【このすばss】この素晴らしい転生者とぼっち達に祝福を!

佐倉澪

第1話 転生者、紅魔の里へ。

きっと、俺は死んだんだと思う。


 


目の前の青い髪の女神が、俺に問う。


「その中から好きな物を選び、それを持って旅に出なさい」


足元には、沢山のスキルや武器が載ったカタログが落ちている。


「そうだな……じゃあ、この『乖魔剣・双』で」


 


特に執着がある訳でも無いので、それなりに強そうな武器を選ぶ。


空から光が降り注ぎ、その中から二本の剣が俺の手の中に舞い降りた。その剣はとても軽く、余り筋力に自信の無い俺でも安心して使えそうだ。


 


青髪の女神はカタログを回収し、俺に魔法陣の中に立つように指示した後、両手を広げてこう言い放った。


「さぁ、旅立ちなさい、勇者よ! 魔王を討伐した暁には、何でも願いを一つ叶えましょう!」


 


それを聞いて、俺は一言。


「……何それ初耳なんすけど。先に説明してくださいよ。嫌だよ? 魔王討伐なんて。面倒くさい」


「……えっ」


女神が驚きの声を漏らした瞬間、魔法陣の模様が激しく揺らいだ。


「えっ、あの! これ大丈夫!? めっちゃ魔法陣が揺れたんだけど!」


「だ、大丈夫よ! 私が作った魔法陣はそんな簡単にどうにかなったりしないわ!」


 


先程とは全く違う、切羽詰った口調に不安が募る一方だ。俺の言葉が余りにも予想外過ぎて、女神の魔法陣にまで影響を及ぼしちゃったの? やだ、俺って凄い……。


「本当に大丈夫なんだろうな!? 魔法陣の揺れが酷い事になって……」


 


俺の慟哭が女神に届く事は無く、周りの景色が真っ暗に染まったかと思えば、一転、視界は青空で満たされた。


「……不幸だ」


 


言ってみたいセリフランキング堂々の一位を口にしながら、俺は万有引力に従って落下を開始した。


 


地面が目の前に迫った瞬間、あの女神から貰った二本の剣を、しっかりと握りしめた事だけはよく覚えている。


「……何で、無事なんだろうな」


俺は、周りに何も無い平坦な草原に寝転がっていた。


 


 


 


元の世界とこの世界の時間が一緒かどうかは定かでは無いが、太陽の沈み方が早く、元の世界よりは時間の進み方が早いようだ。


ちらっと腕時計を見ると、歩き始めてから、元の世界での一時間が経過していた。


「本当に……ここ、何処だよ……? あの女神、絶対に許さねぇからな……」


 


俺をこんな場所に送り付けた、あの女神に対して憎悪を燃やしながら、ただひたすら歩き続ける。


 


そこから更に三十分程歩いた辺りで、一つの人影を発見した。


 


これで、この地獄ともおさらばだ! と希望を胸に抱き、その人影に駆け寄って。


「すいませーん! ちょっと聞きたい事があ……る……すいません何でもないです」


俺が話しかけた人影は、ゲーム定番の『オーク』だと思われるモンスターだった。


 


そのまま回れ右をして、全速力で駆け出す。


しかし、流石はモンスターと言うべきか、段々と足音が近づいてくる。


「来るんじゃねぇぇぇぇぇ! 俺が何をしたって言うんだよぉぉぉぉぉ!」


 


「ねぇ、お兄さん。逃げてないで、あたしと良い事しない?」


 


「…………は?」


俺を追っていたオークは、メスだった。


いや、だからといってどうこうする訳では無いのだが、今あいつ何て言った?


「あんたが何を言っているのか理解出来ないししたくもないが、一つ言えるとすれば、お断りします!」


 


元々少ない体力を振り絞り、オークから逃げ続ける。


「あらそう。あたしは合意の上での方が良かったんだけど」


ふと後ろを振り向くと、あのオークは既に眼前まで追い付いていた。


 


俺の異世界生活よ、さらば……。


「って終わらせるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


背中に背負った二本の剣を抜き、オークに向ける。初めて見るその刀身は、血の色以上に真っ赤に染まっていて、如何にも魔剣といった感じだ。


 


俺がこの世界に来る前、現役で剣道部に所属していたのだが、二刀流は一度しか使った事が無い。しかも、その時の戦いがこれまた酷く、一刀流の相手に一打突も当てられなかったという屈辱を味わった思い出がある。


 


俺が過去のトラウマを掘り返していると、


「あら、あなた。正面から見ると結構イケメンじゃない。そうねぇ……五日くらい、あたし達の集落に来て頂戴。きっと気持ちよく天国に行けるわよ?」


相変わらずとち狂った事を言うオークが俺に襲いかかってきた!


 


先述の通り、剣道部に所属していたお陰で、動体視力には自信があるのだが。


「つーか、この武器の能力聞くの忘れてた……」


オークの掴みかかりを回避、時々剣で受け止めながら、本日の俺の最大の失敗に気が付いた。


こうなったら、元の世界で培った、剣道の技で勝つしか無い。心を落ち着かせ、オークの攻撃をいなしながら、そのタイミングを狙う。


「いい加減大人しくして頂戴?」


オークが俺を気絶させようと、手を大きく振りかぶる。その為、剣道でいう所の胴の位置ががら空きとなった。


 


多分、このチャンスを逃せば、俺はオークに捕まるだろう。だから、ここで終わらせる!


右手に持った剣をコンパクトに振り抜こうとしたその刹那、左から迫る影が、視界の端に目視出来た。


 


それは、振りかぶった手とは逆の、オークの手。……してやられた。


さっきの大振りはフェイク。本命は、小さく振りかぶったこっちの方だ。いや、両方がフェイクで、両方が本命、というべきか。


 


大振りの方を避けても、小振りの方は避け切れない。逆に、小振りの方だけ避けた所で、大振りによる攻撃が待っている。


このオーク、豚にしては随分と知略的且つ冷静じゃないか。こんなの、この世界に来て数分の俺が、どう相手しろって言うんだ。


 


この攻撃を避けさえすれば、この豚を斬殺する事が可能だが、まず回避は不可能。


俺が一切を諦めたと同時に、ワンテンポ間を取って、オークの両手が振り下ろされた。


 


その時、物理的に有り得ない事が起こった。


オークが振り下ろした手は、間違い無く俺に当たった。しかし、その双腕は俺の体をすり抜け、俺にダメージを与える事は無かったのだ。


 


オークも驚愕を隠せていないが、すぐに平静を取り戻し、裏拳の要領で俺を挟み込みにかかるが、それすらも俺をすり抜け、勢い良く手を振ったオークは、完全に無防備だった。


 


そのチャンスを逃す俺では無い。


色々と謎はあるが、そんな事は後で考えろ!


今は、目の前のオークを屠る事だけを!


某黒の剣士の剣技を頭に思い浮かべながら、出来る限りの速度で剣を振る。


 


『乖魔剣・双』は予想以上の切れ味で、オークの双腕を根元からあっさりと切り落とした。


人外が相手とはいえ、双腕を失った相手に負ける程、俺は弱く無い。……多分。


 


右手に握られた剣を喉元に突き刺し、それに次いで、左手に握られた剣でオークの首を切り裂いた!


 


 


 


オークが動きを止め、勝ったと確信した瞬間、俺はその場に崩れ落ちた。


「……死ぬかと思った」


オークは俺を捕らえるつもりだったのかも知れないが、明らかに一撃の威力が高すぎる。最後の攻撃がもし当たっていれば、俺はきっと死んでいただろう。


 


背中に剣を仕舞い、心を落ち着かせる。


しかし、残念ながら俺には平和は訪れないらしい。


「は、ははっ……はぁ……」


乾いた笑みが漏れ、それが段々と溜め息に変わっていく。


 


俺の視線の先には、先程見た人影が多数立ち並んでいた。


俺の数あるトラウマの中でも、一瞬にして上位に食い込んだそれは、息を荒らげながら飛び掛ってきた!


 


剣で戦う選択肢を真っ先に除外した俺は、仮面ライダーカブトさえも驚くであろう速度で地面を蹴った。


 


 


 


自分で異世界に行きたいと、言っておいて何だが、もう日本に帰りたい。


あ、だったら魔王を倒せばいいじゃない……って出来る訳ねぇから!


既に俺は虫の息なのに対して、後ろを追うオーク達は、息一つ乱さず走り続けている。


「あなたって強いのね! 決めた、あたし絶対あなたの子を産むわ!」


 


先程の俺の戦闘を見ていたのか、そんな馬鹿な事を言うオーク達。


「ふっざけんじゃねぇぇぇぇ! んな事させる訳ねぇだろうがぁぁぁぁぁぁぁ!」


 


涙目になりながら叫ぶが、オーク達は聞く耳を持たず、更に加速した。


もう神様でも悪魔でも女神でも何でもいいから助けてくださいお願いします!


 


そんな事を願った、その時だった。


 


全力疾走しながら前を見ると、突如として、何も無い空間から黒いローブを着た四人の集団が現れる。


正確には、二人はライダースーツを着て、指先の無い手袋をはめていた。


 


その四人は、俺の横を通り過ぎてオークと対敵すると。


「肉片も残らずに消え去るがいい、我が心の深淵より生まれる、闇の炎によって!」


……えっ?


 


俺の困惑には誰一人として気が付かず。


「もうダメだ、我慢が出来ない! この俺の破壊衝動を鎮めるための贄となれぇぇーっ!」


「さぁ、永久に眠るがいい……。我が氷の腕に抱かれて……!」


「お逝きなさい。あなた達の事は忘れはしないわ。そう、永遠に刻まれるの……。この私の魂の記憶の中に……!」


 


言い終えると、全員が同じ言葉を唱え始める。きっと、これが魔法詠唱なのだろう。


それを見た瞬間、オーク達の顔が青ざめる。


「『ライト・オブ・セイバー』!」


「『ライト・オブ・セイバー』ッ!」


「セイバーッ!」「セイバーッッ!」


 


次々に叫ぶと同時に、彼らの手が輝き、その手刀がオークに向けて振るわれる。


その場に残ったのは、ズタズタに切り裂かれたオークの残骸だけだった。


 


確かに、何でもいいから助けてくださいとは言った。 でもさ、この人達怖すぎるだろ!


決め台詞の中の闇の炎や氷の腕はどこへ行ったのか、そんなツッコミも出来ない。


 


最初の決め台詞を言った男がこちらを見て。


「偶然ここを通りかかって良かった……。君、大丈夫かい?」


「え、はい……大丈夫です。あの、ありがとうございました。助けて頂いて」


 


ペコペコと俺が頭を下げていると、その男がローブを翻して。


「我が名はぶっころりー。紅魔族随一の靴屋のせがれ。アークウィザードにして、上級魔法を操る者……!」


 


それを聞いて確信した。


この人達、俗に言う中二病だ……。


こんな所で過去の地雷を掘り起こす事になるとは思わなかった。しかし、この挨拶が紅魔族とやらの礼儀なのだろう。ならば。


 


郷に入っては郷に従え、だ。


「……我が名は空夜黒音(あきや くろね)。新たにこの地に降り立った者にして、双魔剣を有する者! ……よろしくお願いします」


 


俺が、日本の文化であるジョジョ立ちをしながら挨拶をすると。


「「「「おおおおーっ!」」」」


 


突然と言うか、予想通りと言うか、紅魔族の人達が歓声を上げた。


「素晴らしい、実に素晴らしいよ! 普通の人は、俺達の名乗りを受けると微妙な反応をするんだけど……! まさか、外の人がそんな返しをしてくれるだなんて!」


 


ぶっころりーの言葉を受けて、他の紅魔族が頷く。……まぁ、そうだろうな。


「紅魔族の礼儀に合わせた迄です。で、助けてもらっておいて申し訳無いんですが、ここから一番近い町を教えて頂けないでしょうか?」


 


今までの十五年の人生で、一度たりとも使った事の無い丁寧語で尋ねる。


「構わないよ。ここからだと紅魔の里が一番近いからね。テレポートで案内してあげよう!」


 


出会った人が親切な人達で良かった。


山賊なんかだったらどうしようかと思ったが、どうやら大丈夫そうだ。


ぶっころりーの詠唱が終わると、視界内が歪み、立ちくらみと共に辺りの風景が一変する。


 


そこは、のどかという言葉がぴったりな、小さな集落。


呆然と里を眺める俺に、ぶっころりーが笑顔を見せた。


 


「紅魔の里へようこそ!」


 


 


 


現在、俺はぶっころりー達に連れられて、村を歩いていた。


今回の移動も行き先が分からないのだが、あの地獄を味わった為か、ちっとも苦では無い。


「着いたよ。ちょっとここで待っててね」


 


とある家の前でぶっころりーが言うと、ノックもせずに家のドアを開けた。


あれか、村内の人なら皆、知り合いだから大丈夫ってやつか。田舎暮らしの人に聞いた事があったが、実は嘘だと思ってました。


 


数分してドアが開くと、顔を出したのはぶっころりーでは無く、何処か貫禄のある、中年の男性だった。


「君が迷子の双魔剣使いだね? ようこそ紅魔の里へ! 私が紅魔族の族長だ、よろしく!」


 


その中年の男性が、とてもフレンドリーな口調で俺に挨拶をすると、そのまま右手を差し出して来た。


「よ、よろしくお願いします。空夜黒音です」


俺はその手を握り返しながら名乗った。


 


 


 


族長さんに招かれ、族長宅の応接間へ。


そこで出されたお茶を啜り、一息つく。


一時間三十分の移動に加えて、オークとの戦闘、オークからの逃亡と、正直かなり疲れた。


 


紅魔の里が近くにあって本当に助かった。


この里が無ければ、今頃俺は間違い無く死んでいただろう。考えただけでもぞっとしない。


 


族長さんもお茶を啜り、それからこちらを向いて、俺の瞳を見つめる。


「……どうかしましたか? 俺の顔に何か付いてます?」


「いや、そうでは無いよ。ただ、君の瞳が私の琴線を凄く刺激するんだ」


 


先天的オッドアイ。


生まれつき左右の目の色が異なる事を指す。


「これですか? 生まれつき、この色なんですよ」


右目が赤で、左目が白。昔はこの目のせいでよく苛められたなぁ……。


 


ホロリと涙を零しそうになり、咄嗟に欠伸をして誤魔化す。


族長さんは、その後しばらくの間、俺の目を見続けていたが、コホンと咳払いをして。


「それはさて置き、冒険者カードを見せてくれないかな? この辺りまで一人で来られたと言う事は、それなりに強いんだろ?」


 


そう言って、族長さんは期待の目で俺を見つめるが、俺からすれば何を言っているのか分からない。


「えっと……冒険者カードって何ですか?」


 


至極当然の事を聞いたつもりだったのだが、族長さんは驚愕の眼差しになり。


「君は冒険者じゃないのに、この辺りまで一人で来たのかい!?」


「まぁ、そうなりますね……。あ、この魔剣が無ければ無理でしたけどね」


 


背中に背負ったままの魔剣を外して、机の上に携える。


「…………ッ!?」


それを見た族長さんは明らかに取り乱し、信じられない物を見た様な表情だ。


 


その反応が余りにも大袈裟過ぎて、自分で選んでおいて少し不安になって来た。


この魔剣が弱すぎて、何故ここまで来られたか分からない、とかだったらどうしよう。


 


自分の軽率さを後悔していると、族長さんが剣を俺に返して。


「その剣からは物凄い魔力を感じる。大事にするといいよ」


「そうですか、良かった……」


 


何時までも剣を背負うのも疲れるので、そのまま横に携えると、族長さんが口を開いた。


「くろね君。突然だけど、冒険者をやってみる気は無いかな?」


「冒険者?」


 


俺が問い返すと、族長さんがうむと頷き。


「冒険者として登録すれば、魔法も使えるし、他にも色々なスキルが習得出来るんだよ」


「……それは、便利ですね」


 


もし、この世界に二刀流スキルが存在するならば、是非とも取得しておきたい。黒の剣士のスターバースト・ストリームとか使ってみたいです。


 


族長さんは続ける。


「ところで、君の家族は何処に住んでいるんだい?」


「……遠い遠い地に住んでいます。まず帰る事は出来ないですね」


「そうかい……」


 


俺の言葉を聞いて、憂い顔になる族長さんだが、何かを閃いたかのように手を叩いた。


「そうだ! 君も冒険者になって、この里の学校に通わないかい? 実は、私の娘も今年から学校に通うんだよ」


「学校、ですか……」


 


学校にはいい思い出が全く無い。


それに、そんな事よりもまずは寝床と食料の確保が最優先だろう。


 


なので、丁重にお断りしようとした時、族長さんが。


「住む場所についても、君が独り立ち出来るまで、私と妻で面倒を見よう。どうだい?」


「お父様と呼ばせてください!」


 


俺は両手を地面に付けて、淀みの無く土下座した。


 


 


 


俺は族長宅の屋根裏部屋に案内され。


「窮屈で悪いけど、この部屋は自由に使って構わないよ」


「本当にありがとうございます。何から何まで」


「いいんだよ。私も、息子が出来たみたいでワクワクしているからね」


 


そう笑顔で言い、下へと降りていった族長さんに深く感謝しつつ、俺は魔剣を壁に立て掛ける。


 


本来、紅魔族は十二歳になると、アークウィザードという上級職に就く。それと同時に、魔法を覚える為の学校に入学するらしい。


 


俺の場合は、ちょっと事情が複雑だからと、族長権限によって、特別に入学させて貰えるそうな。ありがてぇ……ありがてぇ……!


 


翌日、冒険者登録に行くらしいので、今日はしっかりと休養を取ろうと思う。


 


床に直接寝転び、目を閉じた。


 


 


 


目を覚ました時、目の前には。


「…………!?」


見覚えの無い、黒いローブに身を包んだ少女が、俺の顔を覗き込んでいた。


その少女の瞳が赤い事から、少女は紅魔族で間違い無いだろう。


 


少女は、俺の目が覚めた事に気が付いている筈だが、俺から目を背ける事は無く、じっと俺を……いや、俺の瞳を見つめ続ける。


 


多分、今度ぶっころりー達に会ったら、この瞳について色々と聞かれるんだろうなぁ……。


なんて現実逃避をしていると、誰かが登ってくるのが聞こえてきた。


 


下から押すようにして開かれたドアからは、族長さんがひょっこりと顔を出し。


「くろね君、言い忘れた事が………………もう娘に手を出すとはね……お幸せに!」


「違います、誤解です!!」


 


誤解を解くのに三十分かかった。


 



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