第7話 ヤンデレの友人に死ぬほど愛されて眠れない転生者。
目を覚ました俺は、今の状況を飲み込めないでいた。
「何故俺はめぐみんと一緒に寝てるのん?」
小声で呟くも、当然返事はない。
むしろ返事がなかった方が都合がいいのは間違いないが。
どちらにしろ、俺が今、人生最大のピンチに直面している事だけは間違いない。
なんせ、女子と同じ布団で寝ているのだ。
訴えられても文句を言える状況ではなく、最悪の場合、翌日には豚箱に出荷されるかカツ丼を食べているだろう。
まぁ、要するに。
「早くここから逃げ出さないと……まずいな」
社会的に死んでしまう未来が迫る中、俺は今までの人生で一番頭を働かせる。
とは言っても、この部屋はどうせ鍵がかかっているだろう。やはり、壁を切り裂くしかないか……。
壁に立てかけてあった二本の剣を手に取り、青白い光を灯らせる。
これなら、多分壁を魔法ごと切り裂けるだろう。朝になる頃にはめぐみんにバレてしまうが、俺を部屋に幽閉したゆいゆいさんが悪い。俺は悪くない。
と、いうわけで。
「行くぜ……! 『──」
「待ってください! 本当に止めてくださいお願いします!」
剣を振るう直前、俺の腰元にめぐみんが抱きついてきた。
俺はというと、めぐみんを俺から切り離した瞬間、一も二もなく土下座した。
「え!? な、何をしているのですか!?」
「何って……土下座だけど」
「それは見れば分かります! 私は、何故土下座をしているのかを聞きたいのです!」
本気で分かっていない様子のめぐみんが、布団から飛び上がって聞いてくる。
「何故って言われても……。謝る以外に土下座をする機会ってあるのか?」
「だから! 何故謝っているのですか!!」
「通報されると思ったから」
「………………はぁ」
「おい、何だよそのため息は。あとその視線を止めろ。明らかに軽蔑の視線だろそれ」
めぐみんは、再度大きなため息をついて。
「はぁ……まぁ、そんな事だろうとは思いました。相変わらずのマイナス思考ですね」
「……自覚があるとはいえ、人に言われると心にクルものがあるな」
「……そもそも私から布団に入ったのに」
「え? なんだって?」
「なんでもありませんよ……くろね、そこに座ってください」
何かを決意したような表情で、布団の隅を指差すめぐみん。
「……まぁ別にいいけどさ。通報だけはするなよ。いいな?」
「するわけないじゃないですか……。私から座ってと頼んだんですよ?」
「いいか、めぐみん。この世には美人局って言葉があってだな……!?!?」
布団に座った刹那、めぐみんに正面から抱きつかれ、その衝撃で布団一杯に倒れ込む。
今は、俺の眼前にめぐみんの顔があり、その距離は、少し顔を動かすだけで埋まってしまいそうだ。
「め、め、めぐみん! 一旦旦落ち着けけ!」
「落ち着くのはくろねの方ですよ。先に言っておきますが、悪戯心でこんな事をしているわけではないですよ?」
俺の思考を先読みされた。
そう、俺にこんなリア充イベントが起こる事がまず有り得ない事なのだ。
しかし、実際にイベントは起こっている。
つまり、これはめぐみんの気分か悪戯心によるものだと確信していたのだが……まさか。
いや、プラス方向に考えるな。
ぼっち時代に悟った教えを忘れるなよ、俺。
「……ふ、あ、甘いなめぐみん。俺にそんなハニートラップが通用すると思ったら大間違」
「私は、くろねの事好きですよ? それはもう、一生一緒にいたいくらいには」
「……はっ?」
いや、その理屈はおかしい。
そもそも、めぐみんが俺を好きになる理由がない以前に、俺に好かれる要素がない。
「今くろねは、好きになる理由なんてないと思ってますよね?」
「……なぜに分かった」
「マイナス思考型のくろねが考えそうな事くらい分かりますよ。理由なんて、私にだってよく分かりません。強いて言えば、くろねが死んだ日、ですかね」
俺が死んだ日?
それを聞いて、その日の事を必死に思い出すが、特に思い当たる節はない。
「全く心当たりがないんだが」
「でしょうね。くろねですから。……私だってチョロイと思いましたよ。でも、しょうがないじゃないですか。自分を守るために死んだ男は、誰でもヒーローに見えてしまうものです」
……あれは別にお前らを守ろうとしたわけじゃないんだけどな。俺の体力がもちそうになくて 、戦ったほうが生き残れると思ったからに過ぎない。
だから、お前のその感情は偽物だし、仮に本物だったとしても、俺に向けられるべきではないと思う、とめぐみんに告げようとした瞬間。
両手が手錠で繋がれた。
……は?
「おいめぐみん。これはなんだ? 今なら情状酌量くらいはつけてやらんでもないから外せ」
「嫌ですよ。……くろね、ずっと二人だけで、この部屋で過ごしませんか? くろねは何もせず、私と一緒にいてくれるだけでいいですから」
やばい。何がやばいってマジやばい。
だんだんと逃げ道どころか、先ほどとは違う意味で将来が決まっていく気がする。
「本当に落ち着けめぐみん! 俺はまだ十五歳だ! お前も十二歳のはずだろ!? そういうのはまだ早いと思うんだが!」
「じゃあ二年後には、真剣に考えてくれるという事ですよね?」
え、二年後?
まさか、この世界では十四歳が成人年齢だったりする? めぐみんの言い方だと、そうとしか聞こえないんですけど。
「そういう意味じゃねぇ! この先俺よりもいい男に出会うかも知れないだろ!? つまりはそういう事だ!」
「……その可能性は否定出来ませんね」
「だろ? だか 「でも」 ……え?」
「そんな事どうでもいいです。もう我慢出来ません。私はくろねが欲しいです」
スベスベした両手で顔を抑えこまれ、とうとう横を向く事すら許されなくなる。
めぐみんの顔は紅潮していて、色々な感情が織り交ざっているのがなんとなく分かる。
もうどうしようもないので、一か八かで話を逸らせないかと。
「ちょっと待て! 何? 何か悩み事でもあんの? それを忘れようとしてんの?」
「……まぁ、悩み事ならあります。どうせ逃げられませんし、聞いてくれますか?」
よし! まだ生還のチャンスはある……あれ? 俺このまま流されておけば、結構リア充な生活送れてたんじゃね? 俺の馬鹿野郎!
もう本当に自分が何を言っているのかよく分からなくなってきた中、深刻な表情でめぐみんが。
「実は私、爆裂魔法を覚えようと思うんです」
「へーそうか……はぁ!? 爆裂魔法ってあの爆裂魔法?」
「はい。教科書や本にもネタ魔法と馬鹿にされている、あの爆裂魔法です」
予想以上にぶっ飛んだ内容で驚きを隠せない俺だが、めぐみんは真面目な様子で。
「私は本気です。ですが、両親や里の皆が理解してくれるかどうかが不安で……」
「……えっと、一つ聞きたいんだけどさ」
「はい。なんでも聞いてください」
言葉に甘えて、めぐみんの言葉に対して抱いた疑問を口にする。
「なんで周りの奴に理解されたいんだよ?」
「……はい?」
「だからさ、周りに解ってもらう必要なんてないって言ってるんだよ」
これは、俺がぼっち時代の教えの一つだ。
他人に自分の事を理解してもらおうと思うのは、ただの傲慢に過ぎない。
「どうせ、誰にも理解されなかったところで、お前は爆裂魔法を諦めないだろ。まぁ、もし諦めるんなら止めないけどな」
「当たり前です! 私が爆裂魔法を諦めるわけないじゃないですか!」
……それだけ言えるなら、大丈夫だろう。
仮に、大丈夫じゃないとしても────。
「だったら、理解されようだなんて思わないほうがいい。自分でも分かってるだろ。自分の目指す道が普通じゃない事くらいは」
「……はい。分かってます。それでも、私の夢だったんです」
「そうか。……なぁ、めぐみん」
「はい、なんでしょうか」
俺は、これから凄い恥ずかしい事を口にする。多分、黒歴史として一生記憶に残るほど。
それでも、こいつが夢を叶えたいように。
俺もこいつの夢の先を見たかったりする。
「もしお前が夢を叶えた時、お前に理解者がいなかったらさ……その……俺が、なるよ」
……死にたい。
恥ずか死しそうだ。
めぐみんはどうしたのだろう、と様子を伺うと、顔を伏せたまま動きを止めていた。
あ、あれ? やっぱり気持ち悪かった?
再び土下座出来る体勢を取ろうにも、めぐみんに押し倒された現状ではそれも出来ない。
顔が見えない状態のまま、めぐみんが俺の頬から手を離す。
なんだか勿体ない事をしたような、助かったような、そんな複雑な感情が入り交じる中、足元からカチャリと音が聞こえた。
足にも、手錠がつけられました。
……ファッ!?
「おい! 本格的に洒落にならないだろこれ! とりあえず外せ!」
「外しませんよ。私の理解者になってくれるのでしょう? だったら、ずっと一緒にいないといけないじゃないですか」
「別に拘束なんかせずとも一緒にいる事くらい出来るだろ……」
「往生際が悪いですね。もう諦めたらどうですか? そもそも、何が不満なんですか?」
そう言われて、俺は言葉を失う。
俺は何故、ここまで抗っているのだろう。
拘束監禁が倫理に反するとか、まだめぐみんが幼いからとか、そんな常識を捨て去れば、俺は拒否する必要もないんじゃなかろうか。
めぐみんのためとか、そんな月並みな台詞を言うつもりはないし、そんな逃げ道を使う事は卑劣な行為でしかない。
マイナス思考を拗らせた俺でも、それくらいは分かる。
これは、単純に俺のためだ。
僅かなプライドを守るための。
だから、俺はめぐみんに向けて。
「……めぐみん、聞いてくれ。俺はな……」
「なんでしょうか? とうとう覚悟を決めてくれましたか?」
息を大きく吸い込んで。
「……俺にはな、三十歳で魔法使いになるっていう夢があるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「……えっ?」
「えっ? じゃねぇよ! いいじゃん! 魔法使い格好いいじゃん! 文句は言わせねぇぞ!」
「い、いえ……。文句を言うつもりはないのですが、三十歳で魔法使いになるとはどういう事ですか? もっと若くてもなれますよね?」
あぁ、この世界にはそういうネット用語は伝わっていないのか。俺は軽い気分で。
拘束されている事も忘れて。
「えっとな。男が童貞のまま三十歳になると魔法使いになれるっていう伝説が、俺のいた国にあったんだよ」
「」
「それになると、メテオとかリレイズとか強力な魔法が使え 「もういいです」 ……?」
「その夢、残念ですが諦めてください」
めぐみんが扇情的な表情で、こちらに四つん這いで迫る様子はまさに女豹のようで、俺に逃げ場が存在しない事を如実に伝えてきた。
つーか、もう俺食べられちゃうの?
小学四年生の時にネットで知って、それ以来ずっと見てきた夢、とうとう終わるの?
ぶっちゃけると、どうせ捨てる事なんて有り得ないから、この際それを目標にしようなんてマイナス思考の結果がその夢なんだけどさ。
そのマイナス思考によって作られた心の壁、つまり理性がもう崩壊寸前だ。
もうこのまま一層の事……。
理性が吹き飛び、抵抗を止めようとしたその時────。
『魔王軍襲来! 魔王軍襲来! 既に魔王軍の一部が、里の内部に侵入した模様!』
鐘の音と共に、里中にアナウンスが流れる。
それが耳に届いた俺は、辛うじて理性を取り戻し。
「めぐみん! 今の聞いただろ!? 一応上級魔法を覚えた身としては、この戦いに参加しないわけには行かないんだ! 頼むよ、後でなんでも一つ言うこと聞いてやるからさ!」
「ん? 今なんでもするって言いましたよね?」
「言ったよ! 言ったから取り敢えず手錠を外してくれ!」
めぐみんは少し動きを止めた後、俺の両手足の手錠を外した。
……なんだかとんでもない約束をしてしまった気がするが、全ては後の祭り。もうどうにでもなってくれ。
「分かりました。何をお願いするかは分かりませんが、なんでもしてくれるんですよね?」
「俺が死ぬとかじゃなければな。……で、指輪って居間にあったりする? ちょっと試験運用したいんだけど」
俺がそう言うと、めぐみんが怪訝な視線を俺に向けて手錠を見せる。
「まさか、またあの自殺技を使うつもりですか? もしそうなら、もう一度これを使う事になりますが」
「んなわけねぇだろ。あれとは別のだよ……あ、そういえば俺、この部屋から出れないじゃん」
「あぁ、それなら大丈夫ですよ?」
「……は?」
めぐみんがあっけらかんとして言うと、窓に手をかけて一気に開けた。
「……え? 窓は開くの?」
「えぇ。というか、少し前に授業で習いましたよ? やっぱり忘れてたんですね。くろねの反応からそんな気はしてました」
「……多分寝てたな」
「完全に自業自得ですね。まぁ、指輪の試験運用は諦めてください。それだけでもなんとかなるでしょう?」
そう言って指差したのは、俺の背中に背負われた二本の剣。
「あぁ、楽勝だ。……じゃあ、行ってくるわ」
「えぇ、行ってらっしゃい。死なないでくださいね」
そんな言葉を背に窓から飛び出した俺は、直感を頼りに魔王軍を探す。
それは案外あっさりと見つかった。
「あら、初めて見るボウヤね。ここは危ないからおとなしくお家に帰ってなさい」
胸元が大きく開いたドレスを着た、一見すると人間にしか見えない長身の美女。
とはいえ、少し注意力を働かせれば、こいつが魔王軍である事は気配で感じ取れる。
俺を餓鬼だと認識して見逃すあたり、それなりには優しいのだろうが、そんな事はどうでもいい。
俺は魔王軍の女性の言葉を無視して、背中の剣を抜刀する。
「へぇ……私と勝負するつもり? でも、周りに大人はいなさそうだし、紅魔族とはいえ子供に負けるほどアタシも弱くはないわよ?」
「御心配ありがとう。でも、いらん世話だ」
紅魔族御用達のマントを翻しながら声高に。
「我が名はくろね! 双魔剣を有する者にして、紅魔の里随一の魔道具使い!」
俺の名乗りを受けた魔王軍の人が、面白い物を見るような瞳をこちらに向けながら。
「アタシは魔王軍幹部の一人! グロウキメラのシルビアよ!」
『カースド・ライトニング』
両手にそれぞれ握られた剣から、青白い光が放出されるのを見たシルビアは、一層警戒を強める。
それを構えたまま、俺はシルビアへと歩を進め────。
「くろねー! 指輪持ってきましたよー!」
後ろから、めぐみんの声が聞こえてきた。
「おおっ! でかしためぐみん!」
「あの後すぐに母が鍵を開けてくれたんです。それで、指輪を届けようと思いまして」
「ナイス判断!」
めぐみんが投げ渡してきた指輪を右手の人差し指にはめて、剣を納刀する。
「なぁ、シルビアさん。先に言っておくぜ」
『カースド・ライトニング』
指輪から白い光が放たれるのを確認して、俺はポケットから取り出した硬貨を空に投げる。
「今から俺の必殺技を放つけど、ただの試験運用だから。きっちり受け止めてくれよ!」
「えっ」
指輪にはめ込まれた鉱石から電撃が迸る中、手を握ってシルビアに向けた。
親指を人差し指で押さえ込んだその間に、硬貨が触れた瞬間。
「行くぜ……。『超電磁砲』────ッッッ!」
親指でシルビアに狙いを定めて、上級魔法の魔力を増幅して作り出した『超電磁砲』を打ち出した。
端的に言うと、それはレーザービーム。
上級魔法を上回る魔力を使って放った超電磁砲を、いくら魔王軍の幹部とはいえ簡単に受け止められるはずもなく、どんどん後退りして行き。
「あれ……? 私の出番、これで終わり?」
シルビアの寂しそうな呟きをかき消すように、超電磁砲はシルビアを彼方へと吹き飛ばした。
超電磁砲を打ち終えた体勢のまま、俺は一言。
「あれ……? もう終わり……?」
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