第9話 二度目の邂逅

落ち着けお前ら。


「どどどうしましょう! 里のニート達はそのモンスターの駆除に出向いているのでしょう? いくら上級魔法が使えるくろねがいたとしても、かなり危険ですよ! ……確かゆんゆんは中級魔法が習得出来ましたよね……?」


「嫌よ! いくらこんな状況でも中級魔法を覚えるなんて!」


 ……落ち着け。


「何を薄情なことを言っているのですか! 親友とその恋人がピンチなのですよ! ほら、親友を助けると思って!」


「おいちょっと待て。俺はお前の恋人になった覚えなんてない! それに、めぐみんなら上級魔法を習得出来るじゃないかってゆんゆん! 親友なんて甘い言葉に騙されるな!」


 ゆんゆんが「親友……」と呟きながら冒険者カードに手を伸ばすのを食い止めながら、今後の行動を考える。


 まず、このまま全員でめぐみんの家へと向かうパターン。


 一見これが一番安全そうに思える。


しかし、里の入り口付近に集まるモンスターの数が、何故かほとんど減っていないのだ。


 言うまでもないが、この里のニート達の強さは尋常ではない。それに普通の大人も加えれば、王都の戦力にも匹敵しうる強さのはずだ。なのに、何故こうも苦戦しているんだ?                


以前魔王軍が千体近くのモンスターを引き連れてきた時は、ものの数分で全滅させていたのに、何故?


 ……嫌な予感がする。


 しかし、横で騒ぐ二人を置いていくことも出来ない。


「…………こうするしかないか。二人とも、早くめぐみんの家に移動するぞ」


「何故そんなに冷静なんですか? まさか、この里に来る前は何度も死線を潜り抜けた凄腕の魔剣士だったり……?」


「あながち間違ってないな。電脳世界で魔法と剣技を使いこなしてた時期もある。……ってそんな話、今はどうでもいいんだよ。いいか? 二人をめぐみんの家まで送ったら、俺は向こうの援護に向かう。二人はめぐみんの家から出るなよ、OK?」


「え……一緒にいてくれないの……?」


 少し不安げな様子のゆんゆん。


「そうしたいのは山々だが、ちょっと心配でな。余計な心配だとは思うんだが、援護に行かないとヤバイ気がするんだよ。俺の代わりに、このくろね特製エリス様人形を置いていくから」


 そう言って、魔道具が入った袋からエリス様人形を取り出してゆんゆんに手渡す。


 人から物をもらったことがそんなに嬉しいのか、歩きながらもにへらと表情を緩ませていた。


「そんな物を作っていたのですか? くろねって学校を卒業してから自由に拍車がかかってますよね」


「まぁな。金がそれなりに貯まったらこの里を出て旅に出るつもりだし、この程度は自由の内に入らねぇよ。冒険で得た金で、なにかお父さんとお母さんにも恩返ししなきゃだしな」


「その時は、是非私も同行します」


「別にいい。なんだか嫌な予感がする」


 おっと、そんなことを話している間にめぐみん宅の近くまで来たようだ。


「すぐそこを曲がればめぐみんの家だな。んじゃ、俺こっちだから。家から一歩も出るんじゃないぞ」


「分かってますよ。くろねも気をつけてくださいね」


「ちゃ、ちゃんと帰ってきてね!」


「分かってるよ! 俺だって、そう何度も死にたくないからな!」


 


 里防衛の最前線に到着した俺の第一声は。


「うわぁ…………」


 だった。


 ちょっと前に俺が吹き飛ばしたシルビアがいるだけでも気分が滅入るのに、今回は面倒くさそうなモンスターも一緒だった。


 黒い鱗を持つドラゴン。その上にシルビアが乗って暴れまわっているようだ。


「……つーか、あいつ誰だよ」


 俺の視線の先には、いかにも強そうな魔剣を手にモンスター達と戦う勇者様がいた。


「僕が負ければこの里が滅んでしまう……! 負けるわけにはいかない!」


 そんなことを言っているが、この里がそう簡単に滅ぶわけないだろ。その証拠に、そこら辺に倒れる紅魔族の多くは余裕そうな表情で勇者様の様子をチラチラと窺っている。おそらく、勇者様がピンチになったところで颯爽とモンスターを倒すつもりなのだろう。


 悪いな皆、その役は俺がもらうぜ!


「おい、大丈夫か! 助けに来たぞ!」


「「「「「!!」」」」」


 バサっとマントをはためかせながら、颯爽と勇者様の前へ登場。


 ふっ、決まった……! って俺、紅魔族のセンスに毒されてきてないか? この里ではゆんゆんと俺だけがまともなセンスの持ち主だったはずなのに。いや、郷に入っては郷に従えという言葉があるじゃないか。俺はその教えを忠実に守っているだけだ。うん。


 穴だらけの理論で自らを納得させ、ドラゴンを見据える。


 結構高い位置を飛び回っているせいで、俺の剣では射程が圧倒的に足りない。


 かと言って立体機動装置なんか使った日には、高速で飛び回るドラゴンに振り回されて地面に叩きつけられるのが目に見えている。


 一回の戦闘で二回までしか使えない上級魔法を使うしかないか……と俺が魔法の詠唱を始めると、勇者様が。


「頼む、少し協力してくれないか? 僕の魔剣を当てることが出来れば、あのドラゴンだって倒せるはず。だから君には、あのドラゴンをどうにか落としてほしいんだ」


 いきなりそんなことを言ってきた。


 俺は頷いてから、一言。


 


「嫌だ」


 


「「「「「えっ」」」」」


 


 周りの声がハモると同時、俺は魔法を解き放つ!


 手柄は全部俺がもらった!


「『カースド・ライトニング』!」


「あら、あの時やってくれたボウヤじゃない! ちょうどいいわ、『世界を滅ぼしかねない兵器』を手に入れるついでにあなたも始末してあげるわ! ファフニール!」


 俺の放った魔法はファフニールの眉間に突き刺さった。はずなのに。


「なんで無傷なんですかねぇ……一応本気で放ったはずなんだけどな……」


「ファフニールにはそんな魔法効かないわ! さて、ファフニール、行くわよ! 『ポイズンブレス』ッ!」


 なんだかアニメ版ポケモンみたいだな……と馬鹿なことを考えている内に、ファフニールは息を吸いきり、後はブレスを吐き出すだけだった。


「避けるんだ!」


 横から勇者様の声が聞こえてくるが、無視無視。だって、後ろには大勢の紅魔族が倒れているんだ。ここで避けるわけにはいかない!


 ……まぁ、皆テレポートの詠唱を終わらせてるだろうけどな。


 俺は背中の『乖魔剣・双』を抜き、ファフニールに向ける。


「なにをやっているんだ! 剣でブレスを切れるわけないだろう!」


 ……うるさい勇者様だな。


 後で超電磁砲でもぶつけてやろうかと悩む中、ファフニールのポイズンブレスが放たれた。


「案外あっけなかったわね。やっぱりあの時の魔力は偶然だ…………ッ!?」


「あっけなかったわね。だってよ! はっははははは! あんなヘッポコ攻撃が当たるわけないだろうが!」


 当然ながら、俺は『万象乖離』を発動していた。


 今回乖離させたのは、俺ではなくブレスそのもの。


 そうすれば、後ろの奴らにもブレスは当たらない。


「くくくっ……やべぇ、腹が痛い…………!」


「……上等だてめぇ! 今すぐ八つ裂きにしてやるよ!」


 俺の煽りによほど腹が立ったのか、形相も口調も一変させて俺に襲い掛かるシルビアとファフニール。


 だが、それすらも俺の計算の範疇。


「さて、勇者様! ここまで低く落とせばさすがに当たるだろ! 後は任せるぜ!」


「分かっているよ! はあっ!」


 勇者様が、かなり低くまで降りてきたファフニールへ魔剣を一閃。


 その斬線をなぞるように、ファフニールの巨躯は真っ二つに切り裂かれた。


「さて、せっかくファフニールを連れてきたのに、またまた俺に倒されるなんて、本当についてないよな。さぁ、諦めて俺に討伐されるんだ。魔王軍幹部となれば、それなりに賞金もかかってるだろ? 俺の旅の資金となれ!」


「なっ……! 君、い、今彼女が魔王軍の幹部だって?」


「え、知らなかったのかよ。そうだ、あいつは魔王軍の幹部……らしい。ちなみに俺はあいつに単独で勝利してるから、安心しろ……っておい、なに震えてんだ、チキンかよ」


 シルビアが魔王軍幹部だと知った途端、先程の勇敢な態度はどこへやら、ただのチキンな冒険者へと成り下がってしまった勇者様。


 そして、それを見ていたシルビアはフッと笑うと。


「へぇ……ボウヤ、使えそうね。『バインド』!」


 ビビッていたせいで反応が遅れた勇者様は、魔剣をその場に落としたままシルビアの腰のロープであっという間に拘束されてしまう。


 シルビアと密着したままロープでグルグル巻きにされた勇者様の顔は少し赤いが、そんなことを気にしてる場合じゃないだろ! 少し離れたところで見守ってた取り巻き二人がすごい目つきでお前を見てるぞってリア充かよ爆発しろ。今度めぐみんが爆裂魔法を覚えたら殺ってもらおう。


 勇者様が人質にされているためシルビアには手が出せない。一瞬リア充への怨みをあいつにぶつけてやろうかとも思ったが止めておこう。さすがに外道すぎる。


「もし誰かが動いたら、この子の命はないと思いなさいな!」


 


 そう言って、動かない俺達の間をすり抜けたシルビアは、里の中へと向かっていった。


 


「さて、皆どうする?」


 シルビアが見えなくなった瞬間、その場に倒れていた皆に問いかける。


 すると、「なんだばれてたのかよ」だの、「あの勇者の魔剣……いい!」だの言いながら全員がケロリと起き上がった。


 というか、あれでばれてないと思ってたのかよ。しかもお前ら、途中で「えっ」って言ってたよな。もしかして無意識?


「ちなみに俺は追いかけるつもりだけど、皆はどうする? ……って聞くまでもないか。じゃあ、行ってくる!」


 勇者様が落とした魔剣を拾い、俺は立体機動を開始する。


 そう、聞くまでもないことだった。


 この里のピンチなんだ。皆、やることは一つ。


 


 俺と戦って弱ったシルビアに、格好よくトドメを刺すことだけ。


 


 立体機動装置で紅魔の里を飛翔する。


 シルビアは『世界を滅ぼしかねない兵器』を狙っていると言った。ならば、きっと地下格納庫にいるか向かっているはず。……でも、確かあそこって開かないはずだよな。俺は行ったことないから知らないけど。


「おっ、あれか。…………あれ?」


 ちょうど格納庫から勇者様が出てきたのだが、何故かシルビアはいない。


「おい、勇者様! シルビアは?」


 勇者様の横に降り立ち、魔剣を差し出しながら勇者様に聞くと、予想外すぎる答えが返ってきた。


「シルビアなら、地下格納庫の中に閉じ込めたよ。中は真っ暗だったし、後はこの魔剣があれば倒せると思う。それと、僕はミツルギキョウヤだ!」


「お前、どうやって格納庫を開けたんだよ? 確かあれって古代文字で開錠方法が書いてあるんだろ?」


「…………その古代文字は日本語だったんだ」


 それからのミツルギによる説明は、大体こんな感じ。


 あんな外見をしているシルビアがオカマだったこと。


 古代文字は日本語で、小並コマンドと書いてあったこと。


 それをうっかり口に出してしまい、口に出来ない内容で脅されたこと。


 そして、開いた格納庫の中にシルビアを突き落として閉じ込めたこと。


「……ミツルギ、この戦いが終わったら酒でも奢ってやるよ」


「…………ありがとう」


 よほど脅しの内容がトラウマになったのか、青ざめた顔で震えるミツルギ。内容がとても気になるが、これ以上ミツルギのSAN値を削るわけにもいかない。


「さて、ミツルギの魔剣ならシルビアを倒せるんだろ? 酷かも知れないが、後一押しだ」


「……あぁ、分かってるよ。後は任せてくれ……ッ!?」


「ん、どうした? ってなんだか地面が揺れてないか? なんだか嫌な予感がするし、一旦ここから」


 離れよう、と言おうとした刹那、突如地面が盛り上がり、土砂がその場に飛び散る。


「アハハハハッ! やってくれたわねボウヤ! 私達がただ兵器を持ち出すだけだと思った? アタシの名前はシルビア! 見ての通り――――」


 下半身をメタリックな蛇と化したシルビアは。


「兵器だろうがなんだろうが、身体に取り込んで一体化する力を持つ……魔王軍の幹部が一人! グロウキメラのシルビアよ!」


 月に照らされながら、勝ち誇った高笑いを上げていた。


 


 さて、結構ピンチな状況だ。


 さっき上級魔法を放ってみたが、メタリックな部分にあっさりと無効化されてしまった。


 まさかあれが、お父さんから聞いたことがある『魔術師殺し』なのだろうか? いや、間違いない。その証拠に、遠巻きに状況を観察していたはずの紅魔族の皆がいつの間にかいなくなっている。つまり、それほど魔術師殺しは強力なのだろう。


 どうしたものか……と悩んでいると、里の外れから爆音が響いた。


 ……なんだ今の。


 しかし、それがなにかはシルビアには関係なかったようで。


「あっちにも誰か隠れているようね? 私を何度も傷つけてくれた紅魔族も、今日でオシマイよ!」


 なんて言いながら、獲物を見つけたようにゆっくりと移動を開始した。


 ……本当にゆっくりと。


「……なぁシルビア? その、俺が言うのもどうかと思うけど、お前動くの遅すぎないか? ゆっくり歩いてる俺やミツルギと変わらないっていくらなんでも……」


 横をゆっくりと歩きながら、馬鹿にするようにシルビアに言う俺。


 それは傍から見れば、リードで繋がれていない犬を散歩しているように見えるかも知れないほどで、先程までこいつと俺が戦っていたなんて想像もしないだろう。


「うるさいわね! まだこの体に慣れてなくてうまく動けないのよ! これでも食らいなさいな!」


「はっ! 今更そんな炎の息が当たるかよ! 『万象乖離』ッ!」


「……出来れば後ろにいる僕のことも考慮してほしかったな」


「あ、悪い悪い。こいつを煽るのが楽しすぎてすっかり忘れてた」


 炎の息をモロに食らい、鎧中が煤塗れになるミツルギに全く心の篭っていない謝罪をしながら、俺は森の中を歩く。


 後少しで爆音の発生源に到着する、というところで、いきなりシルビアが急激に加速して俺達を振り切ろうとし始めた。


 恐らくだが、ギリギリまで体に慣れていないフリをしておいて、爆音の発信源に近づいてから一気に振り切ろうという魂胆だったのだろう。でもなぁ……。


「ミツルギ、お前は本気で走れば追いつけるよな!」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! さすがにあのスピードには……って早!」


 さすがに足では追いつけないと判断した俺は、立体機動に移行。


 息を切らしながら走るミツルギを置き去りに、俺は一瞬でシルビアに追いついた。


「へぇ……面白い魔道具ね。ねぇボウヤ、魔王軍に降る気はないかしら? あなたなら幹部になるのも夢じゃないわよ?」


「じゃあ幹部の枠を空けるためにも、まずはお前を倒さないとな!」


 現在立体機動を使ってはいるが、もう残り魔力が危ない。


 ただでさえ上級魔法を二回も使っているんだ。立体機動出来る時間は、後何分も残されてはいないだろう。


 内心焦りながらもシルビアの後を追いかけていると、突如シルビアが立ち止まったかと思うと、獰猛な笑みを浮かべてこちらを向き。


「あらあら。確かあの子ってあなたに指輪を届けてくれてた子よね? なんであんなところに倒れてるのかしらね?」


 指輪? 届けた? あの時? 三つのキーワードにビックリするほど関連性がないせいで、シルビアがなにを言っているのか分からない。


 俺は記憶を掘り起こしてみるが、どうしても思い出せない。夜、魔法、そして何故か手錠と、断片的なキーワードは浮かんでくるのだが……。


 まぁそれが誰であれ、倒れているとなっては無視するわけにはいかない。


 多分、さっきの爆発に巻き込まれたのだろう。


 


 そう軽く考えながら見たシルビアの進む先には、見覚えのある二人の少女が倒れていた。


 言うまでもなく、めぐみんとゆんゆんである。


 


 それを見た瞬間、俺は残り少ない魔力のほとんどをつぎ込んで加速していた。


 何故? という感情が頭の中を巡るが、今はどうでもいい。


シルビアのメタリックな部分が二人に向けて振り下ろされる。


 その場に、ガキィン! と金属音が響き渡った。


「あらあら? いきなり血相変えて飛び出してきたわね。そんなにその二人が大事なのかしら?」


「……生憎だけど、その質問に答えている余裕はないんだよ。意外に自分の筋力ステータスが低いことにビックリしてるからな」


「後ろにその子達がいるから、さっきのよく分からない魔剣の能力も使えないのね。ボウヤ結構いい男じゃない。どう? 私のものになれば生かしておいてあげるわよ?」


「何故頑なに俺を引き込もうとするのかは知らないけど、お前オカマだろうが! 思いっきり遠慮させてもらうわ!」


 シルビアの攻撃を魔剣で受け止めながら、シルビアに毒を吐く。


 そう余裕ぶってはいるが、正直限界だ。魔力を限界まで使ったせいで体が重いし、そもそも俺の筋力ステータスが低いのもある。


 全く、どこまで魔剣の力を過信していたんだか。


「そう、残念だわ」


 そう短く言うと、どこからともなくナイフを取り出したシルビア。


 身動きが取れない以上、俺はどうすることも出来ない。


 目を閉じると同時に腹部に痛みが走り、俺は意識を失った。


 


 


 


 覚醒した俺の目に飛び込んできたのは、当然あの風景。


 そこで憂い気に佇む一人の美少女は。


「ここに来るのは二度目ですね。空夜黒音さん。先程、あなたの人生は終わってしまったのです」


 エリス様は、俺を見据えてそう告げた。


「…………あの二人は?」


「…………現在はミツルギさんがなんとか食い止めていますが…………」


 そう言ってエリス様は目を伏せる。


「…………エリス様」


「ダメです。私も出来ることならそうしたいですけど、あなたはもう二回も生き返っていますから」


「…………ずっとなんて無茶は言いません」


 もう、俺に出来ることなんてこれくらいしかない。


 自分でも馬鹿なことを言っているのは分かってるし、そんなこと不可能であることも分かっている。それも全部ひっくるめて承知の上だ。


「……お願いします。エリス様、三分間だけ、いや、一分だけでもいいですから、俺をあの世界に戻してください。それが終わったら、問答無用で日本に転生させるなり、天国に送るなりしてくれて構いません。だから……」


「……無理です。一回目はともかく、二回はさすがに…………」


「……俺がシルビアを絶対に倒す、と言ったら?」


 分かってた。こんな自分勝手な願いが叶うわけないってことは。ならば。


 


 俺を一時的にあの世界に戻すメリットを提示するしかない。


「魔力さえ回復すれば、俺は絶対シルビアに勝てます。そうすれば、魔王討伐にまた一歩近づくはず。悪くない条件だと思いますよ?」


「た、確かに悪くない条件ですが……天界規定により、一度しか蘇生出来ないと決まっているんです……」


「勿論知ってます。もう二回も生き返ってるし今更な気もしますけどね。そもそも、俺を蘇生させる必要がないじゃないですか」


「……え?」


「俺を一時的にあの世界に戻してくれるだけでいいんです。それが死んだままでも俺には関係ない。いわばリッチーみたいなもんですよ。そしてそれが終わった後、強制的にここに連れ帰るための時限爆弾のような物を俺に取りつけておけばいい。どうです? お互いにウィンウィンなやり方です」


 今思いついた手段を口早に重ねていく。


 即興で思いついたにしては上出来だ、と自分の頭の出来に心から感謝しつつ、エリス様の反応を待つ。


 正直な話、多分この案は受け入れられないだろうと思っている。


 しかし、それでも、もし受け入れられたのなら。


 


 しばらく悩んだ後、エリス様が。


「……分かりました。ちょっと上に聞いてみます」


 えっ? 案外あっさりと通っちゃった?


 上という言葉を聞いて、女神にも上下関係があるんだなぁ……となんともいえない気分になると共に思う。働きたくないでござる! と。あ、でも冒険者として大成すればそれも不可能ではないかも……?


 そんなことを考えながらエリス様の様子を窺うと、なんだか困惑しているようで。


「ちょ、ちょっとアクア先輩!? そんなにあっさりと決めちゃって大丈夫なんですか!? また私に後処理を任せるつもりじゃないですよね? ……アクア先輩? 返事してください! なんでいきなり反応がなくなるんですか!」


 アクア様って確か、あの青髪の女神だったよな? なにを血迷ってあれに聞いたのだろうか? もしかしてエリス様ってドジ属性持ち?


「アクア先輩? …………はぁ、全く。アクア先輩は……」


「……俺が言うのもなんですけど、ご愁傷様です」


「本当に黒音さんが言うことではありませんよ。そういえば聞いていなかったのですが、シルビアに絶対に勝てるという自信はどこから来るんですか? それを聞いておかないと、ただあなたを向こうに帰すだけ、なんてことになりかねませんし」


「この指輪からです」


 俺は指にはめられた指輪をエリス様に見せながら、あの時のことを思い出す。


 確かあの時は、俺が感電の痛みに耐えられなくて気絶したんだっけ。それが理由で、めぐみんの家に泊まることにってそれは今はどうでもいい。


 今回俺は、あの痛みに耐えられるだろうか? よしんば耐えたとして、本当にこれでシルビアに勝てるのだろうか? そんな不安だけが頭の中をグルグルと回り続ける。


 いや、俺は一度あいつに勝っているんだ、臆する必要はない。


 


「大丈夫ですよ。黒音さんならきっとシルビアも倒せます」


 


 俺の不安に気がついたのか、柔らかい声色でエリス様が言う。


「さて、先輩が許可を出してしまった以上、私から言うことはなにもありません。今から三分間だけあなたを現世に帰しますが、肉体は死んだままですので、浄化魔法には十分気をつけてください」


「……相手は魔王軍ですよ?」


「……こほん、では最後に一つだけ。三分間だけではありますが、あなたは神の意に背き、リッチーになろうとしています。その覚悟は出来ていますか?」


 そんなこと、考えるまでもない。


 俺が深く頷くと、エリス様は複雑な表情を浮かべて。


「女神である私がリッチーを生み出すなんてゾッとしませんね」


 そりゃそうだ、と俺が笑う。


 前回ここに来た時にも見た扉が後ろに現れ、俺はその扉の中へ。


「空夜黒音さん。その覚悟があるのなら、シルビアには負けませんよ」


「……そりゃどうも」


 光に包まれる中、声が聞こえた気がした。


 


「大切な二人のことを、守ってあげてくださいね」


 


 目を覚ました俺は、一も二もなく魔法を詠唱する。


 立ち上がった俺に気がついたシルビアは、驚いたようでこちらへ顔を向ける


「あらあら? ボウヤはさっき死んだはずだけど? まぁいいわ、ボウヤはそこで大事な人が死ぬのを見ていなさい」


 シルビアがナイフを手に取り、掴み上げられたゆんゆんに向けたのを見た瞬間、俺は魔力を解き放って叫ぶ。


「シルビア、お前の負けだ。『神速』ッッッ!」


 体中を雷が走り、俺は地面を蹴る。


 ゆんゆんを掴む手を魔剣で切りつけ、同時に万象乖離を発動。乖離した手からすり抜けたゆんゆんを抱きかかえ、倒れているめぐみんのところへ。ついでにシルビアの顔面に一発蹴りを入れておく。


 その間わずか一秒未満。


「へぇ……やるじゃない。でも、速いだけじゃあこの私は倒せないわよ!」


「……こういうのは普通は最後に言うことだと思うけど、勢い余って殺しそうだから先に言っておく」


 怪訝な表情を浮かべるシルビアに、俺は。


 


「お前の敗因はたった一つだぜ……シルビア……たった一つの単純な答えだ……お前は俺を怒らせた」

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