第5話 進撃の転生者

立体機動装置。


日本のアニメ、進撃の巨人に登場する装置。


ワイヤーを打ち出し、アンカーを壁などに突き立て、ワイヤーを高速で巻き取ることで、高速移動を可能にした装置である。


 


俺が作った立体機動装置は、本家とは違う点が多々ある。


まず一つ、この立体機動装置はガスを必要としない。全ての動力は魔力で賄われている。


 


魔力を直接送ることで操作するため、それに伴い、剣の柄部分のトリガーも存在しない。


 


アニメ内での装置の詳しい仕組みはブラックボックスになっていて、自己考察を積み重ねた結果、こんな結果になった。


魔力を送る事で風を作り出す鉱石を使って方向調整をして、アンカーも魔力で巻き取る。


 


このままだと、とんでもない量の魔力を消費するため、魔力を増幅させる鉱石も使用している。


それのおかげで、魔力はさほど使わないのだが、この立体機動装置を使うにあたって、一つ問題が生じていた。


 


養殖の時間を使って、立体機動装置の練習をしようと思っていた俺は、その問題に直面する事になる……と思う。


 


 


 


目の前には、無数の武器が散らばっている。


先生は校庭で、マントをなびかせながら声を張り上げた。


「自分の武器を持っている者はそれを使っていいぞ。持っていない者はこれを使え!」


 


とは言うが、どう見てもこの武器……。


「これ、大きすぎるだろ」


俺の背丈に迫るほどの大きさの大剣や斧。オーガでも扱えなさそうな鉄球がついたモーニングスターなど、とても十二歳が扱える代物では無い。


 


俺は『乖魔剣・双』、ゆんゆんはお洒落な銀色の短剣を持っているが、その他大勢は、自分の武器を持っていなかったはずだ。


と、俺が不安に思っていると、先生が目の前で巨大な大剣を軽々と持ち上げた。


 


先生は細身な体格で、あの大剣を持てるとは到底思えなかったのだが、顔色一つ変えずに片手で持ち上げ……。


「コツは、自らの体に宿る魔力を肉体の隅々まで行き渡らせる事だ。そうすれば、我々紅魔族は一時的に肉体を強化する事が出来る」


 


……何故だろう。オチが読めそうだ。


担任の言葉に、あるえが一歩前に出る。


「……我が魔力よ、我が血脈を通り我が四肢に力を与えよ!」


 


そう一声叫ぶと、俺の身の丈ほどはある大剣を片手で持ち上げた。


「「「おおっ!」」」


「す、凄い……! 凄いけど、今のセリフは必要だったの!?」


 


俺もそれについては同意見だが、他の生徒には聞こえていなかったようで、次々と武器を手に取った。


「この子、私の持てる全ての魔力を注いでも壊れないだなんて……! さあ、あなたには名前をあげる!」


 


巨大なハルバードを両手で抱きかかえ、武器に名前をつける者。


 


他にも。


「フッ! ……へぇ、今の素振りにも耐えるなんて、なかなかの業物ね。いいわ、これなら私の命を預けられる……!」


 


片刃の長剣を何度も素振りし、不敵な笑みを浮かべる者。


 


俺はそいつらを横目に、一番近くに落ちていた武器を魔剣の鞘で突っつくと。


「……明らかに木製の音なんだけど」


「せ、先生、これ全部ハリボテじゃないですか……。木に金属メッキがされてるだけで、どれもこれも凄く軽いんですけど……」


「くろね、ゆんゆん、減点五だ」


「はっ!?」


「ええっ!? ちょ、先生っ!」


 


理不尽に減点されました。


 


森の中に移動した俺達は、各自思い思いの武器を手にしていた。


俺の記憶通り、俺とゆんゆん以外は刃のない武器を携えている。


そして俺は、背中に立体機動装置も。


 


この森の木は意外と高く、巨大樹の森ほどでは無いにしろ、立体機動には適した環境だ。


練習にはうってつけの場所と言えるだろう。


 


実はこの森、一度立ち入った事がある。


出来る限りポーションを売りたくなかった俺は、モンスターを狩る事で費用を捻出出来ないかと思ったのだが……。


モンスターの図体が大きすぎて、致命傷となる部位へ攻撃を届ける事が出来ず、小型のモンスターを狩りまくるという、非常にみっともない結果となった。


 


そういう意味でも、立体機動装置の採用は画期的アイデアと言えよう。


 


自分の偉業にウンウンと頷いていると、いつの間にか先生の話が終わったらしく、どこへともなく走って行った。


それからまもなくして、その方向から。


「『フリーズ・バインド』!」


 


先生の声が聞こえ、その方向へと皆が歩いていった。


 


さて、俺もやるべき事をやるとしますか。


立体機動装置のアンカーを、少し遠目の木に狙いを定めて発射する。


と同時に、高速での巻き取りを……。


「……うおっ!?」


 


物凄いスピードでアンカーに引っ張られて体勢を崩しかけるも、すぐに立て直す。


ふぅ……と息をつくが、高速での機動中である事をすっかり忘れていた。


 


目の前を見ると、アンカーを射出した木が、眼前まで迫っていた。


「ちょっ!? 速すぎんだろ!」


風を勢いよく装置から噴出し、ギリギリで木を回避する。


 


その勢いでアンカーを木から外し、慣性の法則に従って飛び続ける俺は、パニックに陥っていた。


周りをキョロキョロと見渡しながら。


「や、やべぇ! 次のアンカーを何処に……あ」


 


地面に顔を擦り付けながら、俺は数メートル地面を滑る。


擦れた顔を真っ赤にして、俺は一言。


「……難しい」


 


 


しかし、たった数分後。


俺は、風になっていた。


「……これは兵長クラスも夢じゃねぇな」


 


立体機動しながら、首から下を氷漬けにされたモンスターを次々と削いでいく。


うなじの部分を深く削ぎ落とすと、首が頭の重量に耐えきれなくなり、落ちる事に気がついた俺は、その方法で既に十体ほどの獲物を狩っていた。


 


最初はあんなに扱えなかった立体機動装置も、ある程度慣れてしまえばこっちのものだ。


高速での機動を恐れない勇気と、次のアンカーを何処に射出するかを一瞬で判断する力さえあれば、誰でも出来るであろうレベル。


 


俺の場合は、平均より高い知力が、判断力を向上させているのかもしれないが。


少なくとも、常に頭を働かせておくべきなのは間違いない。


 


今のモンスターでレベルが8になった。


順調過ぎて笑いが溢れる。


立体機動中も、『万象乖離』は問題なく使えるし、これでこの里周辺のモンスターに負ける事はまず無いのではなかろうか。


 


正直、『万象乖離』を使った時、アンカーが木から外れないか不安だったのだが、どうやらそれは杞憂だったらしい。


 


『万象乖離』


この能力の見解は、日に日に変わっていく。


全ての事象、存在をあらゆるものから乖離させる能力。それが今の俺の解釈だ。


 


能力使用中の俺に攻撃が当たらないのは、俺の実体を一時的にこの世界から乖離させているからだと、俺は思っている。


仮に、もしそうならば、この能力。


相手すらも乖離させる事が可能だという事になる。……凄ぇ。


 


そう考えると、アンカーが木から外れない理由も説明がつく。


乖離して、実体を失ったアンカーが木から外れる、という常識からも乖離している、と。


 


そんな別事を考えられるほどには、立体機動装置の扱いに慣れてきた。


今の俺は、よほど動体視力がいい奴以外には目視すら出来ないだろう。せいぜい、俺が機動した軌跡を捉えるのが精一杯のはずだ。


 


よくよく考えてみると、先生の魔法発動の声が聞こえた瞬間、その方向に飛び、削ぐという嫌がらせに近い事を繰り返していた為、他のクラスメイトがモンスターをほとんど狩れていない事に気がついた。


 


流石に自重……せめてあと一匹……と助平心でモンスターを探していると、少し遠くを飛んでいるモンスターを発見。


両手に鋭い爪を持ち、漆黒の毛皮に覆われ、コウモリの翼を生やしたその人形の悪魔は、何かを追っているようにも見えた。


 


何故か嫌な予感を感じ、全速力でモンスターの元へ飛翔する。


その悪魔がアンカーの射程に入ったと同時、悪魔の少し前の木を狙ってアンカーを撃ち出す。


 


そのワイヤーに引っかかった悪魔の動きが一瞬止まった。


「……悪いけど、その隙を逃してあげるほど、俺は優しくないから」


 


既に悪魔の後ろに回し込んでいた俺は、ワイヤーの巻き取りを開始する。


悪魔を角に、九十度の角度で曲がっているワイヤーが高速で巻き取られていき。


「……はぁっ!」


 


悪魔の翼を、根元から削ぎ落とした!


 


しかし、それだけでは終わらせないのが俺である。


浮力を失い、落下していく悪魔の右腕を、空中で削ぎ落とす。


その途中も、俺は高速で移動しているため、悪魔は何が起こっているのか分からないようだ。


 


次は左腕、その次は右足、次は左足。


女型の巨人戦の兵長の如く、次々と斬撃を放つ。


 


最後は、逆手に双魔剣を持ち替えて。


「う……うらぁぁぁぁ───ッ!」


回転斬りで、悪魔の首を削ぎ落とした。


 


立体機動で安全に着地すると、そこには、めぐみんにゆんゆん、そしてあるえが疲弊しきった表情で座り込んでいた。


多分、悪魔に追われていたのはこいつらだろう。


 


間に合ってよかった……ん?


ゆんゆん達が、俺の後ろを指差して震えている。耳を澄ますと、足音のような地鳴りが聞こえてきた。


 


後ろを振り向き、目に飛び込んで来たのは。


「……笑えねぇ」


オークの時といい、今回といい、どうも俺は運が無いらしい。


『乖魔剣・双』を選べた幸運がまるで嘘のようだ。


 


俺の思考が終わるのを待っていたかの如く、一撃熊の群れが、一斉に襲いかかってきた!


 


 


最初とは別の意味で、俺は風になっていた。


「なんであんなに一撃熊がいるんだよ!? 大人達で強いモンスターは狩ったんじゃねぇの!?」


「私に聞かないで! 私が聞きたいくらいよ!」


「くろねはその立体機動装置とやらがあるでしょう! 私達のために足止めをお願いします」


「ふざけんじゃねぇよ! ゆんゆんだけなら兎も角、てめぇのために足止めなんかするか!」


「わ、私だけならいいんだ……」


 


いつの間にかあるえが離脱し、三人で森を駆ける。正直、体力の限界が近い。


仕方が無い、覚悟を決めよう。


「……やるしかねぇか。俺があいつらを瞬殺する。だから、お前らはここにいろ。そっちの方が多分安全だ」


 


体を翻し、一撃熊と向き合う。


右に二体……左に四体……。


本当ならここで、俺は左を片付けると言いたいところだが、今回は一人でやるしかない。


 


双魔剣を抜き、念のために『万象乖離』を発動させながら地面を蹴り、右の二体の内の一匹に迫る。


俺の接近に気がついた一撃熊は、俺の腰ほどはありそうな腕を振るう。


 


が、当然その腕は俺を透過した。


その隙を逃さずに、俺は一撃熊の後ろに回り込み、立体機動装置を使い、真上に飛ぶ。


一撃熊の背丈の倍近く飛んだ俺は、体を回転させ、その力で首を削ぎ落とした。


 


そのまま着地する事なく、次の一撃熊に向かって立体機動する。


次の一撃熊は俺に気がつく様子が無いため、あっさりと討伐。


残りの四体の内の三体が固まる場所へ飛び、その三体の周りを旋回する事によって、足にワイヤーを巻き付ける。


当然、ワイヤーにそこまでの耐久性は無い。


少し力を加えられれば、あっさりと引きちぎられるだろう。


 


だから、その前に。


「うらぁぁぁぁぁぁ────ッ!」


ワイヤーを巻き取り、足の筋肉を一気に削ぎ落とすと同時に、三体が並ぶ延長線上の木にアンカーを突き刺す。


 


三体が膝を折り、地面に崩れ落ちた。


既にワイヤーの巻き取りを始めていた俺は、高速で一撃熊に迫り、回転斬りでそれぞれの首と頭の一部を同時に削ぎ落とす。


 


三体が地響きを鳴らして倒れるのを横目で確認した俺は、そのまま地面に降りて、ゆっくりと最後の一体に向かって歩いていく。


案外一撃熊が弱かった事に驚く俺だが、最後の一体に限ってはその通りでは無いらしい。


 


他の五体に比べて、明らかに巨体なのだ。


 


長丁場になる事を覚悟して、立体機動で一撃熊の前に躍り出たその瞬間────。


「『カースド・ライトニング』!」


 


一撃熊の背後から、そんな声が聞こえ、一条の黒い稲妻が熊の胸を貫いた。


その稲妻は、胸を貫いても止まらずに、延長線上にいた俺を襲う。


 


あまりに急な出来事だったため、『万象乖離』の存在をすっかり忘れて回避行動を取る。


風の噴出で、辛うじて回避には成功したが、その代わりに────。


 


俺の背中を強い衝撃が襲い、鈍い音が響く。


その音が、俺が木に激突した音だと気がついたのは、頭から地面に落下する直前だった。


こういう時こそ、『万象乖離』を使うべきなのだが、頭がパニック状態で働かない。


「────────」


ここ数日で聞き慣れた声が耳に届いた頃、俺の意識は完全に途絶えた。


 


 


 


目を開けると、俺はローマ時代の神殿の中みたいなところにいた。


目の前には、ゆったりとした白い羽衣に身を包み、長い白銀の髪と白い肌を持つ少女。


 


というか、このふわふわとした感覚には覚えがある。


 


きっと、俺はまた死んだのだろう。


 


どこか陰りのある表情をした少女は、俺を哀しげに見つめて。


「空夜黒音さん。ようこそ死後の世界へ。私は女神エリス。この世界でのあなたの人生は終わったのです」


 


女神と聞いて、あの青髪女神の事を思い出したが、今そんな事はどうでもいい。


俺はおずおずと手を上げて。


「……一つ聞きたいんですけど、この世界に来た時みたいに、もう一度蘇生とか出来ないんですか?」


 


俺の問を受けて、憂いを帯びた表情で首を横に振ると。


「……それは出来ません。あなたは1度生き返っていますから、天界規定によりこれ以上の蘇生は出来ないんです」


「そう……ですか……」


 


まぁ、そんな気はしてた。


していたけど、それでも。


ふと気がつけば、自分の頬を熱い物が伝わっている。


 


────やっぱり。


俺は、あの世界が割と好きだったらしい。


 


あいつらとの日々は、俺の一生の中でもかなり楽しい時間だった事は、素直に認めよう。


もう少し、あいつらと一緒にいたかった。


 


そんな気持ちが顔に出ていたのか、エリスが哀しそうに目を伏せて、俺に右手を……。


 


かざす直前、俺の脳裏に一つの考えが生まれた。


それは、天才的発想であり、カイジ風に言うならば、悪魔的発想。


 


最低最悪極悪非道であり、倫理に反すると断じる事が出来るような発想だ。


それでも、俺は実行する。


多分、俺にも1%くらいは理があるからな。


 


俺は再び、エリスの方を向いて手を上げる。


「……すいません。もう一つだけ言わせてください」


「なんでしょうか?」


 


俺に満天の笑顔で問い返すエリスを見ていると、少し良心が痛むが、心を鬼にして。


「……髪が青くて、輪状に髪を縛った女神って誰か知ってます?」


「きっとそれはアクア様の事ですね。日本の死者を担当なさっていたので。私の先輩です」


 


ビンゴ!


「…………」


「どうかしました?」


「……今から数週間前、日本からこの世界への転生時、とある事故が起こりました」


「!?」


 


エリスが肩をビクッと震わせ、顔を僅かに青くする。


「女神の不手際により魔法陣にトラブルが発生。その後、転生者はどうなったのでしょう」


「あ、あの……」


 


この反応は、何か知っているどころか、当事者の反応そのものだ。ソースは中学時代の俺!


「正解は、何処とも知れない所に送られて、その地に生息していたオークに襲われた後、その大群に追いかけ回さ」


「本当にごめんなさい! その件については完全にこちら側が悪いです!!」


 


全力で謝罪するエリスだが、店員にクレームをつける悪質な客の如く、俺は続ける。


別に、あの青髪女神への怒りを、代わりにエリスにぶつけようだなんて思ってないよ?


「あの時、紅魔族の人達に助けてもらったから良かったものの、もし助からなかったら、どうなっていたんでしょうかねぇ……」


「うぅ……」


 


これは……勝ったな……!


女神エリスについて、ゆんゆんから聞いていた事を幸運に思いつつ、俺は止めを刺す。


「あなたはかなり前から、この世界の女神でしたよね? ということは、恐らくこの事故が上司に伝わっているはずもない。あの駄女神があなたに責任を転嫁しないとは考えにくいですからね。……もし、この件が上に知れたら、どうなるんでしょ」


「わ、分かりましたっ! 私が蘇生させますから!」


 


 


 


俺の蘇生準備が整うまで、しばらく時間がかかるとの事。


目の前にいるエリスの顔は、少し引きつっていて、結構な大事を俺がした事が分かる。


 


正直、あの駄女神がエリスに責任転嫁する、というのはただの当てずっぽうだったのだが、どうやら図星だったらしい。


「全く、女神相手に脅迫をしてきたのはあなたが初めてですよ? こんな事は一度だけですからね?」


「当たり前ですよ。そう何度も死にたくありません」


 


そんな事を話していると、俺の前に白い門が現れる。


「さぁ、これで現世と繋がりました。本当に、これっきりですからね。……くろねさん」


「?」


 


首を傾げる俺に、困った様に頬を掻きながら、イタズラっぽく片目を瞑り。


そして、少しだけ嬉しそうに囁いた。


「この事は、内緒ですよ?」


 


俺は苦笑を浮かべながら、その白い門を押し明け────。


「あ、それともう一つだけ。俺を規定に反して蘇生させた理由の説明を求められた時、今回の事故、きっとバレちゃいますね」


 


エリスのハッとした表情を背中に、白い門へと足を踏み入れた。


 


「……完全勝利」

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