5
ガラの悪い若者が五人ほど、東街教会の庭に集まっている。オークとヒューマンの若者で構成され、中には少女もいた。服装や顔つきからして、東街にたむろす不良集団のひとつだ。悪者の演技をしているようでもないし、昔どこかで見た顔もある。ただ、これで全員かどうかは分からない。彼らに囲まれて困惑する、シスター達の姿もあった。彼女達は面倒に巻き込まれているようだ。スーラントは思わず、集団の中へ入って行く。
「何かあったのか?」
「ごめんなさいスーラントさん。この人達、全然出て行ってくれなくて」
「子ども達は大丈夫。教会の中にいます」
「アマンダが見てるわ」
声をかけるなり、シスターが口々に言う。
一人の若者が嫌な笑みを浮かべながら、紙をヒラヒラさせてきた。何かと思えばビラだ。『連続少女失踪事件はやはり誘拐事件だった! 指名手配犯を探しています!』という文字と共に、邪悪な男の似顔絵が描いてある。賞金額五百万マルス。
見た事のない人物だ。スーラントは善良な市民を代表するモブ顔であって、農村への略奪を企むゴブリンのような顔はしていない。よくこれで同一人物と決めつけてきたものだ。人間から見れば似ているのだろうか。
『えっ似てなくね? むしろそっちのオークの方がまだ似てね?』
ローズのツッコミは、不良はもちろんシスター達にも届かない。妖精が見えない方が幸せな時もある。
「やだなー。お兄さん、何かあったのか? じゃないでしょ。賞金がかけられてるんだぜ」
「昨日、ニアお嬢様誘拐したんだろ? 調子に乗って大物に手ぇ出して、足がついたな間抜けめ」
シスター達は、全員でこちらを見つめている。不安と恐怖に揺れる人間の表情は、スーラントに過去の嫌な経験を思い出させた。
「嘘ですよね……」
「このビラ、街中に貼られてるみたいで」
「紛い物かと思ったけど本物みたいよ」
「そんな事してないでしょ?」
完全に嘘、とも言えないのが辛いところだ。スーラントは沈黙した。今この場で、事件の詳細を語れないと判断したのだ。世間一般的に、ニアが行方不明状態なのは事実だ。スーラントの隠れ家、もといカミラの家にいる。ここまで早く情報が漏洩するとは、全く思っていなかったが。ランドールが約束通り、できるだけ隠匿しておいてくれるものと考えていた。それが間違いだったのだろうか。
昨日ニアに何があったのか、どういう経緯で自分の元にいるのかを、ランドールは知っているはずだ。昨日直接やりとりをして、自ら護衛の依頼をしてきている。ニアの言う通り、彼女の兄が犯人なのだろうか。犯人でなくとも、何かを知っている可能性が高まってきた。そう言えばニアは、今の中央には戻れないと言っていた。スーラントが犯人にさせられているのと、何か関係がありそうだ。逃げれば肯定していると思われるだろう。だが、素直に警察署へ顔を出す方が危ない。誰が出て来るか分からない。
おもむろに、シスター達がどよめきだす。スーラントの沈黙を、無言の肯定と捉えたようだ。真面目に考えていたとはいえ、ちょっと真剣な顔をしすぎた。
「まさか、マリアがいなくなったのもあなたが……」
「やめなよレッティ」
「いや、私は無実だ。詳しい事は今言えないが……何だって? マリアがいなくなった?」
「そう。昨日のお昼過ぎ、中央へ用事があるって出かけて、それから帰って来ないの」
スーラントは、マリアの赤い瞳孔を思い出していた。人間とは思えない瞳。まるで、彼女がマリアでなくなってしまったような。
「おーいお兄さん」
スーラントは、少年の声を無視した。やはりあの時、手にでも触れておくべきだった。そうすればマリアの異常を、より深く知る事ができたかもしれない。スーラントは指先から、触れた者の魔力情報を記録できる。あの瞬間、気のせいで終わらせていなければ。
「おーい無視すんなって」
苛立ちを隠さない若者の呼びかけで、スーラントの思考が乱される。だが、こちらまで苛立っては駄目だ。相手は人間で、まだ未来ある若者で、そして恐らく誰かに利用されている。少女を集めて何かを企む邪悪な者が裏にいる。体液が沸騰しそうだ。勇者が夢見た理想の世界は、未だここにない。
「俺たちはあんたを捕まえる。そんで、この分け前でなぁ……!」
額に指先を充てると、黒手袋の感触がある。不規則な変動を繰り返す核振動を安定化、つまり人間的に言うと、深呼吸して体全体を落ち着かせる。
「でっけぇ家買って、みんなでシェアハウスするんだよ!」
「でっけぇ犬も買うんだよ!」
「じょーきよんりんナンチャラも!」
実に子どもらしい回答だった。落ち着くを通り越して、気が抜けてしまう。たとえ全額手に入れたとしても、そこまで豪快な事ができる額ではないだろう。スーラントはその衝撃によって、いつも通りの自分を取り戻した。
「なんという健全なドリーム。私の首が関係なければ、めちゃくちゃ応援していたところだ」
彼らの言動を見るに、やはり詳しい事情は知らなそうだ。高度な取引ができる手合いでもないだろう。年若く血の気が多い者に対してどうするかというと、こうする。
「君達ね、賞金が約束通りに分配されると思ってるのか?」
少年達の目がいっせいに揺れた。もう少し押してみるか。
「いいか、冷静になって考えろ。君達はいつだって、悪い大人に騙されてるんだ。無駄な苦労だけして、賞金は全部没収されるに違いない」
「ゴレンダンさんはそんな事いってぇ!」
感情のままに乗せられたお調子者が、背後の少年にひっぱたかれた。なるほど、背後にはドミニク・ゴレンダン。東街を裏で牛耳るグレイス・ファミリー……の三段くらい下の男だ。下級構成員の事を上級構成員はいつでも切り捨てるし、それ故下級構成員は独断で勝手をやる事もある。背後にグレイスがいるかもしれないが、マフィアと関係ない者かもしれない。その個人、もしくは集団が少女達を誘拐している可能性は高いだろう。そして、都合がいいのでスーラントを犯人に仕立てようとしている。ニアの警告通り、ランドールが一枚噛んでいるのだろうか。
「あーあー。お兄さん、ふざけてんの?」
奇抜な髪色のヒューマン少女が、大きな声を出して歩み寄る。両肩を上げるのは、人間の威嚇動作のひとつだ。意味としては、お前をぶん殴る用意はできているぞという具合で、ヒューマンとオークがよくやる。
「そのすっとぼけた態度、どこまで続けられるかなあ?」
誤魔化そうとしているのがバレバレだが、それはどうでもいい。今ここでぶん殴られたくはないので、両手を胸の辺りまで上げて掌を見せる。
確かにスーラントにとって、状況はかなり不利だった。不用意に間へ入ったせいで、物理的に囲む隙を相手に与えてしまっている。いつもならば、何か適当な事を言って仲違いでもさせて、その隙に逃げる手がある。だがここは教会だ。乱闘が始まれば、シスター達が巻き込まれてしまう。建物の中には子ども達もいる。不良達を、これ以上刺激するのは得策ではない。情報収集は切り上げるとしよう。次にする事といえば、逃走以外ない。
「三十秒待ってくれ」
「いや十秒だ」
リーダーらしきオークの若者が、軽く右手を上げて仲間を制する。案外良心的だ。さて、どう逃げるか。スーラントは相手に半分ほど背を向けて、素早くしゃがむ。腰に下げた鳥籠のローズと相談するために。
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