずがっかりしたのだろう。スーラントは最初から、謙遜なんてした覚えはない。よってこの件について、機嫌を取ってやる気がなかった。

「どーーしても事件に首を突っ込みたいしどーーしても私の助手がやりたい、と言ったのは君だ」

「そうね。確かに言ったわ。なら、最後までやり遂げないと」

「物分かりのいいお嬢様で助かる」

「あなたこそ分かってないわね。本物のお嬢様は、わがままなんてなかなか言えないものなんです」

「へ~~~」

 スーラントは、馬車の外を眺めながら適当な顔で雑な返事をした。中央街ですれ違うのは、立派な襟をした人間ばかりだ。それっぽい服を持っていたおかげで、スーラントも違和感なく溶け込む事ができる。昔買っておいてよかった。おまけにスーラントは、言葉遣いだって品がある方だ。自分から言わなければ、東街から来たとは分からないだろう。

 ともかく往来は適度に活気があり、そこはかとなく平和だった。祭りか何かが予定されているのだろうか、壁や玄関は飾り立てられて、心なしか浮き足立ってもいる。馬車の中と違って。

 ニアはどうやら数秒前の記憶がないらしいが、あまりしつこくして喧嘩になると面倒なので言わないでおく。たかだか十数年しか生きていないヒューマンの子どもに、ムキになる必要はない。



 連続少女失踪事件は、彼女にとって初めての仕事だ。そしてスーラントも、助手を持った経験が一度もない。お互い手探りで難しいのは分かっていた。だからと言って事件は待ってくれないし、今もどこかで犯人が行動しているはずだ。危険をおかしても早く犯人を突き止めなければ、という強い思いで二人は一致している。

 探偵なんて地味な仕事だ。他人のごたごたに首を突っ込む以上、高確率で暴力沙汰や厄介にも巻き込まれる。だが華やかさに欠けた面倒事でも、彼女はやる気を失わなかった。仕事を投げ出さず、一生懸命に五件目までついて来た。悪を滅する聖剣で燃やされかけた、正体の怪しい存在に。

「なに、その顔」

「別に。なんでも」

 時計屋を通り過ぎて分かったが、時刻はそろそろ二時になる。ぴったりになれば、アマルサリア自慢の蒸気式時計塔から、鐘の音が鳴り響くだろう。そこまで考えて、突然スーラントは衝撃を受けた。彼女が今不機嫌な理由、その根本的な原因についてだ。長らく自分一人だけで仕事をしていたため、気がつかなかった。


 絶対に空腹だろう。人間は腹が減ると、多かれ少なかれ攻撃的になってしまうのだ。予想するのは容易だ。訪問はトラブルもなく順調だった。しかし五件まとめて回った事もあり、こんな時間までかかってしまった。売店のジュース一杯程度では、人間の腹は膨れない。五件目の家を出て馬車に乗ったら、突然この顔に見舞われる事になる訳だ。ヒューマンの子どもにかわいそうな事をした。そんな事を考えていると、ニアが口を開く。

「先生は悔しくないの?」

「何が?」

 不機嫌の理由がまだあったか。

「みんなわたしの方ばかり注目して、期待して、誉めそやして。わたしはただの助手で、探偵は先生の方なのに……」

「気に病む事はない。私は全然平気だ」

「わたしが嫌なの」

 スーラントは、曖昧に笑ってやり過ごした。高貴な者の悩みなんて、雑魚モンスター代表格スライムの自分には分からない。慰めてやる事ができないかわりに、話題を変える。もちろん、彼女にとって最高の話題だ。

「何はともあれ、君もよく働いてくれた。初仕事にしては上々だ」

「そう……?」

 ニアは満更でもない顔をしている。頭の上のローズが、上半身を使って何かを主張し始めた。何だ。今いいところなのに。

「さすがに腹ペコだろう。カミラに内緒で美味しいものを食べるか。パフェでもオムライスでも、パーッと行こうじゃないか」

「いいの? でも、大丈夫?」

 やっと食事ができると聞いて、ニアの目の色が変わった。ローズが両手を振り上げ、喜びを表現した。なんだ、その話か。

「なさそうに見えるか。分かるぞ。いつも金欠だから、金持ってなさそう感が顔全体にこびりついているんだろう。だが、今の私は一味、いや二味違うんだよな~」


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