第8話「思わせぶり」

K田はどちらかというと、地味でモテないタイプだった。


服や髪型はTHE地味で、美意識は高くないし、何かにこだわりがあるわけでもなかったから、好きなブランドもないし、私物がオシャレなわけでもない。



それ自体悪いことではないんだろうけど、「自分はこう生きるんだ」「これが自分なんだ」「こういう自分が好き」っていう意志やこだわりみたいなものを、少しも感じなかった。



なんというか、ヌボーッとしてるタイプ。


周囲の人によく言われたのは、「K田さんってストーカーになりそうな感じがする」。



全くもってその通りで、付き合ってからK田にはストーカーまがいのことをされるのだが、それはまたあとの話。


とにかく、あまり良い意味ではないオタクっぽいタイプだったK田だが、過去には不思議と女性関係はあったのである。


それは恐らく、大学生になった私にしていたように、ものすごく巧みな言葉で思わせぶるのが得意だからである。


そして十分に思わせぶり、都合よく遊べる女性を作るのだ。




「土曜日、ですか」



大学1年生になったある日、K田が土曜日の自主練に誘ってきた。



「いいですけど」


「じゃあ朝からしよう。9時でどうだ?」


「大丈夫です」


「よし」


K田は道場長先生に土曜日の使用許可をもらいに行き、やたらと嬉しそうな顔で戻ってきた。


「いいってさ」




別に土曜日は何も予定はなかったし、練習することに関しては、子どもの指導者を任されてはりきっていたから。




土曜日の朝、親の車で送り迎えしてもらうのではなく、大学生になってから買った自分の原付で道場まで向かう。


本当は車に乗りたかったが、「大学生の身分で維持費を払い続けることは難しい」と親に反対され、仕方なく大学4年間は原付愛用者となったのだ。



車や免許に関して、私は当時、相当なコンプレックスを持っていた。



田舎あるあるかもしれないが、他の同級生たちはみんな土地がある。その土地に住む祖父祖母から、自動的に引き継いだお金がある。


つまり金持ちが多くて、親に何でもお金を出してもらうのが普通だった。


教習所に通うお金、受講費、免許取得に必要なお金、車を買うお金…



彼らは当たり前のごとく、親の金で教習所に通い、親の金で買った車を早々に乗り回していた。



だが、うちの家庭は違った。


経済的に豊かかどうかは置いといて、「自分のことは自分でやる」家庭。


私が高校3年間で貯めたバイト代を、ほとんど教習所の費用や原付代に使ったのは、そのせいだ。



「何でも親が甘やかしては、子ども本人が自分で生きていく力をつけられない」「親はいつまでもいるわけじゃない」


うちの親はたびたびそう言っていた。



その意味は大人になった今は十分わかるし、周囲の同級生たちは、やはり甘やかされていたとも思う。



が、苦労せずにお金を出してもらえる環境というのは、やっぱり羨ましいものがあって。



自分の経済力のみで自分のことをしなくてはならなかった私は、同級生たちと比べると、持ち物や身の回りのものがワンランク劣っていて。


「ヒロちゃん、何で原付なの?」


「車買ってもらいなよ!」


「えっ、原付なんだ(笑)」



たまにバッタリ会う同級生には、どこかバカにされていた。


そういうのは決まって、あのとき小学校で一緒だった奴らだった。




実は私は免許も、ミッションで取るつもりだったのを、金銭的な問題と、大学入学までに取らなければいけないタイムリミットから(遅生まれのため)、ミッションをあきらめてオートマで取っていた。



だがそんな事情を知らない同級生たちは、遠慮なしに私の心をえぐってきた。


「あたしミッションなんだー!女子でミッションってすごくない?え、ヒロちゃんオートマ?…ふーん、そうなんだ。うちは教習所とか、全部親に出してもらったよ!」




当時、こんな感じの同級生(特に女子)を何人、頭の中でしばき倒したか分からない。


あまりにも腹が立った奴は、戦車で轢かせて頂いた。




あ、もちろん私の頭の中で。







「てか、遅…」


道場の庭に停めた、春先の太陽をサンサンと浴びて輝く原付を眺めて待っていたが、9時を過ぎてもK田は来ない。



さすがに9時15分になると、今日の自主練の約束はウソだったんじゃないかと思い始めて、携帯をパカッと開けて、先日交換したばかりの連絡先を探した。



電話番号をプッシュしかかった時、見覚えのある水色の軽が庭に入ってきた。

 




「おう」


道場のドアを開けたK田は、ヨッス、みたいな感じで軽く右手をあげた。




スタスタと歩いて更衣室へ向かい、道衣を着て出てきたと思ったら、「いやー、まいった」と両手を顔で隠した。



「土曜日、寝れるんだよなぁ」




それはつまり



「寝坊、ってことですか」



ん?と、K田はおどけた顔をする。




「起きるのが普段より遅かっただけさ」







練習が終わる頃、母屋にいた道場長先生が顔を出し、「昼飯食いに行くか」と、誘ってくれた。


K田が車を出し、先生と私を乗せて山道を登る。



道場から一番近い、山の奥にぽつんと建ったラーメン屋。私が好きだったお店。



名物の大盛りラーメンをすすりながら、先生は話してくれた。



私も大学生になったことだし、毎月一回、日曜日に開催される、県の合同練習会に参加してはどうだということ。


K田も以前から、その練習会に参加しているということ。


その他、高段者になったことで、これからは研修なども増えていくこと。




「勉強になるし、参加した方がええ」




以前から、先生とK田は週明けになると、日曜日の練習がどうのこうのって2人だけで話してたけど、そうか、県の練習会なんてものがあったのか。




2人だけで、2人にしか分からない話をしている姿を思い出し、口の中に入れたホタテの貝柱を噛み締めた。


塩とバターの旨味がじわっと染み出して、口の中に広がった。





ーそれに参加すれば、私も仲間になれるんだろうか。




「行きます」




こうして、私は県の合同練習会にも参加することになった。


これがキッカケで、あんなに苦しむことになるなんて、この時は思ってもいなかった。






次の週、通常の練習終わりにK田はまた誘ってきた。



「ヒロ、今週末もするか?」



自主練。



「うーん」


正直、大学がはじまって慣れない生活の中、ストレスがかかっていた。そのうえ、これから月に一回の合同練習会にも参加するとなると、極力他の休日はオフにしておきたかった。



「どっちでもいいですかね」



「どっちでもいいって、なんやそれ!自分の無い奴やなぁ」




自分の無い奴。っていうのは道場長先生の口癖で、人に流されたりハッキリした意見を持たない子に、よくそうやって喝を入れていた。



この場合、使い道が違う気がするけど。




「じゃあいいですよ、やりましょうか」


となると、自主練の翌日が合同練習会になので、少し疲れるかもしれない。まぁいいか。



「今度は遅刻しないでくださいよ」



K田は「しないって」と軽い口調で言ったあと、清々しい笑顔を見せた。



「たぶん!(笑)」









9時ギリギリになってからK田が現れた、次の土曜日。


「ほら、大丈夫だったろ?」


彼が着替えて更衣室から出てくるときには9時を過ぎていた。





その日は道場長先生がいなかったので、練習を終えた私はさっさと帰ろうとしていた。


そんな私にK田は言った。


「ヒロ、飯食いに行くぞ」




え?


2人で、ってことだよね?



と思ったが当たり前だ、この空間には私とK田しかいないのだから。


だが私はその誘いを、断らざるを得なかった。


「すみません、私今日、直接道衣で来ちゃったので、着替え持ってないんです」



道衣で飲食店に入るのは御法度だ。



K田はつまらなさそうに「なんだよー」と言うと、明日の合同練習会について話し始めた。



「練習会は、○市でやるんだよ。ここから車で4、50分くらい。国道使って行かなきゃいけないし、距離や時間を考えると、お前の原付だとキツい。だから明日、お前の家に迎えに行くから」



「つまり、車を出して頂けると」



「だから、そう言ってるだろが(笑)」




○市ってあんまり行ったことないけど、確か電車でも行けた距離のはずだ。


それをK田に言うと、さらっと受け流された。




「いや、いいよ。俺が迎えに行く」






練習会当日の車の中では、やっぱり何か話さなくちゃいけなくて。


そこまで長々と喋ったことがなかったので緊張していたが、案外K田とは、ゲームやマンガの趣味が一緒であることが分かった。



それですっかり気を許した私は、この日のお昼ご飯も誘われたわけだけど、何の抵抗も感じなくて。


練習会は丸一日なので、お昼休憩用に自分で握ったおにぎりを持ってきていた私に、K田は「近くのうどん屋さんが美味いんだ」と言った。



会計のとき、K田は当たり前のように「2人分一緒で」と店員に言った。



「いや、ダメですよ。出します」


「いいって」


「いやいやいや」



よくあるやり取りを店員は困ったように見るしかなくて、K田は強引に「一緒で」と言った。


そして私の方を振り返る。




「男に恥かかせないでくれよ」





何だか変な気分になった私は、帰りの車の中で、できるだけ行きと同じように打ち解けた感じを装って喋った。




「ヒロ、他に何のゲーム持ってた?」


「うち、基本的にゲーム禁止だったんですよね。今朝話した、特別なときに買ってもらったソフト2つ持ってただけで、あとは近所の男の子の家でやらせてもらってました」


「厳しそうだもんな、お前のうち」



「そうですねー。だからゲームの意味違うかもしれないけど、オセロはよくやってましたよ」


「オセロ!(笑)」




オセロなら俺も得意だなと顎を上げるK田に、相当オセロに自信のあった私は、いまでもボードが家にあること、弟たちとたまに遊ぶことを自慢した。



「マジで?ボードって本格的なやつ?家にあんの?」



「ありますよ、大きいやつ」




ふーん、と窓の外を眺めたK田。

車は信号で停まり、微妙な静寂が訪れた。




「じゃあやるか、オセロ」




やるか、の意味がよく分からず聞き返した。





「え、今?ですか?」



「ここまで話したら、今やりたくなってきたな」



「どこでやるんですか?」




K田はこちらを横目で見て、にんまりとした。






「ヒロの家」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る