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自然と危機に向かって走っていく感覚が不思議でたまらない。

猪突猛進とはまさにこのことなのかとたぶん人生でもなかなか味わう機会はないだろう。

そんなレアな体験を噛みしめることもできないで、化け物の前まで来てしまった。


しかし、止まることを知らない今の僕はそのまま突っ込んでいく。


そして拳を振り上げ本能のままに食らいつくように殴りかかった。運のいいことに化け物は身動き一つすることがなかったので、真正面から殴ることができた。


今まで感じたことのない感触で、例えるなら箸で豆腐をつかもうとして潰してしまうあの感覚だ。


化け物のその猿のような顔が破裂した。

綺麗に肉片が飛び散っていった。

しかし、嫌な感覚は消えることがなかった。それもそのはず正面の対象物は顔が破裂したというのに微動だにしていないではないか。

また、顔の付け根に拳が接着しているのではっきりわかる。


まだ、鼓動による振動が鳴り止んでいない。それどころかどんどん速くなっていく。

長距離を走っている選手の脈拍のように。高まっていく。


その瞬間、嫌な感覚は現実に行動として現れた。


グチャッ


異様な音がした。僕の耳が確かならその音は自分の身体、しかも生物にとって最も大事な左胸あたりから。


恐る恐る首を下へ向け見てみる。


そこには真っ赤なハート型の臓物らしきものが浮いている。いや、浮いているのではない、一見すると見えなかったがよく見てみると緑色の太い丸太のようなものが僕の身体を突き破りその先っぽに僕の命の代名詞たる心臓がついている。


さらにさらに目を凝らしてみると、丸太ではないのが見て取れた。それは蛇だった。


何度も見直さねば理解できない状況と思考能力の低下が実感できた。


「あれ、どんどん暗くなってきた。なんだこれ。」


とても間抜けな声がでた。命の終わりがやってきたのだ。当たり前のことだろう。


後ろの方から足音が微かに聞こえてくる。

京極が走って追いかけてきた。焦ることも狼狽えることもせずその顔はまるで能面のように感情を捨てたものだった。


ある程度の距離まで近づいて急に止まり。なにやら御札を右手に持ち何かを唱え始める。


もはや何を言っているのかうまく聞き取れない。

そして、次の瞬間後ろから光の矢が飛んできた。


どうやら後ろから僕の胸を貫いていた蛇を切り伏せたようだ。


僕は力なく前へ倒れた。



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痛いとかの感覚は既にない。

命が終わりゆくのが感じられた。どんどん身体から熱が失われていく。

寒い寒い寒い寒い寒い寒い。いや、熱い?熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い。寒い寒い寒い寒い寒い寒い熱い熱い熱い熱い熱い熱い。


熱いと寒いの幻覚のなか昔の記憶が飛び交ってきた。走馬灯とはこのことか。

まだ小さかっさころに連れて行ってもらった遊園地。誰かの手を引いていた。

入学したての小学校、誰かを心配していたあのころ。

中学生、嫌々ながらもやった部活。誰かが応援に来てくれた。とても嬉しかった。


何かを忘れている。このままでいいのか。

いやきっと何かの間違いだ。そんな何かは知らない。知らない?忘れている?

誰かが叫ぶ声を最後に聞いた。それはとても懐かしく愛おしく弱々しいとても悲しい声だ。

何かを誰かをそのままでいいのか。いや、良くない決して決して断じて良くない。

助けるんだ。

救うんだ。

迎えにいかなくちゃ。

あの華奢で今にも折れてしまいそうなほどか弱い手を引いてやらなきゃ。なんのためにこんな自分になったんだ。

役割を果たせ。

責任を果たせ。

死んではならない。いいや違う。死なないんだ。そのための身体だ。


さあ起き上がろう。そしてまずは目の前の邪魔者の排除から始めよう。


呪いのような祝福の下、僕は立ち上がった。


先程まで倒れていた場所にはかつて自分の源であったはずの心臓が転がっていた。だが、胸に手を当ててみると貫かれた穴はもうない。


京極が言っていた死なないということが初めて理解できた。


「ようやく起き上がったようね。よく眠れたでしょう。起きたのなら早速あいつを仕留めて頂戴。もうそろそろ限界よ。」


僕が起きるまで一人であの化け物の攻撃を避け続けていたようだ。そのボロボロになった格好を見る限り戦闘タイプでないのは確からしい。


「任せきりにして悪かったな。後でなにか奢ってやるからそれで勘弁してくれよ。」


随分と頭がスッキリしている。自分のすべきことが何なのか少しわかったかもしれない。


「新しくこの辺に出来た小洒落たケーキ屋でいいわ。」


僕のお財布との相談はさせてもらえなさそうだ。


「楽しみしててくれっよ」


言葉尻と同時に化け物に飛びかかる。

背中に羽が生えたかのように身体が軽く感じる。


頭のない怪物の先程潰した頭に掴みかかり真っ赤な肉の飛び出た首に再度拳を突っ込む。

今度は一度だけでなく何回も何回も。

化け物の血をシャワーのように体中で浴び続ける。一度殴るたびに飛び出る飛び出る。

あたりは血の海ができあがる。


もちろん化け物は暴れまわろうとする。


振り回されることなくしっかりと掴み、息の根を止めるまで離さない。


そして殴るのを中断し、今度は肉を引き裂いた。

みるみるうちに虎の足も狸の胴体も形を変えていった。

最後の締めはもちろん心臓だ。普通の動物と同じようなとこにあるのかは心配だったが大きな鼓動のする方へ引き裂いていくと。その紅き宝石は姿を表した。


心臓をもぎ取りその血みどろの戦いに終止符が打たれた。


「獲ったどーー!!」


こいつが言ってみたかった。


その姿は血にまみれたなにかにしかみえなかった。客観的にみるとやはり化け物と言われても仕方のない光景が広がっていた。


「終わったようね。仕事は終了よ。お疲れ様でした。」


遠くに避難していた京極がどこからともなく現れ、ペコリと礼儀正しく僕らの終業を告げた。


「お見事ね。流石はあの人が見込んだ化け物といったところかしら。」


「あの人?」


「気にしなくていいわよ。そんなことよりも貴方。その血みどろよ。あまり近寄らないでほしいかしら。」


「貴方じゃない。まあそれも新婚プレイのようで良いけれど、いい加減名前で読んでくれよ。教えただろ。」


京極が驚いた顔をした後、少し照れながらも


「わかったわ。八重桜雅やえざくらみやび君。改めて言うわ。血がついて汚いから近よらないで。」


随分と棘はあるがようやく名前をよんだ。

これで一歩前進かな。


「そうそうそれでいいんだよ。ん?ちょっと待て、せっかくあの化け物倒してやったのにそれはないんじゃないか。」


「なによ。嫌なもの嫌と正直に言ったまでよ。」


「その前にありがとうとかはないのかよ。」


「仕事だもの。ないわよそんなの。いいからとっととその血を流してきなさい。」


そんな言い合いをしながら本日の業務は終了した。

かなり時間が掛かっていたようで夜明けが近かった。寝る暇もなさそうだ。

これが日常になるのだとしたら僕の寿命はだいぶ縮むのではないだろうか。

あーそういえば死なないんだっけ。あれだけ怪我して元通りなんだから。


あれっ?確か死にそうなとき何かを……だめだ思い出せん。

まあいいか。

この仕事を続けていくと死にそうになるのなんて一度や二度でないだろうし。

ゆっくりと思い出せばいいか。


学校の宿直室のシャワーを借りてスッキリしたところでもう朝だ。

さあ新たなる一日を始めよう。また今夜あんなことがあるなんて考えたくはないけれどね。



追伸:シャワーで血を洗い流すときシャワー室があたかも殺人現場のようになってしまって掃除するのが非常に大変だったため、血塗れになるのはゴメンだと改めて思った。

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