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「また光って目眩ましとかできないか?」
『妖精が見えてないと、効果ねーと思う』
「絶妙に使い勝手の悪い虫だなあ」
『ちょっと仲良くなってくるとそういう感じか? お前の正体お嬢にバラすぞ』
「勘弁してください」
不良達は準備運動なんかしてやる気満々だが、スーラントは当然気が乗らない。子どもとの殴り合いは、彼の主義に反する。この街では、子ども好きで健全平和な自称探偵モブ顔ヒューマンで通っているのだ。
彼は己の信じる正義のために、力を使うと決めていた。この拳は、若く貧しい弱者を利用し、自分を陥れた不届き者へ振り上げるためにある。人間ではないかもしれないが、その時は余計に手加減なしだ。銀腕で締め上げて、百発くらいひっぱたいてやろうと思う。
「十秒経ったぞオラァァ!」
「覚悟しろやあぁぁ!」
「勘弁してくださーー!」
「い!?」
その異変は、叫んでいる最中に起こった。首根っこを強引に引っ張られ、視界が真っ暗になったのだ。地面のない場所へ放り出されたと思えば、どちらが上だか分からなくなる。自分が誰かも分からなくなりそうになって、猛烈な恐怖が襲ってきた。花畑で初めて目覚めた時と、感覚が似ている。あれはスーラントにとって、自分史上最大のトラウマなのだ。気分が悪いの一言で表現できないほど、とんでもない感情に翻弄される。
核がふわりと浮いた感覚で、己の全てを取り戻す。元の世界にも無事戻って来られた。どうやらスーラントは、仰向けに寝転んでいるらしい。いや、背中の感覚からして水に浮いている。今いる場所は不明だが、生い茂る樹の枝葉が見える。更に向こうには青い空だ。ぼんやりしている内に、たかが一瞬の事だったと気づいた。
空間転移魔法だ。空間転移させられたのは、生まれて始めてだった。世界が変わった後もこんな高度魔法が使える黒エルフは、この街に数えるほどしかいない。そして空間転移魔法を得意とする、知り合いの黒エルフと言えば。
「ふふふざけるなよ、おいっ……!」
スーラントは手足をばたつかせ、叫んでいた。それはほとんど無意識にと言ってよかった。スーラントは普段目に見えて取り乱す事はなく、ある程度考えて喋るタイプだ。だが今回ばかりは、恐ろしい体験のせいで錯乱していた。核から直接言葉が溢れてくる。本体という名の中身が口から出そうなのに耐えながら、何とか岸へとたどり着く。間違っても今朝食べたものではない。スライムの消化時間は早いのだ。
「説明する時間がなかった」
「貴様アルテマイシャ! お前という奴はーッ!」
「うわっ汚ねぇ! ゴミを投げるな!」
手に触れた水を、手当たり次第掬って投げる。途中でゴミやら土やらが混じっていると気がついたが、怒りが静まるまでやめられない。やけに長い枝をくらえ。自然に還りつつある葉っぱもくらえ。空き瓶は……さすがに危ないので、投げずに横へ放る事にした。地面に叩きつけながら叫ぶ。
「人を池に落とすまでする奴があるか?!」
瓶は不愉快な音を立てて、泥の中へめり込んだ。
「焦ってお前の落下地点がズレた。すまんな」
「ごめんで済んだら警察はいらないんだよ! 怖いわー空間転移、思いの外怖いわー!」
「キレるほど怖かったのか」
「うるさいんだよぉ! 全部説明してもらおうか!」
「それはこっちの台詞だ。仕事はどうした?」
アルテマイシャの鋭い指摘で、スーラントの頭はようやく落ち着いてきた。服がずぶ濡れで、相変わらず気分は悪い。一度息を吐き、地面を見て、空を見る。ローズの安否を確認。鳥籠はちゃんと、腰のベルトについていた。中ではローズが、慣れないアトラクションのせいで白目を剥いている。軽く降っても応答がない。気絶しているだけで、生きているだろう。多分。
「悪いなローズ。巻き込んでしまった。まだ家に帰れそうにない」
呟いた言葉には、返事が返ってきた。よかった、生きてるな。
『いーよいーよ。あたしもマリア助けるの手伝いたいし』
「またバタークッキーの事考えてるでしょ!」
『ちげーよ。マリア、子どもらに好かれてっから。マリアも子どもら好きだし』
冷静になって分かったが、ここは東街公園だ。平日朝なのでそれほど人はいない。散歩道には犬を連れた老婆がいて、怪訝な目で見ていた。彼女はそそくさと離れて行く。こちらと目が合ったせいだ。ただの一般人だ。問題ない。スーラントは小声で話すために、アルテマイシャに近づく。
「彼女は信頼できる者に預けている。ちょっと情報を集めたら、すぐ戻るつもりで」
「者か。東街のとある場所?」
「そうだ」
「その服も、そいつから借りたのか」
「よく分かったな」
「センスが全然違うぜ」
二人はなるべく雑談をするように、自然にやり取りをした。アルテマイシャの発言を最後に、スーラントは返事をしなかった。不快に思ったからではない。もっと詳しい話をする場合、ここではまずい。どこで誰が聞いているか分からないからだ。アルテマイシャもそれを理解していたので、自分も連れていけと目で主張してくる。
だが案内する前に、彼が本当に味方かどうかを見極めなければならない。合言葉を言ってカミラの許可を取らなければならないし、お土産も買わなければならない。そして、とりあえず、今しがた聞こえ始めた警報からも逃げなければならない。
「そうなんだよな。お土産を買わないと……」
「は?」
「また締め上げられてしまう……」
「あ?」
のどかな公園に似つかわしくない、特徴的な警報音が響いている。追っ手が迫っていた。近くの派出所から出動した警察だ。あの老婆が通報したにしては早すぎる。スーラントは躊躇いもなく、疑いの目をアルテマイシャに向けた。
「お前……」
「違う違う! 俺達はハメられたんだ! 現場は混乱している」
「ランドールにか?」
「俺達は、と言っただろう。そうなら教会の時点で大々的に逮捕してる。わざわざお前を、こんな場所まで連れて来ないぜ」
彼は真面目な顔で、この俺がでっち上げの指名手配で友人を陥れる訳ないだろう、と主張する。嘘をついている顔……には見えない。ならば、スーラントが尾行されていたか。ありえない。スライムの鼻は人間よりも利くから、もしそうならすぐに気がつく。アルテマイシャが尾行されている説も、ありえないだろう。彼だってプロの刑事だから、気づかない訳がない。いや。
「君はまさか、特に周囲への言い訳も用意せず、慌てて中央署を空間転移で飛び出したんではあるまいな」
指摘するなり、アルテマイシャは即座に視線を反らした。彼はいささか繊細さに欠けるというか、直情的なきらいがある。バレバレだったのだろう。色々と雑とも言う。スーラントには容易に想像できた。ついさっきも、池に落とされたばかりだからだ。本人に嫌がらせの気持ちがないだけに、頭の痛い問題である。魔物を友と呼んでくれるのは、本当に嬉しい事だが。
「何だ、うっかりさんか? 残念なイケメンか?」
イケメン顔で遠くを見つめるアルテマイシャだったが、スーラントの追い撃ちは止まらない。そんな顔をしたって無駄だ。
「ポンコツか? 何百年物のポンコツだ?」
「凡骨にポンコツと言われてしまった……五十年は引きずりそうだ……」
「あっち行って誤魔化して来いよ。その間に私は逃げる」
「このスライム野郎。刑事を無敵だと思ってるのか?」
「時間がない。今夜いつもの場所で会おう友よ! ちゃんと理由つけて出てくるんだぞ!」
まだ何かを言っているが、無視してスーラントは走り出した。途中で獣のように跳躍し、手頃な樹に駆け登る。そこからはドラゴン撒き走法を使い、なるべく音を立てずに樹々の上をジグザグに跳ねて行く。実際にそんな走法はない。昔森に隠れ住んでいた頃、ドラゴンに追いかけられた時よくやっていた逃げ方だからこう呼ぶ。あとはアルテマイシャが、上手くやってくれるのを祈るのみだ。
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