第8話 貧乏店主との出会いと。

「……なぁめぐみんとゆんゆん? お前らさ、何故にここにいるの?」


「今日は夕方に邪神の再封印を行うらしいので、今までもそうでしたが午後の授業はないんですよ」


「うん知ってる。だからお前らの授業が終わってすぐに俺の卒業式があったんだからな。でも、俺が聞きたいのはそうじゃない」


 本日、俺は学校を卒業した。


 先生曰く、俺の卒業までのスピードは異常らしい。


 ……部屋にまだ三十本のポーションがあるなんて言えない。というか、確かめぐみんも上級魔法を習得出来るポイントは持ってたよな?


 まぁ、めぐみんは爆裂魔法しか頭になさそうだが。


 


 閑話休題。


 


「俺が聞いてるのは、なんで俺の商談についてきてんのかってことだよ」


今俺達がいるのは、この里唯一の喫茶店だ。


 俺もいずれ行く予定のアクセルの街に、ひょいざぶろーさんの商売相手がいる。


 先日、その人とひょいざぶろーさんが商談をしている際に俺の魔道具が話題になり、その人が是非自分の店で取り扱わせて欲しい、と言ってきたそうだ。


 その話は俺としても願ったり叶ったりなので、二つ返事で了承。


 で、その商談が今日、ここで行われるのだが……。


「……二人とも、頼むから今日は帰ってくれよ。今日は俺の今後の人生を決める大事な商談なんだよ。これ次第では、一生遊んで暮らせるかもしれないんだからさ」


「嫌です。もし商談に失敗したら私が養うので安心してください」


「……えっ?」


「どうしましたかゆんゆん? 私の顔になにかついてますか?」


「聞き間違いだと思うんだけど……い、今めぐみんがくろねを養うって……?」


「めぐみんが勝手に言ってるだけだ。そんな事実は存在しない。というか、さすがの俺でも年下のおこちゃまに養ってもらう気は起きん」


「何故おこちゃまと言った時に私の胸辺りをチラッと見たのですか! 私は紅魔族随一の魔力の持ち主です。なので、十四歳のなる頃のはゆんゆんと同じくらいに……なるはず……」


「自信がないなら自分から地雷踏み抜くの止めろよ……。声がだんだん小さくなってきてるぞ?」


「……この忌まわしい巨乳が」


「え、め、めぐみんちょっと待って! なんで親の敵を見るような目でこっちに迫ってくるの? それになんで手を振り上げてるの? ねぇめぐみん!」


 めぐみんに怒りの矛先が理不尽にもゆんゆんへと向かう。


 気持ちは分からんでもないが、悲しいけどこれ、現実なのよね……。


 


 めぐみんの一方的な八つ当たりも終わり、コーヒーを飲みながら商談相手を待つ。


 ちなみに俺、某まちがっているラブコメの影響でコーヒーを飲むときは滅茶苦茶に甘くして飲むのだが、これをする時の店員の目が痛いったりゃありゃしない。


 俺がいたずらだったり嫌がらせに使っているわけではないことが分かるとその視線も収まるのだが、お盆にガムシロップ達を載せている今が一番メンタルを削られる。


「ふぅ……やっぱコーヒー飲む時はこれじゃなきゃな」


「くろね、まだその飲み方してたの? いつか糖尿病になるんじゃない?」


「糖尿病が怖くてMAXコーヒーが飲めるか。いいんだよ、俺は今を楽しむ主義だからな、明日のことは明後日考える」


「そんなに甘いのですか? 私にも一口ください」


 めぐみんはそう言って俺の手からコーヒーを奪い取ると、しばし思案顔になり。


「…………くろねはどこに口をつけて飲みましたか?」


「し、知るかよ。さっさと飲めさっさと! 多分そのまま飲めば問題ないから!」


「分かりました。ではいただきます」


「…………ねぇめぐみん? なんでわざわざコップを回転させたの? なんか今日のめぐみん変じゃない?」


 今日どころではないんだよなこれが。


 あの日以来、めぐみんはずっとこんな調子だ。


 ぼっち時代に培ったマイナス思考がなければ、とっくの昔に、下手したらあの日に俺はめぐみんに攻略されていたことだろう。やだ、俺ってチョロすぎ……!


「ふぅ、ごちそうさまです。……すいません、水もらえますか?」


「そんなに苦しかったなら無理すんなよ。こっちも傷つくわ」


 苦しそうに机に突っ伏すめぐみんに水を差し出す。


 それを受け取ってごくごくと飲み干すめぐみんは、わずかに頬を赤らめて。


「それは出来ません。こんなチャンスがそうそう訪れるとは思えませんから」


「なにがチャンスなのかは聞かないでおくぞ。それを聞くと俺のSAN値が削られそうだからな。ったく……」


 そんなことを言いながら、めぐみんが返してきたコーヒーを手に取る。


 なんだか目を輝かせているめぐみんと、どこか不安げなゆんゆんをよそに、俺は使いかけのストローを取り出した。


 


 そう、ストローである。


 


 ――――――疲れた。


 何故商談前からこんなに疲れなきゃいけないんだ。


 あの後、めぐみんがノーカンと騒ぎ始めるわ、俺からストローを奪おうとするわで本当に大変な状況だった。というかめぐみん? 男のストローを奪おうとするなんて、変態と罵られても文句言えないよ? 君そんなドМじゃないでしょ?


「つーかまだ来ないのか?」


 時刻は二時三十分。昼頃に集合と言っていたらしいので、もう来ていてもおかしくない頃合だ。俺達がこの喫茶店に来てから、かれこれ一時間三十分が経過している。


 さすがに暇になったのか、めぐみんとゆんゆんはあのボードゲームで遊んでいる。ちなみに戦績はめぐみんの全勝だ。


 俺はと言うと、件の指輪の調整を行っていた。


「……この指輪は強い雷耐性がないと使えない要素があるけど……それさえどうにかなればかなり強いんだよな……」


 どうにかならないかな……運よく今日の商談相手が雷耐性のスキルを取ってたりとか。


 もうこの際レールガンだけでも十分かな……と思っていると、喫茶店の扉が開かれる音がした。


 こちらにとてとてと走ってくる音が聞こえる。……あ、ちょっとつまずいた。


「すみません! 少し遅れました!」


 息を切らしながら開口一番謝罪をしてきたのは、長い茶髪の美人お姉さんだった。


 


「――――これとかどうですか? まだ試作の段階ですが、願いを叶えるチョーカーです。とは言っても実際は、願いが叶うまで外せず、しかも首を締め付けていくので、周囲が願いを叶えるよう躍起になるだけですが」


「素晴らしいです! ぜひうちで取り扱わせてください!」


 俺達三人が引きつった顔をする中、一人意気揚々としたウィズさん。


 商談を始めてわずか数分、俺は確信した。


 この人、商売のセンスがない。


 そもそも、ひょいざぶろーさんとの商売相手ということ自体がちゃんちゃらおかしいのだ。あんな欠陥指輪を作った俺が言えることじゃないが、あの人のセンスは色々ととち狂っている。めぐみんの家が貧乏なのも、きっとそれが原因だ。


「それにしても、くろねさんの作る魔道具はすごいですね。ひょいざぶろーさんともいい勝負だと思いますよ」


「……それはどうも」


 ……ちっとも嬉しくなんてないが、ここは我慢の子だ。


 ウィズさんが気に入った魔道具は、今のところ五つ。


 先程の産廃チョーカー、件の指輪、爆裂魔法に匹敵するかもしれない火力を出せるが、めぐみんですら魔力が全く足りないほどの魔力を消費する杖、暗視能力が付与される鉄板入りアイマスク、使う者の耐久力に比例して弱くなる鎧だ。


 遊び心で出来た魔道具と失敗作しかお気に召さないウィズさんは、一体どうやって生活しているのだろうか?


ちなみに、俺の自信作である二刀流『無銘勝利剣』や、立体機動装置は速攻で拒否されている。


商談開始から三十分ほどで、俺はありとあらゆる失敗作を出し切った。


 どれもウィズさんのお気に召したようで、知的権利ごと買い取ってくれるらしい。


 …………さすがに良心が痛むのだが。


 おっと、気がつけばめぐみんとゆんゆんもゴミを見るような目つきですね。いいか、俺は悪くない。センスがないウィズさんと、それを教えないアクセルの住人が悪い。いいね?


 とは言っても、このまま商談が終わればウィズさんの店が大赤字になるのは確定的なので。


「……ウィズさん、騙されたと思ってこの『無銘勝利剣』を数本店に並べといてください。これの代金はいらないんで、本当に」


 


 ウィズさんを無理やり説得し、今は帰り道。


 持ってきた魔道具は半分以下になり、魔道具を入れていた袋は非常に軽い。


 ――――そういえば。


「邪神の再封印、うまくいったのか……? なぁ二人とも、念のため早く帰ろ……う……お前ら何故にリアルファイトなんかしてんだよ? 桃鉄でもやったのか?」


「桃鉄? なんですかそれは? ゆんゆんがいきなり掴みかかってきたので、返り討ちにしたまでです」


「だって! めぐみんがっ!」


 砂だらけになりながら胸を張るめぐみんの手には、くったりとしたカモネギが握られていた。……あーなるほど、確かゆんゆんはかわいい生物が大好きだったな。


 余談だが桃鉄は、絶対に友人同士でやってはいけない友情破壊ゲームだ。


 俺の場合はやる知人がいなかったから、実機でTASじみたことが出来ないかをコンピューター相手に検証していたが、フレーム単位の乱数調整で断念したという、おそらく今までの人生で最も無駄な時間を過ごしたりした思い出がある。


 鼻歌を歌いながら歩き出すめぐみんに、ゆんゆんがジト目を向けて。


「めぐみんって本当に女の子なの? 色気とか、一体どこに落としてきたの?」


「ゆんゆんこそ、紅魔族の高尚なセンスはどこに落としてしまったのですか? それに、未だに精神お子様なゆんゆんに色気云々言われたくありませんよ」


 しばらくの間見合っていたが、やがてゆんゆんがため息をつき。


「はぁ……。全く、めぐみんとはどうして毎日こうなるんだろう」


 毎日こんなことしてんのかよ……。


 しかも、その後の二人の絡みが百合百合してる。……眼福眼福。


 


 そんな時だった。


 カーン、カーンと甲高い音が、紅魔の里に鳴り響く。


 この音は確か…………緊急事態の際の鐘の音。


 三人揃って音のした方を振り向くと、その先で薄暗い空に舞い上がる無数のモンスターの群れ。やがてそれらは、なにかを探すように四方八方に散らばる。


「……失敗したのかよ」


「ん、ねぇ二人とも! ああああ、あれって!」


「おおおお落ち着いてください! 先生が言っていたじゃないですか! もし再封印に失敗したら用意していたアレを使うとか! なのですぐに解決するはずです!」


 おい、それ信用しても大丈夫なのか? あのいい加減教師だよ?


 でもあの人なら、色々と奇行に走りつつもなんとかする気がする。一応あの人かなりの魔法の使い手のはず……って確か俺先生に勝ってるじゃん! 急に不安になってきた。


「ねぇ。……ね、ねぇ!」


 と、ゆんゆんが俺とめぐみんの袖を引っ張る。


 そして、青い顔で空を見上げる。


「あ、あれ……! こっちに来てない?」


「まさか。俺たちを狙う理由なんてあるはず……こっちに来てるな。まぁ大丈夫だ。これでも俺は上級魔法の使い手だぞ? それに今日は乖魔剣も持ってきてる……ってお前ら待てよ! 俺を置いていくな!」


 一足先に逃げ出した二人を追う形で、モンスターとのリアル鬼ごっこが始まった。


 ――――と思った矢先。


「……通り過ぎていきましたね」


「お前らが、慌てて、走り出すから…………。早とちりしすぎだ…………」


 息を切らしながら、先日教えてもらった《敵感知》のスキルを発動して、里の様子を把握――――――嘘だろ……はぁ……。


「なぁお前ら。悪い知らせと悪い知らせ、どっちから先に聞きたい?」


「なによその質問! どっちも悪い知らせじゃない! …………二つの中でも悪い方から聞くわ」


「了解。……まず一つ目、最初に飛び立ったモンスター。見えた限りだが、一体も討伐されていない。この理由は、もう一つの悪い知らせと関係するんだが、その二つ目の悪い知らせってのは…………」


 二人が息を呑む中、俺は重々しく告げた。


 


「――――里の入り口付近にものすごい数のモンスターがいる。具体的に言うと、間違いなく三千体以上は」

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