念のためと、裏庭にある木の下まで誘導された。シャーリーは他に誰も来ないのを執拗に警戒している。なかなか話が進まないので、こちらから話しかけた。

「さて、シャーリー。迷子の妖精さんの絵は描けた?」

 シャーリーはひとつ頷き、四つ折りにされた紙を出した。受け取って開いてみると、どう見ても妖精ではないものが描かれている。小さくて、丸くて、ぐしゃぐしゃに丸まった青いクレヨンの筆跡。彼女の絵心が壊滅的にないのか、それともスーラントの目がおかしくなってしまったのか。相手の困惑を気にしていないらしく、シャーリーは堂々としたものだ。青い光を放つ妖精という事しか分からない。実際シャーリーにも、ただの青い光にしか見えていないのだろう。最近の人間は、妖精が見えなくなってきている。


 彼女は無言で両手を上げ下げし、 屈むように指示してきた。今から機密性の高い情報が与えられるようだ。スーラントは地面に片膝をつき、背を丸めてなるべく顔の高さに耳を合わせた。両手を筒の形にしたシャーリーは、ぽつりぽつりと話し始めた。

「あのね、妖精さんのことはね、マリアにはナイショで飼ってるの。ぜったい言わないでね」

 ほう。

「マリアに見つかったらね、虫だから、サッチューザイかけられちゃうから、かわいそうなの」

 なるほど、それは可哀想だ。スーラントが心から同意すると、ようやく彼女の緊張が解れてきた。スーラントも殺虫剤は大嫌いだ。内緒話が終わるとシャーリーは、ポケットから丸めたちり紙を出した。中にはクッキーと思われる欠片が入っている。仄かにバターのいい香りがした。

「昨日マリアが作ってくれたおやつ。あの子はこれが大好きだから、匂いにつられて飛んでくると思うの」

 それから、と小さな鳥籠を渡される。金属製の小洒落た造形で、実用目的というよりはインテリアに近い。何も入っていないのは、元々いた妖精が今いないからだろう。調査に便利な道具までくれるとは、幼いながらしっかりした依頼主だ。金だけ渡してほぼ丸投げする依頼主は、彼女の爪の垢を煎じて一日三回飲んでもらいたい。シャーリーと別れようとして、気がつく。一番大事な情報を聞いていなかった。

「妖精の名前は?」

「輝かしき栄光の青薔薇ちゃん(ブリリアント・グロリアス・ブルーローズ)」

 スーラントは沈黙した。複雑な表情を隠す事ができなかった。聞き取れなかったと思ったのか、シャーリーはもう一度繰り返す。

「輝かしき栄光の青薔薇ちゃん(ブリリアント・グロリアス・ブルーローズ)。覚えた?」

「覚えました」

「ふくしょー!」

「……かっ、輝かしき栄光の……青薔薇ちゃん(ブリリアント・グロリアス……ブルーローズ)ね……」

 随分と長い名前だ。スーラントは容易に覚えられるが、口に出すのはだいぶ恥ずかしい。輝かしき栄光の青薔薇(ブリリアント・グロリアス・ブルーローズ)という名の、青い妖精の捜索。どんなものであろうと仕事は仕事だ。たとえ報酬が一輪の花だったとしても。だがノンブの言う通り、慈善事業は仕事でないのも事実だ。腰のベルトに鳥籠を下げて、シャーリーと軽く手を降り合う。マリアとの遭遇を避けるため、今度は裏口から出て行った。





 シャーリーと別れたスーラントは、東街公園を訪れていた。さっそく仕事をサボりに来たのではない。公園といえば普通休憩したり遊んだりする場所だが、スーラントにとっては情報を集める場所でもあった。それに運がよければ、ここでシャーリーの探している妖精が捕まえられるかもしれない。妖精が見えない人間は最近増えてきたが、妖精自体はまだ世界に存在している。彼らは鉄や人工物を嫌い、緑と水を好む習性を持つ。都会に住む妖精の大多数が、大半の時間を公園に集まって過ごしているのだ。



 スーラントは中央にある噴水を目指して歩く。共和国の公園には勇者一行像が配置されているのだが、これがなかなか美しくできている。ここ東公園には、黒エルフ大魔導師のハルマイシャ像があった。勇者を常に正しい方向へ導いたとされる彼女は、太陽の昇る方角を見つめている。今日も変わらず、微動だにせず。


 休日のお昼前という時間もあって、親子連れや休憩中の労働者がそれなりにいた。ピクニックと洒落込む恋人やら、スポーツをする若者やら。数え切れないほどの鳩も、地面に落ちた餌を探して歩き回っている。こんな中で、輝かしき栄光の青薔薇ちゃーん(ブリリアント・グロリアス・ブルーローーズ)などと大声で叫ぶ訳にはいかない。平和な昼時に公園のド真ん中で珍行動をする男がいたら、エルフの思念通話広域ver.よりも早く周囲の注目を集めるだろう。ただでさえ巷は、連続少女失踪事件のせいでピリピリしている。そもそもスーラントは目立つ事が嫌いだった。顔をわざわざ平々凡々な作りにしているのも、目立たないようにするためだ。


 だが、ちょっと恥ずかしい言葉を叫ぶ必要はない。今日のスーラントは秘密兵器を持っている。道中の花屋で買った適当な混合花束だ。妖精は昔から花が大好物なのである。特に、花屋で懇切丁寧に育てられた瑞々しい花が。いつも同じ花屋で買うので勘違いをされてしまい、ついに価格をサービスされてしまった。スーラントには恋人などいないのだが。気まずくなってきたので、そろそろ花屋を変えなければいけない。そんな事を考えながらスーラントは右手の花束を掲げ、香りが拡散するように軽く振る。そのままの態勢で、すぐに身構える。


 覚悟の形相をするスーラントだが、決して大袈裟ではない。数秒後には想定通り、大量の光球が魔王の軍勢かくやという勢いで突撃して来る。色は様々だし興奮により発光量が多く、まともに見ると目が眩む。蜂の巣を突っついたような騒ぎだ。迫力に負けたスーラントは、しばらく動けなかった。パン屑を撒いた途端に鳩が殺到して、たちまち鳩団子にされる哀れな人間の様相だ。普段鳩を低能だ何だと馬鹿にするわりには、こういうところが鳩と瓜二つではないかとスーラントは思う。同族嫌悪というやつかもしれない。

 十分引きつけたところで、噴水前からゆっくり退散する。妖精達と会話をしようとすれば、スーラントの独り言になってしまうからだ。なので、目立たない場所へ移動する必要があった。近くの木陰に辿り着くまで、光球はほぼ全員ついてきた。滅多にない御馳走を前にして、食欲には勝てないらしい。


『『『俺の花だズルいわ邪魔何ガーベラ押さないで』』』

『『『カスミソウ何なのよバラだバラちょっとお前にはやらんコイツぅどきな』』』


「やかましい!!」

 スーラントは花束を大きく降った。上から、下へと。遠心力に負けた妖精が数匹、ぼとりぼとりと地面へ落ちた。あれだけ騒いでいたのが嘘のように、一斉に黙りこくる。妖精の大多数が、体から放たれる光を弱めた。少しは落ち着いたようだ。



 スーラントはかつて花束だったものを抱いて、木の下へ座り込む。美しかった姿は、見るも無惨になっていた。元気だった花や花屋の笑顔を思い返して、毎度のことながら良心が痛む。妖精達は透き通った翅をひらつかせ、つぶらな瞳でスーラントを見上げる。妖精は花が大好物なのである。そして、残酷な生物である。体は蜜蜂のように毛だらけだし、歯や爪も鋭い。この世に生きる生物は大抵、残酷な一面を持っているものだが。


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