第四章 増殖要塞ティーゼローファ
第21話 冷たいマリネ慟哭す
どん、どん、どんっ!
壁の外から堅いなにかが叩きつけられている。壁がみしみしと音を立てていた。
「くそっ、ゴーレムどもがもうここまで!」
セージはその壁からできるだけ距離をとりながら、いまいましげに呟いた。
警鐘が鳴ってから、それほどの時間は立っていない。にもかかわらず、すでに壁を越えてなだれ込んできたゴーレムの軍勢が、街を飲み込むように広がり始めている。
「やめて、ボクの店を!」
マリネが悲鳴じみた声をあげているが、壁の外のゴーレムを止められるわけでもない。シュウウに抑えられて、涙目で叫ぶのがせいぜいだ。
「セージさん、どうすれば?」
しゃがれた声でシュウウが問う。リザドはあまり大きく感情を表出させない。しかし、その声には隠しようのない焦りがにじんでいた。
セージは小さな眉間にシワを寄せて考えていた。
「ティーゼローファを止めるしかない」
「どうやって?」
「カルダモンを無力化するか、王の指輪を外させる」
エルフの王と『王の指輪』の両方がそろって始めて制御できる。どちらかを止めれば、この事態も収束するはずだ。
「カルダモンはどこに?」
「樫の宮殿だろう。ちっ……宣戦布告もなしに戦争をはじめやがって」
カルダモンはまだ姿を見せていない。この街にセージがいることを知ってるからだろう。この街を制圧することで大陸に対する宣戦布告にするつもりだろうか。
(いや……しっぽ族相手じゃ、戦争にもならないってことか)
五王国時代には奴隷だったしっぽ族に対して、宣戦布告をする必要はない……そんな考えだろう。
これは戦争ですらない、一方的な蹂躙なのだ。
どん、どん、どんっ!
ゴーレムが集団でぶつかり、建物全体が揺れた。震動は徐々に大きく響き、腹の底をしびれさせるような不愉快なものになっていった。
やがて、壁の一角にひびが入り、外側から打ち崩された。
「ボクの店ぇーっ!」
マリネが叫んだ。セージが知る限り、いままで彼女が上げた中でもっとも大きな声だった。
土煙のなかから、樹皮を捻じ曲げて無理やりに人の形にしたようなゴーレムが姿を現す。一体や二体ではない。何体ものゴーレムが壁の穴に押し合いへし合い、店のなかへ入り込もうとしていた。
「うう……入り口があるのに……」
通じるはずもないことを訴えながら、戦う経験のないマリネが胸の前で手を構えた。魔法を使う体勢だ。ふさふさの尻尾が、恐怖を表すように下に垂れていた。
シュウウもまた、口元を薄く開けて魔力をいつでも放てる状態にしていた。ちなみに、セージはシュウウの頭の後ろに隠れている。
ゴーレムには顔はない。意思もない。うつろで不規則に穴の空いた頭で店の中の生き物たちを魔法的に認識する。
遠い昔に定められた命令に従って、腕を振り上げる……
「《ソリディファイ》!」
マリネが腕を突きだし、魔法の言葉を唱えた。待機の中の水分が、魔力で整えられた形に凝固して氷と化していく。
凝固術は一瞬にして空中に氷の壁を作り出した。半球状の氷がマリネとゴーレムたちの間を阻み、ゴーレムが振り下ろした拳は壁に阻まれた。
だが、それでゴーレムが止まるわけではない。今度は、マリネが生み出した氷の壁に向けて腕を振り上げ、拳を叩きつける。
どん、どん、どんっ。感情を感じさせない動きで、ゴーレムは同じ動作を繰り返す。疲れることのないゴーレムたちと、魔力を消耗するマリネと、どっちが先に力尽きるかは明らかだ。
「ぼ、ボクの後ろに」
マリネの体がこわばっていた。氷の壁でゴーレムの攻撃を防ぎながらも、この場を打開する手は考え着いていない。
それでも、時間稼ぎにはなる。シュウウはこの間に手を考えるべきだと判断した。
「倒しても木に変わってしまうのでしょう。なら、倒すべきではないということですか?」
シュウウの静かな問いかけに、セージは大きくうなずいた。おおきくうなずいても小さいけど。
「長期的には、ゴーレムとは闘わない方が侵略の速度は遅くなるはずだ」
「ティーゼローファを作ったのは、よほど敵を苦しめるのが好きな人なんですね」
「天才が考えたに違いない」
真顔のまま答えるセージ。二人からは冷たい目を向けられているが、それを気にする様子もない。
「では、身動きが取れないように動きを封じるしかないですね。マリネ、もう少し耐えてください」
「は、はい!」
シュウウは歯と歯の間を空気が通る音を立てた。リザド独自の魔法様式で、声の変わりになる。
複雑な魔法をくみ上げようとしていた。ゴーレムたちを魔力の輪でつなぎ、一度に身動きを止めるのだ。
「数が多すぎる」
セージは思わず呟いた。
「間に合わない!」
壁の穴から入り込んでくるゴーレムたちは数を増している。氷の壁に体ごとぶつかり、その表面を尖った体で削りはじめている。
穴の外にも、まだ数体のゴーレムが順番待ちのように並んでいる。シュウウがそれらすべてを封じ込める魔法を組み上げる前に、マリネの術は持たなくなる。
「どうしよう……このままじゃ!」
マリネが不安に襲われていたとき、さらなる衝撃が店を揺らした。
🌳
四階建ての塔から飛び出すと、グリエの体は重力に引かれて急速に落ちていった。
当たり前である。
喧噪に包まれる街を見下ろしながら、強火のグリエは大きく息を吸い込んで叫んだ。
「《イグナイト》!」
グリエの体から、勢いよく炎が噴きだした。幼い頃、テントに火をつけてグリエ自身の命を奪いかけたのと同じ炎だ。
その炎を下に向けて、グリエの体は反動で再び上へ浮き上がる。
「敵はあっち……」
落下と反動で勢いをつけながら、グリエは飛んでいた。前進に風を感じる。赤い髪がばさばさと空中でなびく。
暗い色のゴーレムが、いくつかの建物へ群がり、壁を崩しながら広がっていくのがわかった。
「いま、行くからね!」
そして、再び重力に身を投げ出した。
グリエは流星と化して、まっすぐに危機の中へ飛び込んでいった。
🌳
氷の壁の外側が赤く染まった。
ゴーレムが店の裏手に群がっている、まさにその真っ只中へ、燃え盛る火の玉が落下した。
店の裏路地が真っ赤に染まった。そこにいた五体ほどのゴーレムは一瞬で焼け焦げて崩れ、後にはもうもうたる黒煙が漂う。
「え……と……」
唖然とする一同。黒煙は路地から店のなかまで広がり、視界を遮っていた。
ゴーレムの体を構成していた木の破片がぱらぱらと店のなかに散らばる。
黒い煙がゆっくりと晴れて……
強火のグリエがそこにいた。
赤い髪をたなびかせ、尻尾をぴんと立てて、二つの足で立っていた。
丸く大きな瞳が黒煙の向こうから店の中を見回し、ぱっと輝くような笑みを浮かべた。
「よかった。無事だったんだ……セージも!」
「ああ。シュウウに助けられた」
シュウウの後ろからふよふよと漂い、妖精が肩をすくめる。
「お前こそ、遅いじゃねえか」
「健康なしっぽ族は、夜には休んでるの」
それから、グリエは恩師に向き直った。
「ありがとうございます、先生。セージも元気みたい」
「礼には及びません。それより、整理はつきましたか?」
「はい!」
即答するグリエ。教え子の返事に、シュウウは満足そうにうなずいた。
「グ・リ・エ……!」
その時、怒気を含んだ声が低く響く。
「どうしてくれるの、ボクの店!」
マリネが壁を指さしている……グリエが起こした爆発的な炎で、ゴーレムが空けた穴はさらに大きく広がっていた。
「い、いやぁ、みんなが危ないって思って、つい夢中で」
「夢中で、じゃないよ! どうするのよ、これぇ!」
「……木が生えてこない」
騒がしいしっぽ族たちから目を離し、セージがつぶやいた。グリエの発火術で倒されたゴーレムは炭になっただけで、木には変わっていない。
「炎でなら、倒せるということですか」
「そうらしい。チッ、俺が開発したティーゼローファに弱点があったとは。しかもよりによってグリエに……」
「何の話?」
きょとんとするグリエに、セージはやれやれと首を振った。
「お前に説明してる時間がもったいない。いいか、俺に考えがある」
「さすがセージ。どうするの?」
「樫の宮殿へ行ってカルダモンを止める。グリエとマリネは俺についてこい」
「あたしたちがセージを連れて行くんじゃない?」
「サイズ的に、確かにそうなるね」
「黙って聞け!」
どこか真剣になりきらないしっぽ族に背を向けて、セージはリザドを指さした。
「シュウウはこの街の議員だろ。他の連中にうまく説明して、俺たちが元凶を絶つまで街を守れ」
「大ざっぱな指示ですね」
「俺はこの街のことはよく知らない。やり方はお前に任せる。ぜったいに何とかするから、お前も何とかしろ」
「いいでしょう。全力を尽くします」
いうが早いか、シュウウは店の外へと歩き出した。迷いのない足取りだ。
「あたしたちはどうするの?」
「樫の宮殿へ行く」
「どうやって?」
「それも考えがある。お前の顔を見たら思い出した」
グリエの赤い髪につかまって、セージは外を示した。
「行くぞ……っと、そうだ、マリネ」
「はい?」
青い髪のしっぽ族がきょとんと見返すと、セージは焦げたにおいのする店のなかを見回した。
「忘れ物をするなよ」
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