第4話 ノーリンカーネイション・ノーライフ
────学校────
ある日のこと。
「……なぁめぐみん」
「おはようございます。そんな顔をしてどうしたんですか?」
「…………これ、何?」
俺は、めぐみんが連れてきた、机の上で仰向けになっている黒猫を指差して言った。
時間の進み方というのは早いもので、俺が入学してから二週間が経った。
俺のスキルポイントは未だに0だが、部屋に貯蓄されているポーションを飲めば、ゆうに15ポイントは超えるだろう。
今の俺は、紅魔の里随一の頭脳の持ち主と言われており、里中から注目を集めていた。
そんな近況報告はさておき、この黒猫だ。
俺が改めてめぐみんに聞くと。
「使い魔です」
気がつけばクラスの皆は既に、めぐみんの使い魔にメロメロの様だ。
皆にもみくちゃにされる中、一切逃げる素振りを見せずに、ふてぶてしくご飯を貰っている。
こいつはきっと大物になるだろう。
色々あって、さて現在、俺の横でめぐみんが震えている。
その原因はというと、クラスメイトへの怒りだろう。
「めぐみん! トイレはちゃんと決められた場所でしなさい!」
「めぐみんの食べ残し、ここに置いといたら臭わない?」
「ああああああああああーッ!」
とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、めぐみんが机をひっくり返した。
「きゃーっ! ニセめぐみんが急に凶暴に! 愛らしさだけじゃなく、とうとう知性と理性も片割れに盗られちゃったの!?」
その言葉に、さらにめぐみんが猛り狂う。
まぁ、無理もないだろう。
自分で黒猫の事を片割れと言ったとはいえ、そいつに名前を盗られた挙句、自分の事はニセ呼ばわり。
ガチぼっち時代の俺でも、そんな理不尽な体験はしなかったと思う。
このクラスでは、ゆんゆんに次いでぼっちなめぐみんだが、ゆんゆんにも勝てないぼっちレベルでは、思ってもいなかった出来事だろう。
え、俺? 俺は名前を覚えられてなかったからそんな出来事は起こりませんでしたよ?
遠い目で過去に思いを馳せていると、クラスの内の誰かから声が上がる。
「……のりすけ」
この黒猫の名前なのだろうか。
紅魔族のセンスは理解したつもりだったが、まだまだ奥が深いらしい。
他のクラスメイトも続く。
「……ぺれきち」
「ちょいさー」
「まるも」
「かずま」
次々と呼ばれる名前が気に入らないのか、俺が抱き上げている猫が、くしゃみをするかのように鼻を鳴らしている。
というか……。
「この猫、メスじゃねぇか……」
「……じゃあやっぱもう、めぐみんでいいじゃん」
「ぶっ殺」
めぐみんの本体が一人のクラスメイトと取っ組み合いを始めた。
それに見ないふりを決め込んだ俺は、黒猫にめぐみんと呼びかけながら。
「こいつ、本当に可愛いな…………あるえ?」
「……………………」
作家志望のあるえが、何かを言いたそうな表情でこちらを見ると、ゆんゆんの方へと歩いていき、耳元で何かを呟いた。
「これが寝取られ……」
「寝取られじゃないわよ!!」
黒猫をめぐみんに押し付け、あるえに掴みかかるゆんゆんを押さえ込む俺でした。
結局、黒猫の名前はクロになった。
命名はゆんゆん。
名前が決まった後に気がついたのだが、黒猫のクロという名前と、俺の名前がそっくりだ。
これからクロが呼ばれた時に、間違えて反応してしまわないか不安な今日この頃。
で、今は何をやっているのかと言うと。
「このマスにアークウィザードをテレポート」
「……ここにクルセイダーを移動します」
めぐみんが以前持ってきたボードゲームを、放課後の暇潰しとしてプレイしていた。
最後の授業を終えた俺は、ゆんゆんを手招きして呼ぶと、鞄から件のボードゲームを取り出して。
「帰る前にこれやってみようぜ。ルールブック読んだけど、案外面白そうなんだよ」
「別にいいけど……その……」
しどろもどろになりながら、めぐみんの方をチラチラと見るゆんゆん。
「誘いたいなら誘えよ」
「う、うん……!」
その後暫くして、ゆんゆんがめぐみんと共に戻ってきた。
「よし、早速やろうぜ」
「それは構いませんが、どういう組み合わせにしましょうか?」
「そうだな……じゃんけんで決めようぜ。……最初はグー!」
結果、一試合目はめぐみんVSゆんゆん。
「じゃあまずは、私からいくわね……!」
──二十分後。
「これで私の勝ちですね」
「くぅ……負けた……」
一方的に敗北し、机に伏せるゆんゆんだが、これは負けても仕方がないだろう。
そうはっきりと言えるほどには、ゆんゆんの采配は酷かった。
駒を並べて、めぐみんと向き合う。
「さて、次は俺とめぐみんか。これは余裕だな」
「随分と舐められたものですね。ゆんゆんなら兎も角、私がそうあっさりやられるとでも?」
俺は駒を進め、自信満々に言い切っためぐみんに向かって。
「言い忘れてたけどさ。俺、ボードゲーム負けた事無いから」
──五分後。
「……ここにアークウィザードをテレポート。これで終わりだな」
「何を言っているのですか? まだ勝負はついてませんよ?」
「……お前がそう思うのならそうなんだろう。お前の中ではな」
──二分後。
「ここにクルセイダーを前進」
「…………ここにソードマスターを前進」
「ここにアークウィザードをテレポート。……どうだ? テレポート無しはなかなか辛いだろ」
「くぅ……! まだ勝負は決まってません!」
──三分後。
「リーチ」
「…………降参です」
「なぁ、一つ言っていいか? お前、弱すぎ」
「なぁっ!?」
俺の言葉に驚くめぐみんだが、気にせずに続ける。
「まず、あっさりとアークウィザードを倒されてる時点でもう駄目だ。まぁ、俺が意図的に潰したんだけどな」
「通りでアークウィザードばかり狙われると思ったら! やはりそうでしたか!」
興奮するめぐみんに、呆れ顔で答える。
「というか、それ以前の問題だな。思考が浅い」
「……そこまではっきり言われると流石に傷つきますよ。それに、最後は兎も角、途中まではいい勝負だったと思うのですが」
確かに、傍からはいい勝負に見えただろう。俺がそうなるように仕向けたからな。
「相手の思考パターンを把握さえ出来れば、最善手に見えそうな罠を張れる。そうやって、俺はお前を誘導していったんだよ。とは言っても、今回の場合は途中から遊んでた。お前じゃ弱すぎるからな。本気で戦ってたら、多分六分くらいで勝ててたぞ」
自慢げに言うと、少し何かを考えためぐみんが、顔を覆い隠して震え始めた。
あれ? もしかして言い過ぎちゃった? と慌てていると、めぐみんがニヤリと笑い、いきなり爆弾を投下した。
「……やっぱり、私とは遊びだったのですね!」
「「「「「!?」」」」」
「ちょっと待て! その誤解を招くような言い方は止めろ! いや、確かに遊びだけど!」
「「「「「!!」」」」」
俺が言い訳をする度に、どんどん周りの視線が冷たくなっていく気がする。
「ちょっと待て! 俺は何も悪くない!」
「私を弄んだくせに、よくそんな事を言えたものですね!」
「失礼な事言うんじゃねぇ! 弄んだんじゃなくて誘導したんだよ!」
「「「「「!?!?」」」」」
クラスメイトがざわめき始める。
最低だの鬼畜だの好き勝手言われる中、めぐみんは俺の尊厳に止めを刺した。
「くろねにはゆんゆんがいるというのに! 私にまで手を出すとは最低です!」
「おい! それに関しては全力で否定させてもらう! ……お、おい? お前らまさかめぐみんの言う事を信じてるのか? や、止めろよその冷たい目を! ……う、うわあああああああああああああ!!」
俺が涙目で教室から飛び出る背後から、めぐみんの声が聞こえた。
「完全勝利」
傷心真っ盛りの俺は、校庭で一言。
「……帰りてぇ」
「だ、大丈夫よ! 誰も本当だと思ってない……思ってないわよ!」
「その自己暗示みたいな言い直しは止めてくれ」
先程の件で、もう誰も信じられなくなった俺は、久しぶりにマイナス思考を覚醒させていた。
「いや、どうせ今後『鬼畜のくろね』とか、『外道のくろね』とか呼ばれるようになるに決まってるんだし……」
自嘲的に笑いながら自虐を続ける俺。
「そう考えたら、俺が学校に行きたくなくなるのも普通なわけ……痛ってぇ!」
「何をブツブツ言っているんだ。また立たされたいのか?」
俺の頭を後ろから叩いた先生が、今日は戦闘訓練をすると俺達に告げる。先生め……一時間サボっただけで、その次の授業中ずっと立たせるなんて……!
どう考えても俺が悪いですね。
「……よし、じゃあめぐみん! 戦闘で生き残るために最も必要なものとは何か?」
担任の質問に、めぐみんが前に出る。
間違えて恥かかねぇかな……。
「火力です! 力! 圧倒的な力です!」
「ふむ。……では次、ゆんゆん!」
「え!? えーっと……な、仲間です!」
ぼっちなゆんゆんの仲間発言を聞き、少し心にキタのを感じていると、めぐみんとゆんゆんが先生の前に出て。
「「先生、何点ですか?」」
「共に三点。ガッカリだ! お前達にはガッカリだよ! お前達二人は、そこで正座でもして話を聞いてろ! ……ペッ!」
「(´^ω^`)ブフォwww」
先生の唾吐き、そして何よりも、悔しさで震えながら正座する二人につい吹き出していると、先生が大声を張り上げる。
「くろね! お前なら分かるだろう! お前が紅魔族の仲間入りを果たした事を教えてやれ! そこの、成績のみ優秀な、なんちゃって紅魔族にな!」
なんちゃって紅魔族!
二人が、特にめぐみんが歯を食い縛るのを見て、笑うのを必死に堪えながら前に出て。
「戦闘前のセリフですかね。これさえ間違えなければ、どんなに劣勢でも負ける事はまず有り得ません」
俺の回答を聞いた先生がうむと頷き。
「百点! 後でスキルアップポーションをやろう! では、各自ペアを作り戦闘前のセリフを練習せよ!」
担任の言葉に、クラスメイト達が思い思いにペアを作る中、正座をしたまま、涙目でこちらを睨みつけるめぐみんとゆんゆんに。
「……ふっ」
「「ああっ!」」
驚きの声を上げた二人が、怒りで俺に飛びかかろうとした刹那、その場に崩れ落ちた。
どうやら足が痺れているらしい。
「…………ざまぁ」
めぐみんとゆんゆんの飛びかかりを、『万象乖離』で避けた、春の暖かい昼下がり。
──自室──
「…………出来た!」
喜びのあまり、俺は部屋でガッツポーズ。
それを見られていたらしく、ドアの隙間からゆんゆんが、得体の知れない物を見る目つきをしている。
しかし、今の俺はそんな事など気にならない程に興奮していた。
なんせ、日本にいた頃からの夢が叶ったのだ。今の俺はそよ風のようにしか感じない。
この為だけに、ポーションを数本消費したし、 費用を捻出するために、無理にモンスターを討伐しまくったりと色々したが、終わり良ければ全て良しだ。有終の美だ。
無視され続けて心にキタのか、ゆんゆんが部屋にコソッと入り、俺の作った武器に触れる。
そのまま暫く物色していたが、何も分からなかったようで。
「ねぇくろね、この武器みたいなのってどういう物なの?」
俺は一つ思案して。
「強いて言うなら、空中を高速で飛び交い、斬撃を放つ為の移動手段、かな」
そして翌日。
俺は、いつもは背中に背負っている双魔剣を、腰より少し下に固定して、腰にある物を装着していた。
今日は、待ちに待った養殖の授業だ。
俺が皆からの注目を集める中、先生がやってきて皆を一瞥すると、ちょうど俺の所で視線が止まる。
「今日は養殖の授業をするが……くろね、その腰につけた物はなんだ?」
俺は堂々と、多分この世界には存在しない単語を口にする。
「これですか? ──立体機動装置です」
その場にいた全員が、頭にはてなマークを浮かべたような顔になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます