少年A
火事騒ぎがあってから、少しずつ僕の浮ついた存在感は薄まり、周りと馴染めるようになってきた。
不審火という大きな事件が起こってしまったから、僕の絵のことなんてどうでもよくなってしまった者が多いのだろう。
中には僕が放火犯なのではないかと疑う者もいた。
僕はいつ真実が表沙汰になるか心配でならなかった。
しかし、当事者の一人である〈やっち〉が適当なことを言いふらし回っていたらしい。彼のおかげで、上手い具合に僕への疑いの目は逸れたようだ。
そこでもまた僕は〈やっち〉に助けられた。
僕と〈やっち〉との関係は学校ですれ違ったときに挨拶する程度。
それは以前と変わらなかった。
その方が二人の関係に干渉してくる人が少ないだろう。
僕ら二人で決めたことだった。
〈やっち〉がどうしてそこまでして守ってくれているのかはよく分からなかったが、守られている以上感謝しなければならないし、いつかは恩返しをしたい。
「かずま、ちょっと来てくれ」
僕は委員長に呼ばれた。
珍しいなと思いながら後を追う。
委員長は〈やっち〉と同じ運動部に所属していて、その部の部長でもある。
彼らは仲が良いから、委員長も放火の真相を知っているのかもしれない。
その件で呼び出されたのだろうか。
炭酸水の泡みたいに不安感が湧き上がってくる。
でもなぜだろうか。その泡がすぐに弾ける感じがする。不思議と心が軽い。
空き教室に着いて中に入ると、何種類かのプリントが何十枚も重ねられていて等間隔に並べられていた。
「ホチキス留めの作業を手伝ってほしい」
拍子抜けした。
「なんで僕?」
「暇そうにしていたから」
僕は黙って作業に取り掛かった。
作業を二人で黙々と進めていった。
紙をめくる音とホチキスを留める音だけが何度も繰り返された。
「あんまり触れられたくない話題だろうけど」
そう委員長が口を開いたので体が強張った。
やはりホチキス留めの作業はただの口実で、この話題を振るのが目的だったのか。
「お前が黒板に描いた絵。凄く上手かったな」
ああ、そっちか。
深緑の池。水面に浮かぶ花びら。葉桜に変わりゆく木々。
深緑の黒板に馴染んでいたあの絵が、脳裏に映し出される。
「見たの?」
「ああ。部活終わりで完全下校時刻ぎりぎりだった。
教室へ忘れ物を取りに戻ったら絵が完成されていた」
ということは、黒板の絵は女子生徒が話しかけてきたあの朝に消されたのか。
「その時〈やっち〉も一緒にいたぞ」
僕は思わず作業の手を止めてしまった。
体中が熱くなってくる。心臓のあたりから嬉しさがだんだん滲んでくるのがわかった。
「え、〈やっち〉が?本当に?」
「ああ。俺についてきていた。写真も撮っていたな」
一番〈やっち〉に見て欲しいと思って描いた絵。
僕の知らないところで願望が叶っていた。
「よかった」
本当に良かった。それが本心だった。
「出る杭は打たれるものだ」
委員長は言う。
「だが、出過ぎた杭は打たれない。見ている人はちゃんと見てくれているものだと思う」
静かに頷いた。
僕は、これからも末長く絵を描いていけそうな気がした。
作業を再開する。
けれど頭は絵のことでいっぱいだった。
さて、これから何を描こうかな。
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