第2話 転生者、冒険者始めるってよ。


 


 


 


────居間────


 


「……ぐすっ」


俺は、族長宅の居間で泣き崩れていた。


 


事の始まりは、冒険者登録である。


 


 


 


俺は族長さんに連れられて、冒険者登録に向かっていた。


族長さんは、アークウィザードになる事を勧めていたが、紅魔族では無い俺では、多分なれないだろう。


 


しかし、紅魔族の学校は魔法を習得する為の場所だと族長さんから聞いたので、魔法を習得出来る職に就く事は確定だ。


 


俺の主武器は『乖魔剣・双』なので、二刀流スキルなんかも、存在するならば習得したい。


そんな万能な職になれるかな……。と思いを馳せていると、いつの間にか登録所に着いていたらしい。


 


受付の人の指示に従い、色々と自分の情報を書き込んでいく。


黒髪に、赤と白のオッドアイ、十五歳……。


書き終えた俺に、一つのカードが差し出される。これに触れれば、俺のステータスが分かるようだ。


 


これでやっと、俺の異世界転生ストーリーが始まる……!


なんて心の奥底で喜びながら、カードを受付の人に渡すと。


「……普通ですね。知力だけは異常に高いですが、魔力が高くないので魔法職にもなれませんし……これなら、科学者か冒険者くらいしかなれませんね……」


 


そんな事を告げられた。


瞳が潤んでいくのが分かる。


「…………じゃあ、冒険者で」


「ぼ、冒険者は全てのスキルを習得出来ますし、レベルを上げれば上級職に転職出来ますので、そう悲観する事は……」


 


冒険者カードを受付の人から奪い取り、俺は登録所から駆け出した。


 


 


 


そして現在に至る。


「大丈夫だよ。冒険者だって、上級魔法を習得出来るから、ね? 学校での頑張り次第では、割と早く習得出来るかも知れないよ?」


 


族長さんがフォローしてくれるが、今はその優しさが胸に突き刺さる。


「いいんですよ、俺は双魔剣で戦うんで……」


どんどん卑屈になっていく俺。


昔、親にマイナス思考の塊と言わしめた俺は、その名に恥じないマイナス思考主義者である。


 


どう間違っても、早く魔法を習得出来る様に頑張ろう! なんて思考は出てこない。


未だにグダグダしている俺に、族長さんが。


「ほら、シャキッとしたまえ! それに、くろね君はその双魔剣を使いこなせているのかい?」


「…………うっ」


 


痛い所を突かれた。


確かに、『乖魔剣・双』の特殊能力を、俺は完全に理解出来ていない。


「魔法を覚えるのに時間がかかるなら、せめて双魔剣に慣れてから入学した方がいいんじゃないかな?」


 


族長さんが諭すように俺に言ってくる。


明らかに相手の方が正論なので、ここは素直にその助言を聞き入れる事にした。


「……それもそうですね。外で練習してきます」


「私も手伝うよ。相手がいた方が、効率良く練習出来るだろ?」


 


……本当に頭が上がらないな。


 


 


 


外に出て、準備運動をしている途中。


ふと玄関を見ると家の中から、昨日俺を覗き込んでいた少女が、ひょこっと顔を出していた。


「お、ゆんゆん。こっちに来なさい」


 


ゆんゆんと呼ばれたその少女は、挙動不審になりながらも族長さんの元へ歩いていった。


「昨日会ったと思うけど、改めて。娘のゆんゆんだ。ほらゆんゆん、自己紹介を」


 


族長さんに背中を押され、ゆんゆんは顔を赤くしながらポーズを取り。


「わ、我が名はゆんゆん……、やがては紅魔族の長となる者……」


と、控えめな声で言った。


 


族長さんがウンウン頷くその横で、ゆんゆんは真っ赤になった顔を手で覆い隠していた。


「は、恥ずかしい……」


「何を恥ずかしがっているんだ? 今のはかなり格好良かったぞ!」


 


族長さんが追い討ちをかけ、とうとうゆんゆんはその場にへたり込んでしまう。


「…………気持ちは分かる」


俺がボソッと呟くと、ゆんゆんが希望を見つけたかの様な視線でこちらを見て来た。


 


あぁ、やっぱり。


多分ゆんゆんは、紅魔族唯一の普通の人だ。


 


 


 


『乖魔剣・双』


俺が神器として貰った魔剣であり、現時点での俺の主武器。


能力は不明だが、VSオーク戦の事を考えれば、恐らくはあれだろう。


と言うか、魔剣なんて大層な名前が付いているのにも関わらず、ステータス補正が無いことに少し拍子抜けしてしまう。


 


俺がこんな事を考えているのにはちゃんと理由がある。何故なら────。


 


 


 


剣戟の音が、里中に響き渡る。


「どうした!? 双魔剣の力はそんな物なのか!?」


俺が今、族長さんと本気の戦闘を行っているからだ。


 


ハンデのつもりなのか、族長さんは一刀流で、俺は二刀流。しかも、族長さんが使っているのは普通の剣だ。


それなのに、族長さんに太刀打ち出来ない。


まず、族長さんの剣速が速すぎて、斬撃を防ぐのが精一杯なのだ。


 


後は、一撃一撃が重い。


筋力ステータスが低いせいか、族長さんの一撃を防ぐのに、剣を両方使わなければ押し負けてしまう。


俺は全神経を集中させているが、族長さんにはまだまだ余裕があるらしく。


「魔剣の能力は使わないのか?」


もはや、返事をする余裕すらも無い。きっと族長さんは、それに気が付いている事だろう。


 


それに、俺だって使えるのなら使っている。


何故かは分からないが、能力が発動しない。


ゲームならば、俺のHPが赤ゲージまで減る事が条件だったりするのだが、この世界にはHPゲージは無い上に、族長さんの斬撃を一撃でも食らえば、多分俺は瀕死になってしまう。


 


俺は、受験当日以上に思考を張り巡らせた。


その結果。


 


VSオーク戦と状況を同じにする事にした。具体的には、開き直って回避が不可能な状況を、意図的に作り出す。


「おや、もう諦めたのか!?」


 


両手を下げ、一切の動きを止めた俺の肩に、族長さんの剣が振り下ろされた。


ここからどう動いても回避は不可能。


族長さんは寸止めをするつもりは無いらしく、速度は緩まぬまま、俺の肩に直撃した。


 


したが、その斬撃は俺の肩を切り裂く事は無く、俺をすり抜けて地面に叩きつけられた。


「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


その隙を見逃さず体を捻らせ、持てる限りの力を振り絞り、族長さんに剣を振り下ろす。


 


しかし、族長さんは予想以上に強かった。


地面に叩きつけられ、振動した剣を一瞬で構え直し、俺の横腹を切り付ける。


 


切り付けたのだが、それすらも俺の腹をすり抜けて、反対側から抜けた。


それは良かったのだが、すり抜けたのは族長さんの剣だけでは無く。


 


「「えっ」」


族長さんと俺の声が重なる。


族長さんの剣と同様に、俺が振り下ろした魔剣が族長さんをすり抜けたのだ。


ここで、一刀流と二刀流の違いが生きる。


その違いは、最大手数の多さ。


俺は、族長さんが剣を振り抜いてがら空きになった半身に、もう片方の魔剣を振り下ろす。


 


今度こそ、族長さんの斬撃が来る事は無く。


「……俺の勝ちですね」


「……まさか、寸止めされるとはな。そこまで余裕があったとは思わなかったよ」


 


俺に余裕なんて全く無かった。


「咄嗟に手が止まっただけですよ」


「……これは完敗だ」


 


 


戦闘の余韻もすっかり抜け、自室で微睡みながら、魔剣について考えていた。


あれが魔剣の能力の全てかどうかは分からないが、現時点で明らかになった能力は。


 


《エセリアルシフト》の強化版。


某MMOの中に出てくる、武器に付与されている効果の事を指し、その武器の攻撃を剣や盾で防ごうとすると武器が霞み、その剣や盾をすり抜けて攻撃をする事が出来る効果だ。


 


俺の『乖魔剣・双』はそれに加えて、自分も透過させる効果も有している、のだろう。


その代わりに、ギリギリでしか発動しないというデメリットもあるが、これは俺の慣れの問題の可能性も否定出来ない。


 


自分で結論付けておいて何だが、この魔剣、強すぎるだろ……。ステータス補正が無いのも頷けるレベル。


 


壁に立て掛けてある魔剣を凝視する。


あの時、何となくで選んだ神器がここまで強いとは思いもしなかった。


 


冒険者カードに書かれていた幸運ステータスを疑い始めていると、コンコンと入口を叩く音が。


族長さんかと思ったが、意外にも入って来たのはゆんゆんだった。


「……ど、どうかしました?」


 


俺のパッシブスキルのコミュ障が発動してしまい、ゆんゆんの方を見れないまま、噛みながら尋ねる。


ゆんゆんが顔を伏せたまま。


「け、敬語は止めてください。えっと、一つお願いしたい事があるんです……」


 


そんな事をボソボソと呟いた。


「……そう言うなら敬語は止める。俺に出来る事なら構わないぞ。後、ゆんゆんも敬語は止めてくれ」


 


俺は所詮居候の身なので、ゆんゆんより身分が下なのは間違い無いだろう。


そんな俺がタメ口で、ゆんゆんが敬語を使うなんて事は、流石に俺の気分が悪い。


「そ、そう? だったら止めるけど……。で、頼みって言うのは──────」


 


 


 


「くろね君、ご飯が出来たよ…………何をやっているんだい?」


 


族長さんが俺の部屋を訪れた時、俺とゆんゆんは。


「わ、我が名はゆんゆん……」


「違う! もっと堂々と! ……あ、族長さん。今ゆんゆんの自己紹介の練習をしてまして」


 


ゆんゆんの頼みとは、自分と同じ感性を持つ俺と、自己紹介の練習をする事だった。


しかし、俺は羞恥心を無視する事が得意なので、その気になれば紅魔族流の挨拶は出来る。


それに対してゆんゆんは、羞恥心を無視する事が苦手らしく、練習を初めてから彼此二時間が過ぎたのにも関わらず、未だにこんな調子だった。


 


まぁ、それも致し方ないだろう。


俺が数年間のぼっち生活を経て、やっと身に付けた芸当なのだ。そう簡単に出来る様になられては俺の立場が無い。


 


ゆんゆんが羞恥心の限界に達したのか。


「そ、そこまで言うならくろねがやって見せてよ!」


顔を真っ赤にしながら、そんな事を言う。


「よし分かった。俺がやってみせるから、ゆんゆんもそれを真似して真剣にやれよ!」


「えっ!?」


 


俺は深く深呼吸をして、ぶっころりー達に挨拶をした時と同じポーズを取り。


「我が名は空夜黒音! 新たに紅魔の里に降り立ちし者にして、双魔剣を有する者! ……さぁ、やってみろよ」


 


俺が何の躊躇いも無く自己紹介をやってのけた事に戸惑うゆんゆん。


「わ、分かったわよ……。わ、我が名はゆんゆん! やがては紅魔族の……お、長と……」


「おいどうした!? 俺はやって見せたぞ! 恥ずかしさに必死に耐えたぞ!?」


「ち、ちっとも恥ずかしそうじゃ無かったじゃない!!」


 


この風景を族長さんが見ている事を思い出したのは、それから一時間後だった。


族長さんがニヤニヤしている事に気が付いた俺とゆんゆんの顔は、トマトの様に真っ赤だった事だろう。


 


 


 


顔の熱が抜けないまま、俺は居間に向かう。


ちなみに、ゆんゆんは部屋に逃げ込み、そのまま引き篭もってしまった。


居間では族長さんが、一人で酒を飲んでいた。


「くろね君か。ゆんゆんは?」


「恥ずかしかったのか、部屋に引き篭りました」


 


そう言うと、族長さんが大声で笑う。


「ゆんゆんは恥ずかしがり屋だからなぁ……。あ、そういえばくろね君」


「どうかしましたか?」


 


俺が何の気なしに聞くと、族長さんが拗ねたような表情をして。


「族長さんなんて素っ気ない呼び方は止めてくれ。私としては、お父さんかパパがいいな」


「………えっ」


 


予想外すぎる言葉に驚きを隠せない俺。


どうすべきか戸惑っていると、暖簾の向こうから女性が入って来て。


「あら、だったら私もお母さんかママって呼ばれたいわ」


「……………えっ」


 


族長さんの奥さん。


族長さんと同じく、俺が世話になる人だ。


「昔から息子にお父さんって呼ばれてみたかったんだよなぁ」


「奇遇ですね。私もです」


 


一見、夫婦間の楽しげな会話なのだが、時たま俺をチラッと見る為、非常にプレッシャーを感じる。


「わ、分かりました……。お、お父さん……お母さん……」


 


紅魔族流挨拶をする時よりも恥ずかしい。


顔を伏せたまま暫く悶えていだが、二人の反応が無く、不思議に思って顔を上げると。


「「か、可愛い……」」


二人の声が重なる。


「えっ? ちょっと待ってください。何故こっちに迫って来るんですか? 後、目が怖いです! い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 


────このあと滅茶苦茶呼ばされた。


 


 


 


────翌日────


朝起きて居間に降りると、ゆんゆんとお父さん、お母さんが既に食事を始めていた。


「おはよう、くろね」


「おはようございます。お父さん、お母さん」


「おはよう。でも、おはようございます、じゃないでしょ? おはよう、でお願いね」


 


お父さんがウムと頷く。


二人の優しさに、少し涙腺が緩みながら。


「わ、分かったよ。……おはよう」


「えぇ、おはよう」


 


一家団欒とはこの事を言うのだろうか、と感慨深い物を感じていると。


「ッ!?」


「おはよう。ゆんゆん、どうかしたか?」


 


ゆんゆんが明らかに取り乱しているので、朝の挨拶をすると共に聞いてみる。


「どうかしたか? じゃないわよ! なんでくろねがお父さん、お母さんって読んでるのよ!?」


「なんでって言われても……お父さんかお母さんに聞いてくれ」


 


俺が二人の方を見ると、当たり前の様に。


「なんでって……家族なんだから当たり前じゃないか。なぁ母さん」


「えぇ、そうですね」


「!!」


 


ゆんゆんが肩を震わせる。


それに気が付かないお父さんは、一言。


「新しく息子が出来たみたいで新鮮だなぁ……」


「お、お父さんの馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁ!」


 


ゆんゆんは再び部屋に引き篭もった。


 


そこには、呆然とした俺と、先程のゆんゆんの馬鹿発言で力尽きたお父さんと、意味深に微笑むお母さんがいた。


そのお母さんが、力尽きたお父さんに。


「ふふっ、あれはお父さんが悪いわね」


「ぐはっ!」


「お、お父さーん!」


 


お母さんが止めを刺してしまい、完全に燃え尽きてしまったお父さんに駆け寄る。


「だ、大丈夫だ……」


「お父さん、ゆんゆんはくろねに子供としてのポジションを取られそうで不安だったんですよ。それなのにお父さんったら……」


 


お母さんは、ジト目でお父さんを見つめる。


俺は、既に作られていた食事を自分で運び、食事を作ってくれた両親に感謝しながら、朝食を食べ始めた。


 


そして、俺の目の前では。


「大体、お父さんは昔から────」


「も、もう勘弁してくれよ……母さん……」


父さんの精気がどんどん削られていく中、お母さんの説教が続いていた。


 


 


 


朝食を終え、俺は冒険者カードを見ていた。


習得可能欄には、当然何のスキルも表示されていない。


スキルポイントも0。


 


見る度に悲しくなってくる冒険者カードを怒りに任せて床に叩きつけると、それと同時に部屋にゆんゆんが入って来た。


「ゆんゆんか……。ノックぐらいしてくれよ。……もしかして、お父さんと話してきた?」


「な、なんで分かったのよ!」


 


自分では気が付いていないかも知れないが、部屋に入って来た時の顔、幸せ一杯と言わんばかりの笑顔だったぞ。


「で、何の用だ?」


「え、えっと、自己紹介の練習の続きをしたいと思ったんだけど、何してるの?」


 


ゆんゆんが俺の手元を覗き込む。


「暇だったから冒険者カードを見てたんだよ」


「ちょっと見せて……くろねって冒険者なの!?」


「…………別にいいだろ! 上級魔法だって習得出来るし! 何でも習得出来るんだぞ!」


 


俺が半泣きで騒ぎ立てると、ゆんゆんが取り繕った様に。


「そ、そうよね! 大丈夫よ! ……本当に大丈夫よね?」


「…………自信が無いなら無理にフォローしなくていいぞ。俺には双魔剣があるからいいし」


 


俺の持ち前の卑屈さを発揮していると、ゆんゆんが再び冒険者カードを見て。


「くろねの知力ってかなり高いわね……それだけなら私より遥かに上じゃない」


「え、本当? 俺の知力って魔法使いよりも上なの……ってお前、今何て言った? お前、知力だけって言ったよな? だけ!?」


 


日本では、剣道部の中で最も非力だったとは言え、筋力で俺より年下のアークウィザードに負けているとは思わなかった。


 


俺は煤けた顔で、ゆんゆんに聞いてみる。


「……ゆんゆん、俺って輪廻転生した方がいいかな?」


「卑屈にならないでよ! レベルを上げればステータスなんて何とかなるわよ!」


 


この際、持ち前の知力と双魔剣で、今期生徒最速で卒業してやるよ!


 


 


 


この後、ゆんゆんの冒険者カードを見せてもらい、真っ白に燃え尽きました。

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