第6話「高校生のイラつき」
高校は、元いた都会に進学したかった。
私の、都会に帰りたいという気持ちはまだまだ健在だった。
しかし、「その土地にしかないその学校ならではの勉強がしたいならまだしも、ただ単に都会に住みたいってだけの理由で行かせることはできない」と、親に猛反対を食らい、結局地元の高校に進学した。
今にして思えば、親の意見は正しい。
遠方への進学となると、学費も下宿代も高くつく。よほどその学校に対する志がなければ、易々と行かせることなんてできないだろう。
でも当時の私は、親の都合でこんなど田舎に引っ越しさせられて、友達とも別れさせられて、まだこの土地に私を縛り付けるつもりか、と、心底親が憎たらしかった。
この田舎に越してきた時からずっと、高校進学は私にとって「都会に帰るチャンス」だったから。
大事なチャンスを潰された当時の私は、よく親とぶつかった。たぶん、あれが私の最大の反抗期だった。
だから高校が決まり、入学を控えたとき親に告げた。
「高校生になったらアルバイトする。お金貯めて、高校卒業する頃には、今度こそ私の好きな土地に行く。こんな町出て行くから」
その頃の私の将来の夢は、憧れ半分だったけど、芸能関係の仕事をすることだった。それもあって、余計に都会へ帰りたかったのだ。
スポーツが好きな私は、結果的に現在は働きながらダンサーをしているので、ある意味その夢は叶ってるわけだけど、当時は自分が何になりたいのかハッキリしておらず、「とりあえず都会に出たい」状態で。そりゃ親も反対するだろう。
だから高校卒業後の進路は、就職だった。
都会で就職して、お金を稼ぎながら、芸能関係の養成所に通うことをイメージしていた。
アルバイトをする旨を告げたとき、この町が大嫌いだとハッキリ言った。親は止めなかった。
そんなわけで、高校生になってからはケーキ屋からアルバイトを始め、結局通いやすさ、シフトの入れやすさ、自給などから、地元のスーパーでのアルバイトが一番長く続いた。卒業するまでお世話になった。
この田舎にスーパーは三軒あるうちの一軒で、唯一の小綺麗なスーパーだったので、たまに顔見知りの人がレジに並んだ。
高2の夏休み。
見覚えのある人が100円のお菓子だけを持ってレジに並んだ。
K田だ。
「あ」
K田が並ぶなんて思っていなかったし、そもそも何年ぶりかに会ったわけで、驚いた。
「こんにちは」
「おう」
「100円になります」
K田は財布からコロンと100円玉を取り出し、トレーに乗せた。
「レシートのお返しです」
「ん」
「ありがとうございました」
レシートとお菓子を受け取ったK田は、スタスタと去っていく。
この時はレジ業務の忙しさもあってすぐに忘れてしまったけど、頭のどこかで、「もっと何か言うことないのか」と、K田に思ったのを覚えている。
おう。とか、ん。とか、私ちゃんと知り合いだと思って挨拶したよね?
お客さんの流れが途切れ、ふと前の方を見ると、K田をはじめ、道場長先生や道場の先輩たちが、カートに山盛り積んだ焼肉用の肉や野菜や飲み物、箱入りの炭を押さえながら、出入り口に一番近いレジに並んでいるところだった。
見るからに、これからバーベキューをする雰囲気だった。
モヤっとしたものが、胸をよぎった。
私、呼ばれてない。
道場では、小学校6年生までの「子どもの部」と、中学生以降の「大人の部」に所属が分かれている。大人の部の本格練習は、子どもたちが帰ったあとから始まる。
自分で言うのも何だが、私は中高生の中でも上手い方だったし、多くの子が中学・高校の進学を機に辞めていく中ずっと続けていたので、そこそこの古株だった。
高校生になってから、子どもたちの指導を任されることも増えていた。
だから、自分は先生や先輩たちの仲間なんだと、すっかり思い込んでいた。
でも……
バーベキューの具材を抱えてスーパーを出て行く先生や先輩たちは、みんな社会人で。
その光景を見て、私の胸にはグサリと、「自分が大人として=仲間として認められていない」事実が突き刺さった。
この田舎に来てからというもの、道場が私の唯一の居場所だった。
道場長先生に認めてもらいたくて、必死に練習も頑張ってきた。
家族が田舎暮らしに順応している中、自分だけが抱える「いつか都会に帰ってやる」という孤独な目標に対して、唯一後ろ髪引くものが道場だった。
都会に帰ったら、道場ともお別れだ。
それは嫌だった。
道場のために、田舎に残ってもいいとさえ思うことだってあった。
なのに。
私はレジを打ちながら、K田の背中を睨み付けた。
何で、お前がそこにいるんだよ。
お前、滅多に練習来ないじゃん。
何で、お前が呼ばれてるんだよ。
そこは私の場所なのに。
胸にグサリと刺さった何かは、どす黒いモヤモヤに変化していった。
昔、道場にいたコハルや女の子たちが言っていたことが、脳内でリフレインする。
「うち、あいつマジで嫌いなんだよね」
この時はもう、コハルたちは道場を辞めていた。
だが、彼女たちがK田を「除外」したがっていた気持ちがこの時になって、黒い血液としてドクドクと流れ込んでくるようだった。
邪魔なんだ、あいつ。
どれだけ先輩とはいえ、私たちからすれば「後から来た奴」。
それどころか、普段からの練習に参加してない奴。
なのに、みんなが大好きな道場長先生の横にぴったりとくっついて、当たり前のようにその場所に居座っている。
私たちがこんなに努力しているのに。
しかも、当のK田は先生たちの見えないところで、あんなにサボっているのに。
私よりも道場長先生のことが好きだったコハルたちは、この感情と、あんな子どもだったうちから向き合っていたんだ。
あとから分かったことだが、やはりあの時の買い出しはバーベキューで、社会人の大人たちだけの集まりだったらしい。
もちろん大人だけで食べたり飲んだりをする時があることは、今の私なら分かる。
あの時の私がモヤモヤしたのは、自分がその集まりに呼ばれなかったことではなく、自分を差し置いてK田が呼ばれていたことだ。
レジを打ちながら見た光景が、道場長先生や他の先輩たちだけだったなら、別になんとも思わなかっただろう。
「奪われる」。
そう思った。
自分の居場所を、K田に。
実際、付き合ってから分かったのは、K田が道場長先生に心酔していること、武道をやっていることがステータスであること、だから自分こそがと、跡継ぎになりたがっていること。
うざかった。
そういう考えも含めて、何もかも全部。
周りにはもっと努力してる人間がたくさんいる中で、ちょっと先生に気に入られてるからって、はじめから「自分が一番」「自分以外にいない」って思ってるあたりなんて、特に。
何でこんな奴と付き合ったのか分からなかったけど、こうして当時を思い出しながら書いていると、分かる。
付き合って、近付くことで、ぶっ壊してやりたかったんだ。
取り入るっていうのかな。
取り入って、道場長先生から、道場そのものから、引き剥がしてやりたかった。
まぁそれだけが全ての理由ではないのだけれども、移植した皮膚が肉にくっつき、他の皮膚と一体化する前に剥がすように、K田が道場や道場長先生に癒着しようとするのをベリベリと剥がしてやろうと、付き合っている最中も思っていたことは事実だ。
当時の私の感覚そのままに言葉を選ぶなら、「だって先に私の居場所に手を出してきたのは、向こうだから」だ。
人のせいにするわけではないけれど、もしK田がとても誠実な人で、練習も先生が見てないところでサボったりせず、先輩としてあるべき姿を私たちに見せてくれて、誰よりも努力する、そんな人だったならば、喜んで先輩として受け入れただろう。
先生の前だけでいい顔をすることも、バレンタインの一件にしても、色んな意味でK田は、大人の立場で子どもの私たちを裏切っていた。
まぁそんな人間もいるのが世の中だ。と、今では思えるが、精神修養を重視する武道において、そしてそれを信じていた私にとって、道場にそんな人間がいることは許せなかった。
大人として、先輩として、こちらを裏切り、人の居場所に土足で踏み込んできたK田に、罰が下ってほしかった。
しかし、そんな感情よりももっと強い憎しみで、「K田と付き合うこと」を実行させようとした出来事がおこる。
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