5

僕は頭を抱えながら急ぎばやに帰宅し、準備を整え京極との約束のため学校へと向かった。


外は暗く、人通りはほとんどなかった。普段のこの時間ならば少なくとも数人とはすれ違うはずなのに今夜は珍しく誰とも会うことなく学校へと行くことができた。


これもまたメンインブラックよろしく例の組織とやらの力だろうか。


僕が学校に到着し、京極がどこにいるのかと少し探し回っていると。僕の教室の明かりだけがついていた。


警備員の職務放棄には腹立たしいがそれもまた先程の道のりからすると当然のことであろう。


嫌な気分のままなぜか空いている昇降口のドアを開け、毎朝と同じ手順で自分の教室へと向かった。


自分の足音が鳴り響く。

明るいうちでは決して味わうことのできない感覚だ。

そして遂に教室の前まで来てしまった。


緊張とはまたなにか異なったざわつきがある。覚悟を決めるため小さく深呼吸を挟んで心を整えよう。


さて、鬼が出るか蛇が出るか、はたまたポンコツ美少女か。どの選択肢もよいものではないな。


ガラリとドアを開けた。


そこには京極が一人彼女の席で眠っていた。

かなり拍子抜けしてしまった。


なんともまあ気持ち良さそうに眠っている。この間の抜けた寝顔を守ってやりたいがそうもいかないので僕は彼女起こすために声をかける。


時刻はちょうど零時になった。


「おい、起きろよ。呼ばれて飛び出てきたんだぞ。」


間の抜けた寝顔は揺るがない。


「起きないといろいろとすごいことしちゃうかもなー。」


わざとらしくあからさまに言ってみた。


バッと体を急に起こして目覚めた。

本当はたぬき寝入りだったのではと思うほどの起き方だ。


「さて、なんの話だったかしら。」


寝てたのを誤魔化しだした。流石に無理があるだろう。


「すごい寝起きだな。」


「何を言っているのかしら。寝てないわ。」


あくまでシラを切り通すつもりだ。

面倒だしこれ以上突っ込むのはやめておこう。


「時間ぴったりね。いい心がけだわ。1分でも遅れたらはたいてやろうと思ったのに残念ね。」


なかなかに暴力的である。


「で?一体僕はどうすればいい?」


「そうね。まずははい、これ。」


彼女は僕に黒い革の手袋を手渡した。


「注文の品よ。他にも武器類を持ってきているけれどいらないんだったわね。」


「それでは仕事の詳細を簡単にミジンコでもわかるくらいに説明してあげるわ。」


「どれだけお前は僕が馬鹿だと思っているんだ。」


「いいから黙って聞いておきなさい。死なないにしても痛いのはごめんでしょ。」


僕の必死の突っ込みが冷淡な声でかき消された。


「まずはじめに。この世界は基本的に夜になると非常に危険です。理性なき化け物どもが湧いてきて人を襲うの。一般人には気づかれないようにそしてもし気づかれてしまってもそれなりの方法を用いて頭をちょちょいと弄って忘れてもらうの。だからこのことは関係者以外知らないのよ。」


「それなりとは具体的に聞いてもいいことなのか?」


京極は手で棒を持つジェスチャーをして。


「こうやってパシャリっとね。」


まさかのリアルメンインブラック!?


「というのは冗談で、詳しい方法は知らなくて良いことなの。私達は記憶を消すべきと判断したら本部に速やかに報告するだけでいいのよ。後始末は全部他の課の人達がやってくれるから。」


「他の課?」


「ええ。組織の中にはいくつもの課に分かれているの。うちは第4課。実戦専門の部署ね。」


「そしてあなたを保護したのは13課。」


「?ならなぜ僕はその4課の仕事を担当させられるんだ。」


「それはね、13課で保護することで他の誰からも文句を出させずあなたを手に入れれるからよ。13課ってね組織の中でもトップクラスの権力を保持しているのよ。」


「13課ねえ。命を救ってもらったところか。」


「それで13課というのは全ての部署のサポートに回るのが仕事なの。課によっては殉職が多いところもあるし人気、不人気がはっきりしているから人数にばらつきが生じるのよ。それを補うのが13課。だから貴方は4課に回されているのよ。」


「なるほどな。つまり4課ってのは死にやすいのか。それならいろいろと都合がいいと。」


ならもう少し早く13課の人が説明してくれてもいいのではないか。適当だなあ。


「13課はね、さっき言ったこと以外にも多くの仕事をしているのよ。その…孤児園とか、貴方を含めた様々な人材の保護に運営。…いい人たちよ。」


急に照れだした。京極は13課となにかあるのだろうか。


「話を戻すわ。理性なき化け物どもが現れたら本部からその地域の担当官に連絡が入るは私達はその指示に従ってそいつらを駆逐する。それが仕事よ。」


「たった二人でやるのか?」


「ええそうね。少ないかもしれないけれど仕方ないわ。この辺の担当に任命されたのだから。あ、あと言っておくけれど。私は弱いわ。肉弾戦なんてできないからね。サポートや遠距離系武器でしか戦えないから頼んだわよ。」


高圧的な態度だから実はその華奢に見える身体はムキムキなのではと思ったが見た目通りらしい。


「もう一つ言っておくと。私達が相手するのは理性なき化け物だけでなく理性ある最悪の化け物ともまた闘うわ。」


なんてこったい。面倒そうなことこのうえないな。


「そいつらは具体的にどんな奴らなんだ。」


「それらの多くは死なないわ。何処かの誰かさんと同じね。種類で言うなら、例えば吸血鬼だとか、悪魔だとか、あとは最も質の悪いのがいるわ。それは」


"神"よ。


あまりにも幻想的でファンタジーな答えに少しめまいがしてきた。本当にそんなのいるのだろうか。


「神?他の奴らはまだイメージが湧くが神とはまたどうして?」


「私達の組織は基本、無宗教よ。世の中にはね、奇跡というものが存在するのよ。そしてそれは神によって引き起こされてるというのが結論よ。」


「おいおいちょっと待ってくれ。今無宗教だといってなかったか?」


「ええ言ったわ。神の存在を認めているだけであって崇めているわけではないのよ。神というのは人の数だけ存在するとも考えられているわ。」


「そして神さまの奇跡がなにも全て人間の都合にあった働きをするものではないの。神というのは人間とは次元が違う。住む世界が違う。今まで貴方は地面の中の微生物を気にして生きたことがあるかしら。」


研究者でもない限り確かにない。


「そう。それと同じで大半の神はまともに私達になんて興味がないのよ。でも時折研究者のようにもしくは無邪気で好奇心の高い子供のようにちょっかいかけてくるものがいる。」


「それは私達のためになるものばかりではなく。無意識的に行われる。もしかしたら私達の世界崩壊に繋がるものも出てくる。どうしようもないといえばそれまで。でもなんとかしようというのが私達の役目よ。」


「そんなこともあるのか。驚きだな。」


「でも神がでてくるのは稀よ。それよりかは似た性質をもつ悪魔の事案の方が多いわ。悪魔なら対処の仕方があるからまだマシよ。」


「それと、貴方の事件の方もまた神か悪魔のような理性ある化け物が絡んでいる可能性が大きいわ。人間を化け物に変えるなんてそれぐらいしか考えられないしね。そうすると面倒なことにね。理性ある化け物は一度事が起きれば連発して事件が起きることが多いから気を引き締めて行かなければならないの。」


京極の説明がどうやら一段落ついたようだ。

それと同時に彼女のスマホが鳴り響く。特に面白みのない(いじりようのない)通知音だ。


そして京極の顔が曇りだした。


「連絡よ。私達のすぐ近くに通常個体の化け物が出現。直ちに討伐にあたれ。尚、討伐難易度は2。だそうよ。ちょうどいいわ。被害のでないここまでおびき寄せて狩ることにしましょう。」


期待してるわ。と急に色気出してきた。

おじさんたちはもうメロメロよ。4課のアイドルなのかもしれない。

やる気が少し出てきた。

掌の上でコロコロと転がされる玉の気持ちがわかったかもしれない。

___________________________________


広くて身動きの取りやすい校庭へと移動し、

京極が取り出したおびき寄せるための薬の入った信号拳銃を空に打ち上げた。


打ち上げてからたいした時間もたたずに地響きとともに動物園で見た象なんかよりも一回りも二回りもでかい猿の顔、狸の胴体、虎の手足を持ち、尾は蛇の化け物が現れた。


「鵺か…やるしかないわね。」


京極は冷静さを崩さない。

見習いたいものだがそうもいかない。とてもではないがあれに勝てる気はしない。と、思うはずであるのに。というか思ってほしいところだが、冷静ではいられないものの恐れを抱いているのではなく。僕の心はなぜか闘争心に満ちていた。あんなのに負けるはずがないと。自分のほうが上であると。


なぜだろう。

明確なる自分の変化に狼狽さえする。


誰にも強制されていないのに一歩前へでる。

気がついたらもう一歩前へ。さらに前へ。 


僕の足は止まらなかった。

そのままあの化け物の方へ向かって走る。

もう止められない。


この不思議な自信に自分自身疑念を抱いて。

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