第10話 転生者の新たな物語

VSシルビア戦。


 


ずっと使用を禁じてきた『神速』も、今は使う他ない。一度……いや、もうとっくに死んでるみたいなもんなんだ。今更痛みなんて。


今は、目の前の敵を屠る事だけを考えろ。


 


 


「へぇ……どうやって生き返ったかは知らないけど、随分と自信満々じゃない? 少しは楽しめそうだわ」


 


「あっそ。生憎様、俺は全然楽しめそうにないな。こちとら時間がねぇんだ、さっさと終わらせようぜ?」


 


 


ニヒルに笑いながら、俺は地面を蹴る。


蹴る、という動作とほぼ同時にシルビアを射程に捉えた俺は、躊躇いなく魔剣を振るう。


こいつを殺さなければ、二人が死ぬ。あ、一応ミツルギもか。いや、あいつはマジでどうでもいいや。トラウマのせいか、長い戦闘による疲労のせいか、産まれたての小鹿みてぇな状態だし。つーか、倒すの手伝ってくれません?


 


 


「ほらほらほら! その妙竹林な魔法の力はそんなものかい!」


 


「くっそ……化け物かよ……」


 


 


『神速』発動中の俺に素で追いつくあたり、流石は魔王軍幹部。悔しいが、やはり前回の勝利はまぐれだと言わざるを得ないだろう。


残された時間はおよそ二分。


このまま無計画に戦っていても、シルビアなら軽く凌いでしまう。かと言って、悠長に作戦を練っている時間もない。


……これは、マズイな。


『万象乖離』は、もう無思慮には使えない。


魔術師殺しと魔剣の交差する音は夜の森を震わせ、その空気の震えが俺を一層焦らせる。


 


……一応、策はある。


ある事にはあるが、これをやると俺の魔力は間違いなく消し飛ぶ。一切残らず、だ。故に、これは最終手段として……。いや、違うだろ。


今が、最期なんだ。


ここで勝たなくていつ勝つんだ? なら、出し惜しみなんてしてる場合じゃないだろ?


 


 


「…………馬鹿だな、俺って」


 


 


魔剣の力を過信して、挙句このザマだ。


多分二人共悲しむだろうし、めぐみんに至ってはどうなるか見当もつかない。俺を追って私も死ぬ、なんて事にならないといいが。……流石に自意識過剰か。


もう言動が大分アウトな領域に足を踏み入れつつある事に気が付き、軽く苦笑いすると、少し心が落ち着いてくる。


 


それは、単純に冷静さを取り戻しただけか。


それとも、自分への失望か。


 


俺は高速移動による撹乱を止め、シルビアから数歩離れた場所に立ち止まる。そして、足元に転がっている『無銘勝利剣』を手に取り、軽く細工を施す。


そして、再び地面に放った。


これで準備は完了。後は、俺の覚悟だけ。


――――つーか、何でこんなところに『無銘勝利剣』が転がってるんですかね……?


 


残り一分。


 


 


「……残念だけど、そろそろ終わらせなきゃマズイんでな。ここ一度で決めさせてもらう!」


 


「アハッ、上等じゃない! ここまで骨のある奴を相手にするのは久しぶりよ!」


 


 


俺の態度がさぞ気に入ったのか、甲高い笑い声を上げながら迫ってくるシルビア。それと同時に、俺も駆け出していた。


チャンスは一度。


失敗すれば俺は天界へ引き戻され、多分紅魔族はシルビアにフルボッコにされるだろう。どっかのアニメよろしく、ミツルギが覚醒でもしてくれれば話は別だが。


 


世の中は甘くない事を身に染みて理解している俺は、そんな非現実的な√は考慮しない。


十割とは言わないが、八割以上は要求する。


がめつさだけは紅魔族一の俺を舐めるなよ?


 


 


「さぁ……これで終了だよ!」


 


 


シルビアは俺を仕留めるべく、腹部を狙い済まして魔術師殺しを操る。


 


 


「――――『万象乖離』」


 


 


俺はどうやら、万象乖離の使い方を誤っていたらしい。今までのように乱発するのではなく、一撃必殺。相手がこちらに対応出来るようになる前に叩く。それが基本。


……だから、シルビア。


今までの感覚じゃ、この攻撃は防げねぇよ?


 


 


「はっ、かかったね!」


 


 


もう女性のフリすらも放棄したシルビアは、魔術師殺しを俺の体内に位置する箇所で停止させる。こうしてしまえば、俺は万象乖離を解除する事が出来ずに八方塞がり。


もちろん、そんなのは分かってた。


伊達に知力だけは最高クラスじゃない。万象乖離の弱点なんて、ちょっと考えれば普通に分かる。ただ、無視していただけで。


その弱点を補う手段なんて、必要なかった。


 


備えあれば憂いなし。


ネトゲの世界で散々思い知ったのに、また同じ愚行を繰り返す。


ただ、それも今回で終わり。


 


 


「いや、計画通りだよ。あんたの負けだ、シルビア」


 


「何を言って…………ッ!?」


 


 


シルビアはさぞ驚いただろう。


なんせ…………俺の腹部から血が流れ出てるんだから。


振り回して落とそうにも、完全に貫通している以上、生半可な力では外れない。つまり、移動しての回避は不可能。


 


 


「何のつもり? アタシはこの距離でも、ボウヤの攻撃を防ぎ切れるわよ? それはボウヤも分かってるでしょうに……少しガッカリだわ」


 


「……残念だけど、それは無理だな」


 


 


焼けるように痛む体に鞭を打ち、シルビアに『乖魔剣・双』を振り下ろす。しかしその斬撃に勢いはなく、シルビアにいとも簡単に弾き返されてしまった。


音を立て、数メートル先まで弾き飛ばされる。


 


――――ここまで、全て予想通り。


そして、ここからも。


 


シルビア、お前は気が付いていない。


俺の不可解な行動に気を取られすぎて、その真意を見抜こうとしなかった。それが、お前のたった一つの敗因だ。


後ろから高速で近づくある物を前を向いたまま掴み、限界まで魔力を放つ。間違いなく、これが最後。


 


後ろを見るまでもない。


この一撃は……紛れもなく今まで見てきた攻撃の中で一番強い。シルビアの表情が、何よりそれを物語っていた。


俺の魔剣を跳ね返すべく、ナイフを振り抜いた状態では防御は不可能。


 


これが、俺の最期の一撃必殺。


 


……やべぇ。俺マジ主人公っぽい。命を賭して魔王軍幹部を討つとか、完全に勇者様がやる事じゃん。その理論で行くと、俺はこの世界の王様に命じられて、魔王討伐に行く事になる。


しかも拒否権は皆無。誰が好き好んで危険が一杯の魔王討伐なんかに出向かにゃならんのだ。やっぱり主人公なんてロクなもんじゃないと思いました。


 


そんなくっそどうでもいい事を考えながら、俺は『無銘勝利剣』を振り下ろす。


 


 


「くそっ! 離しやがれこのクソガキ!」


 


 


激昴しながらシルビアがナイフを突き刺すも、今更この程度で痛がるはずもない。


腹が痛い時は腹を殴れと言うが、あれと同じ原理だ。他の痛みで今の痛みを誤魔化す。ただそれだけ。だから、あの時腹痛を訴えた時に一も二もなくぶん殴ってきた稲丘君は早く僕に謝ってください。


 


 


「『無銘勝利剣』――――――――


 


 


光の剣がシルビアを切り裂いたのを目視した途端に襲ってきた、激しい閃光に目を伏せ――――――


 


 


 


 



 


 


 


 


「…………時間切れ、か」


 


 


つい三分前に見た景色。


出来る事ならミツルギに、あいつらへの伝言を頼みたかったのだがそれも叶わず。まぁ、流石に高望みってやつか。


ふぅ……とため息を吐き、体中を揉む。


リッチー的な存在故に痛みはそこまでなかったのだが、感覚的に抜け切らない違和感はやはり消えない。体が鉛のように重いのだ。


 


 


「おかえりなさい、黒音さん。お疲れ様です」


 


「およ? いつの間に……」


 


「さっきからずっといましたよ?」


 


 


少し拗ねたような顔をするのは、俺の我が儘を聞き届けてくれた(強制)エリス様。つーかその表情やけに庇護欲煽られるんで止めてもらえません? 後、最初の一言が何となく新婚の夫が仕事から帰ってきた時の妻みたいでグッと来ました。……そんなわけあるかです。


それにしても、新婚一ヶ月間の夫婦のバカップルっぷりは異常。見た事ないけど。


 


 


「……聞いてますか?」


 


 


思考が謎理論から現実に引き戻され、エリス様の方を見る。すると、さっきの拗ねたような表情はどこへやら、不機嫌そうな顔色に変わっていた。


 


 


「何言ってんですか、当たり前でしょ? やだなー! ……で、何の話でしたっけ?」


 


「やっぱり聞いてない……全く……。いいですか? もう一度だけ話すのでよく聞いてくださいよ?」


 


「御意」


 


「…………。…………さて、黒音さんにはこれから二つの選択肢があります。天国に行ってのんびり過ごすか、転生して新たに生を受けるか、です」


 


 


……俺が最初に死んだ時、通称アクア先輩に言われたラインナップとほぼ一緒だな。違うところと言えば、異世界転生がないくらいか。


まぁ、これはだいたい予想出来てた。


つまり、俺が何を選ぶのかは決まっている。


 


 


「じゃあ、転生でお願いします」


 


「分かりました、転生ですね。次に何として生まれたいか等の要望はありますか?」


 


「うーん……特にないですかね。あ、でも、出来るんなら記憶を引き継ぎたいです」


 


「それくらいなら大丈夫ですよ。じゃあ、知的生命体である事が必須ですね。その中からランダムで決定、という形になりますがよろしいですか?」


 


 


異論もないので頷くと、俺が何度も通った門の少し前に案内され、しばらく待たされる。


流石に暇なので、俺の百八ある暇つぶしの一つである一人ジャンケンを堪能していると、唐突に足元に魔法陣が描かれ始める。なるほど、これが描かれきった時、転生が行われるのか。


 


 


「それにしても俺……何回生き返ったっけ?」


 


 


生き返った、を、現世に戻ったと定義付けるなら確か三回か。生き返れるのは一回のみだったはずだが、そんなに緩くていいのか? 俺が言えた事じゃねぇけどさ。天界の行く末が不安でならない。


何が不安かって、あの通称アクア先輩がエリス様の上司っていう明らかな人選ミスが不安。転生した後もエリス様を応援してます! 主にアクア先輩の後始末要因として。


 


 


「……さぁ、そろそろです。目が覚めた時には、新たな人生が始まっている事でしょう。ですが黒音さんなら、きっとどんな困難にでも立ち向かえるはずです」


 


「……買い被りですよ。俺はただの元人間で元リッチーな空夜黒音です」


 


「聞けば聞くほど意味不明な経歴ですね……」


 


「全くです」


 


 


こんな他愛もない話をしている内に時間が訪れたようで、光がより一層強さを増す。


僅かな時間の追加人生だったが、存外悪いものでもなかった。むしろ、楽しかった。


ゆんゆんとの普通の会話も。


めぐみんとの疲れるやり取りも。


日本でも存在しなかったと断言出来る程、あそこは居心地が良過ぎた。だから、失うのを少し悲しく思わないでもない。


 


……ま、最後くらい笑顔でって事で。


 


 


「それでは……あなたの次の人生に、良き出会いのあらん事を――――」


 


 


溢れそうな何かを堪えつつ、目を瞑る。


意識はだんだんと遠のいていき、死というものを改めて実感する。


いつの間にか、意識は飛んでいた。


 


 


 


 



 


 


 


 


…………あれ。


もう転生完了したのだろうか? 意識が飛んでから、まだ数秒と経っていないように感じる。


まぁ、自分がどれだけの時間眠っていたのか分からないようなものだろう。そう納得して目を開けると、そこには――――


 


 


「…………エリス様?」


 


 


エリス様がぽけーっと立ってた。


………………何で?


 


 


「ちょ……ちょっと待っててください!」


 


「え? あ……行っちゃった」


 


 


エリス様は慌てたようにどこかへ転移してしまい、その結果一人取り残された俺。


ポツーンと効果音が聞こえる気がする。


いいもんね! 一人なんて平気だもんね! 長年ぼっちやってきたプロを舐めんなよ! 何分でも何時間でも一人で待ってやんよ! ……辛。


まさか、死者になってもぼっち継続だとは思わなかった。いや、記憶が残ってるって時点でお察しだけどさ。


 


今度は一人指スマで遊ぶ事にする。


この一人遊びシリーズは、どちらかに肩入れさえしなければ基本的には面白い。ただし例外は指相撲。あれだけは一人じゃ出来ない。


田中君(右手)が斎藤くん(左手)に完璧なセメントを決めて勝利を収めていると、光と共にエリス様ともう一人…………あ。


 


 


「ちょっとエリス? 私今すっごい忙しいんだけど、一体何の用? …………ああああああ!」


 


 


俺の、二度と見たくない人物ランキングナンバーワンに位置する、アクア先輩のご登場。


もう初っ端から喧しい鬱陶しい揺らすな!


 


 


「あんたが無茶苦茶やってくれたせいでどんだけ仕事が増えたと思ってんのよ!? どうしてくれんの! 責任取れるんですかー!?」


 


「知るかぁ! 元はと言えばお前の凡ミスが原因じゃねぇか! 何なら今からエリス様にあそこまで飛ばしてもらってこいよ! そしたら俺が増えた仕事全部やってやるからさ!」


 


「えぇっ!? 私に振らないでくださいよ!」


 


「エリスぅ? そんな事したらどうなるか分かってんでしょうね?」


 


 


完全に後輩への態度がチンピラのそれだ。本当、何でこんなのが女神やってるんですかね?


その答えは永久に得られそうにないので、取り敢えずエリス様にガンを飛ばしながら俺を揺さぶるという器用な事をやっているアクア先輩を引き剥がす。


 


 


「…………で、何でこの女神引っ張ってきたんですか? どうにも忙しいみたいだしお帰り頂きましょう?」


 


「そうよ私は忙しいのよ! このよく分かんないチンピラと違って!」


 


「……チンピラはてめぇだろ、この邪神が」


 


「なんですってぇぇぇぇぇぇ!」


 


 


おっと、つい本音が漏れてしまった。


しかし、どうしてこうなったんだっけ?


確か俺が転生する云々で、何故かここに突っ立ってて、エリス様がここにチンピラ女神を連れてきて…………なるほど、分からん。


原因が全く見えてこないし、何より俺を揺すって騒ぎ立てている奴のせいでロクな思考が出来ない。


 


 


「エリス様、この女神はほっといて本題に入ってください。このままじゃいつまで経ってもこいつを相手しなきゃいけなくなっちゃう」


 


「そ、そうですね……。でははじめに、空夜黒音さん。あなたは無事に転生を終えました」


 


「え? 完全に前のままなんですけど……」


 


「はい。実は……その体を軸として、天界人に転生したみたいで……」


 


 


…………ほーん。


 


 


「それで、天界人は生まれながらに誰かの部署に配属されるんですが……その……」


 


 


…………ふーん。


 


 


「その誰かが、アクア先輩みたいです……」


 


 


…………はーん。


 


 


「「は?」」


 


 


俺とアクア先輩の声が重なった。


つまりはアレか、これからは本当にこいつが先輩になるのか。冗談じゃねぇ。


そのアクア先輩は、切羽詰まった表情で上司らしき人物に抗議をしている。よし頑張れ。多分お前を応援するのはこれが最初で最後だ!


 


しかし応援も虚しく、数分後には意気消沈したアクア先輩の姿が。


……上下社会の厳しさを感じる。


その憂い気な背中から何とか発されたのは、こんな声。


 


 


「エリス……そいつ任せたわ……」


 


「ちょ!? ちょっと待ってください! アクア先輩!」


 


 


そう言い残し、アクア先輩は光の中へと消えてしまった。恐らく、俺が最初にアクア先輩と出会った場所へと帰ったのだろう。


それにしても、何たる傍若無人っぷり。もう少し後輩を労わってあげてもいいんじゃないかなーと思います! 主に新人とか! 俺とか!


 


生前なら「天界人とか働かずに生きてんだろ羨ましい」とか何とか言っただろうが、縦社会の現状を垣間見てしまった今は危機感で一杯だ。


出来る事なら、転生し直したい。


まぁ無理だって分かってますけどね。


 


 


「はぁ……全く、アクア先輩は……コホン。空夜黒音さん、一応あなたは私の部下という立場になったわけですけど、何か聞きたい事はありますか?」


 


「いや、特にな……あ、一つだけ。天界人って成長するんですか?」


 


「いいえ、生まれた時からずっと同じ姿です」


 


 


……って事は、アクア先輩のエリス様も、外見に合わない年齢の可能性があるのか? アクア先輩はどうでもいいけど、エリス様が百歳オーバーとか嫌だなぁ……。気分的に。


 


 


「では、黒音さんには最初にあの件の後処理をお願いします。私が教えながらなので、そこは安心してください」


 


「おぉ……これが理想の上司か…………ってあの件? あの件って言うと、あの件ですか?」


 


「はい。あの件です」


 


 


あの件がゲシュタルト崩壊しそうだが、あの件はあの件だろう。


……そう。


エリス様に手渡された書類の文頭には、『同一人物に複数回行われた蘇生について』とかそんなような事が書かれている。


 


もう言うまでもない。


これ、俺だわ。


自業自得ここに極まれり。


 


 


「ここはこうで……こっちはこうです。って聞いてますか?」


 


「…………働きたくねぇなぁ」


 


 


そんなぼやきが通じるはずもなく、カリカリとボールペンを動かす。能率の悪さについては目を瞑ってもらおうそうしよう。


仕事という現実から一瞬でも逃れるべく、俺は大きなため息を吐いた。

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