第7話「都会へ帰る?」
高校3年間、ずっとK田への憎しみをたぎらせていたわけではない。
そこまで暇ではないし、バイトも学校も忙しかったし、学校生活の中でふつうに好きだった男の子も、付き合った子もいた。
K田への感情が憎しみだったと認識しているのは、いま振り返っているからこそ言えることだ。
あくせく働き、勉強も頑張る生活の中で、K田の存在はどうでもいいものだった。
何より、3年間のうちに私の目指す進路は入学当初より大幅に変わっていて、そのための努力に必死だったから。
中学生のときに勉強につまずいていた私は、高校で出会った先生の影響を受け、学校教員を目指すようになっていた。
元々、芸能関係に興味があったのも、お年頃なりの憧れだったこと、サークルでもダンスや演劇ができる大学はいくつもあること、資格は一生ものであることを、この頃には理解していた。
だから大学で教員になるための勉強をしながら、サークルでは以前から興味のあったダンスをしようと思ったのだ。
そして何より、パソコンやSNSがずいぶん発達し、都会に住んでいた頃の友達と連絡が取れるようになったことも大きかった。
連絡を取り合う中で知ったのは、私が仲良くしていた友達のほとんどが、もうかつて住んでいた街にいないことだった。
元々はあの街自体、人の入れ替わりが頻繁な土地で、引っ越しは珍しいことではなかった。
友達のほとんどが、あの頃住んでいたのはアパートやマンションで、隣町や別の市に引っ越して、親が念願だった一軒家を建てて、いまはそこで生活しているというパターンが多かった。
しかも、みんな私が田舎に引っ越してきてから2、3年のうちに別の土地へ引っ越していたという。
つまり、私が高校を卒業してから都会に戻ったところで、そこに知っている友達はほとんどいないということだ。
なぜ自分はあんなにも、都会に戻ることに執着していたのか。改めてそう考えたとき、一つの答えが出た。
私は「あの頃」が好きだったのだ。
家族、友達、環境、自分にとってはすべてが穏やかで楽しかった「あの頃」が。
田舎に来てからのように、学校でいじめられたり陰口を言われたことなんてなかった。田んぼと山しかない田舎と違って、ちょっと歩けば遊ぶ場所がたくさんあった。そこで毎日のように、みんなと遊んで、楽しくて…。
かけがえがなかったからこそ、価値のあるものだったのだ。
だからいま都会に戻っても、あの頃の友達はいない。あの頃のように遊ぶことはできない。第一、よく使っていた子ども向けの施設は、小学生以上は入ることすらできない。
田舎に来て父親が企業する前は、ふつうのサラリーマンだった。経済的余裕もあって、弟たちもまだ小さくて反抗期なんか知らなくて、そういう意味では家族も穏やかだった。
でも、田舎に来てからも、家族は相変わらず傍にいてくれたし、私一人が都会に戻ったところで、あの頃の家族と暮らせるわけではない。
いま都会に戻っても、何も残っていない。
そのことに、私はようやく気づいたのだった。
それに元いた都会ほどではないが、この田舎から大学進学を目指す場合、ほとんどが電車で2時間の距離にある、まあまあな都会に出なければいけなかった。
遠いといえば遠いが、下宿するほどの距離でもないため、いわゆる「通い」で通勤通学している人がほとんどだった。
卒業後の下宿代として貯めていた3年間のアルバイト代の、半分ほどを教習所・免許取得のために使ってしまっていた私は、実家から大学に通うことになったのだ。
それに武道でも、高校3年生でそこそこの高段者になっていたので、道場長先生公認の、「子どもの部」指導者になっていた。
それもあり、以外にも田舎での生活が続くこととなっていた。
そんなわけで、自分のことで精一杯だった当時、そこまでK田への関心はなかった。
私が高3の冬ごろから、K田は頻繁に練習に練習に来るようになった。
聞いたところ、仕事が落ち着き、練習に来る時間を確保できるようになったかららしい。
相変わらず苦手意識はあったものの、慣れてきたのもあってか、たまに話す仲になっていた。
キャンパスライフに向けて髪を伸ばしていた私は、3年生の自由登校期間で化粧をはじめ、ピアスも開け、少しずつオシャレに気をつかうようになった。
今までは短髪で「男女キャラ」だった私に、道場の男性陣の野次が飛ぶ。
「似合わんなぁ」
「ヒロ、化粧したらオバチャンやなぁ」
「オバチャンとか、ひど!」
そんな中、K田も野次に参戦してくる。
「お前も女やったんかー」
こんな感じで、道場のレギュラーメンバー化したK田は、上手い具合に男性陣に溶け込んでいた。
以前のように、たまにフラッと来る「実は前からいる先輩ですよ感」がなくなっていたし、私には子どもの部の指導者という肩書きがあったから、そこまで違和感を抱くことはなかった。
だが時々
「道場長先生」
練習が終わってから道場長先生と2人きりになり、2人にしか分からないんであろう話題で盛り上がっている姿を見るのは、やっぱりモヤっとした。
「ありがとうございました」
そんなときの私は、玄関で退室のお辞儀をしたあと、少し強めにドアを閉めるのだった。
「ヒロ、土曜日2人で練習しないか?」
風が暖かくなる頃、大学生になった私に、K田は声をかけてきた。
かつて中学生のときに感じた違和感のことなど、すっかり忘れていた。
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